第02話 少女を守る任務
「お~こりゃまた元気そうな若者じゃのぉ」
「この人だよ村長」
「ふむ、確かに腕は立ちそうじゃ」
「でしょ?」
なんだろう、この会話。
まず客人が来たら挨拶するのが常識ではないのか。
人の全身を舐め回すようにジロジロと見るのが、この村の挨拶なのだろうか。
オレを出迎えてくれたのはヨボヨボの爺さん1人。 明らかに失礼なその態度に、オレの心は完全に閉鎖状態。
「こりゃ失礼した、ワシはこの村の村長でラムル。 おい! ばぁさんお茶! はよせぃ!」
遅い、がしかし、これが礼儀というもの。
名乗り終えると席へ案内され、お茶まで出してくれて。
となれば、このまま無言だと逆にオレが礼儀知らずになってしまう。
「オレはウィンツバーグ。 余所の国から来たんだが、まずこの村に寄らせてもらった」
「ふむ。 しかし変わった名前じゃのう、ウィンツ君でええかの?」
「いや、それは苗字で……名はレグザ」
「ほむほむ、ならレグ君じゃの」
――ふざけてんのかジジィ。
初対面の相手から親しみ込めて呼ばれると腹が立つ。
どうもこの村の連中には心を乱されるが、それは剣士としてオレが修行不足だという証拠。
「…あーー宿屋の場所を教えてほしいんだが」
「そんなもん無いわい」
「はぁ?」
冷静に話を進めようとしたが、相手の返答にまた心を乱される。
まさかと思い、気になる質問を幾つかぶつけてみたところ、何ともガッカリさせられる事に。
この村には民家が18軒あるのみで、宿も商店も一切無いらしい。
しかし酒場まで存在しないって事には愕然とした。 どうやらこの村、畑から取れる食物と定期的に訪れる行商によって生活が成り立っているらしい。
「よく分かった。 じゃとりあえず、1番近い町を教えてくれないか?」
「…その前にじゃ、レグ君に1つ頼みがあるんじゃがの」
とてもイヤな予感がした。
経験上、こういった小さな村でオレが頼まれる事は大抵 「魔物退治」 だ。
それを見抜いたオレは手早く済ませる為、内容を聞くまでもなく話を次へ進める。
「OK、引き受ける。 その後でいいから近くの町を教えてくれ」
「おぉぉそれは有り難い! ではアリィ、こっちへおいで」
予想的中かと思ったが、爺さんは何故かテーブル脇のアリィを呼び寄せた。
「レグ君が引き受けてくれたわい、今度こそ成功させて来るんじゃぞ」
「んーー…まぁ、この人なら逃げないかも」
――待て待て、話が読めない。
まずアリィに何の関係があるのか、それがさっぱり分からない。
もしや軽はずみな返事をしてしまったのかと思い、恐々その内容を聞いてみる事に。
「一応聞くが、何を頼む気だ?」
そこで爺さんの長ったるい説明が始まる。
黙って聞いていたオレがまず驚いたのは、アリィが本当に魔道士だったという事。
由緒正しき家系の…どったらこったら…で、とにかくまだ 「見習い」 だという彼女の修行を正式に済ませたいらしい。
それが頼みと何の関係があるのかと聞き返すと、これがイヤな予感的中だった。
やはり、どうも面倒な事に巻き込まれてしまったらしい。
話を整理すると。
この村の南東に在る洞窟の奥に、魔道士の心得等が記された 「契約の書」 なる物が納められているらしい。
当然、洞窟には多くの魔物が住み着いており、奥まで行くと守護者的な怪物も居るんだとか。
契約の書を求める者にとって、それは決して避けて通れない相手らしい。
つまりオレの役目は、洞窟でのアリィの護衛と、最深部の魔物を倒すこと。
あと爺さんが言っていた 「今度こそ」 って言葉を思い出したオレは、以前にも頼んだ相手が居たと予想。
聞くと、これまでに依頼した戦士達も突然この村を訪れた旅人らしく。
村長の頼みを聞き、アリィと共に洞窟へ向かったらしいが尽く失敗に終わったんだとか。
理由は至って単純。
そいつらは途中の魔物すら倒せず、アリィを見捨てて逃げ帰るような腑抜け共だったのだ。
中にはアリィに一目惚れしたって理由から行くだけ行って、最初に出会った魔物にビビって逃げ去った奴もいるらしい。
――こんな子供に一目惚れとか…どんなロリコン野郎だよ!
とにかく1度引き受けた上に詳しい話を聞いた以上、今更もう断る訳にもいかない。
あと、別にオレは傭兵って訳じゃなく、こんな貧しい連中から金を取ろうとも思わない。
報酬は最も近い町の場所を教えてもらう事と、晩メシでもご馳走になりたい、といった感じ。
「話は分かった、さっさと行こう」
「ふむ、ではアリィ! 頑張って来るんじゃぞ!」
「はーい」
終始ニッコリ微笑み、場を見届けていた婆さんが出してくれたお茶を一気に飲み干す。
かなり腹は減っているが、この仕事を済ませてからで充分。 あと、どうも気乗りしない理由は分かっている。
この口の悪い小娘と再び行動を共にするというのが唯一の問題点だ。
いざ出発。
という時になって、アリィは1度自分の家に帰った。
その身支度とやらを村長宅の前で待つオレは、見送り役の老夫婦に申し出た。
「飯の支度をしといてくれ」
「ちゃんとアリィが帰って来れたらの」
透かさず言い返す爺さん。
つまりそれは 「ちゃんとアリィが契約の書を持ち帰れば用意してやる」 という意味だ。
――フン、望むところだ。
どうせこの2人、これまでの連中と同じくオレも逃げ帰って来ると思っているに違いない。
まぁ別にどう思われていようと構わないし、結果を持ち帰ればそれで済む話だ。
疼く体、滾る血、鳴る腕。
そんなオレが、戻ったアリィを急かしたのは言うまでもない。
村長夫妻に見送られアリィと共に向う先は、ここから小さな森を1つ抜けた先の洞窟。
オレ的に洞窟ってのは嫌いじゃない。
迷宮の如く入り組んだ造りは苦手だが、外と比べて戦闘に不足しない事は確か。
なんせ洞窟ってのは魔物が巣を作る為にある様なもので、つまり大抵は魔物の巣窟ってこと。
「遅いぞアリィ、もっと速く歩けって」
「な、名前で呼ぶなって言ったでしょ! それにうるさい!」
予想通り怒鳴られてしまったが、今となってはもう関係ない。
例えどれだけ嫌われようと、オレは役目さえ果たせばそれでいいのだ。
初めて行くのに何故か前を歩くオレと、急に尻込みし始めたアリィ。
それから暫く、2人の間に一切の会話は無かった。