第36話 伝える責務と世話する責務
移民の町ミクサ――
その名の通り、他国からの移住民によって成り立つ町。
内乱や紛争によって家を失くした者達が、安寧を求めこの地を訪れたのが起源だという。
面積としてはジステアの半分にも満たない広さだが、人の多さではこのミクサの方に軍配が上がるだろう。
人で溢れ返るミクサに着いたのは昼過ぎ。
距離の割に異常な速さで到着できたのは、偏にホヴィンのお陰と言える。
1つ不思議でならなかったのが、あの小型ドラゴン(仮)を除いて1度も魔物に出会わなかったという事。
「よし、二手に分かれて情報収集だ。 オレは1人で、アリィはホヴィンと一緒に。」
現在地は門前の広場。
奥を見渡す限り、路地や民家で非常に入り組んだ造りになっており。
「分かり易いし集合場所はここ。 定期的にここへ戻ろう。 有力な情報を得た時も戻ること。」
目の前に広がるのは、多くの露店がズラリと建ち並ぶメインストリート。
しかし観光に来た訳ではなく、速やかに目的を遂行する為、2人にテキパキと指示を出す。
「何だアリィ、不満顔だな。」
「だって~! ホヴィンってば夢が無いし、なんか気が合わなーい。」
「お、おい…はっきり言い過ぎだろアリィちゃん……それに、竜は存在するって事で話は纏まった筈だろ?」
「フーンだ、どうせ本心では信じてないんでしょーーー?」
馬車での2人の口論は最後まで見届けた。
確かに、アリィの強い主張に負けたホヴィンが、最後には妥協したように見受けられた。
「とにかく、今は奇跡の妙薬とやらを探す事だけ考えろ。」
どちらかと言えばアリィに、そうキツく言い聞かせておく。
放っておくとまた論戦を起こし兼ねない。 そんな2人を一緒に行かせるのは少々不安だが、オレは1人で身軽に行動したかった。
「じゃ行くわ、そっちも頼む。 あと、喧嘩すんなよ。」
「うん」
「おう」
「キュウ」
――あれ?
どう考えても、返事が1つ多い気がして。
それに、どこか聞き覚えのある声、というか鳴き声。
「でえええええ!!? なんで居るんだよ!!」
「わっ!! また会えた!!」
「ちょ、おいおい!! ここ町の中だぞヤバいだろ!!」
アリィの背後、その頭上にソレは浮いていた。
色・艶・形・声、どれを取っても、ソレは間違いなく森で出会った小型ドラゴン(仮)。
「キュウ」
「ついて来たのか…! …よし、騒ぎが起こらない内に森へ逃がしに行こう。」
「いや、その必要はねぇよ。 俺がここで始末してやる。」
魔物かどうかも分からない未知の生物。
如何に小型で大人しい性格でも、人を襲う可能性が無いとは言い切れない。
危険と判断したホヴィンは透かさず攻撃態勢を取ったが、その行為を止めたのはアリィ。
「ダメ!! きっと寂しかっただけ!! それでついて来ちゃったんだよ……だから殺しちゃダメ!!」
「あぁ!? ここが何処か分かってるか!? 町ん中だぞ!? 人を襲う前に殺すのは当然だろ!?」
「そんな事しない!! だってこの子は頭の良いドラゴ……んむむぅ…!」
素早く手を伸ばしアリィの口を塞ぐ。
ヒートアップした時の彼女の甲高い声は、一つの騒音と言える程のモノだから。
「声が大きい。 …ドラゴンとか、そんな言葉ここで叫んだらヤバいと思うぞ?」
「んん……」
理解させたところで、口を覆っていた手を退ける。
「とにかくホヴィン、殺すのは待て。 それとアリィ、1つ聞きたい。」
「……?」
「お前はどうしたいんだ?」
「えっと………つ、連れて行きたい。」
それは安易に予想が出来た答え。
だから別に驚かなかったが、ホヴィンの方が尋常じゃなく強張った顔をしていて。
邪魔されぬよう、ホヴィンには視線で 「まぁ待て」 という合図を送っておく。
「ペット気分でか? 魔物かもしれないんだぞ? 何があっても責任持てるのか?」
言ってアリィの顔を真っ直ぐ見る。
まるで、捨てネコを拾って来た子供を問い質している親のような気分で。
「…責任は持つよ……でも、ペット気分じゃない……仲間として!」
「……そうか、じゃあ任せる。」
「お、おい……!」
オレの意外な返答に飛び跳ねて喜ぶアリィは、小型ドラゴン(仮)の元へ駆け寄って行く。
一方のオレは咄嗟にホヴィンの腕を掴み、グイッと脇に寄せる。 彼が納得できないのは重々承知していたから。
「黙って許してやってくれ……頼む」
「な、なんで…!」
「シーッ! …ホヴィンにも話しとくが、今は絶対アリィに言わないって約束してくれ。」
「あん……?」
決してアリィには聞こえぬよう小声で、しかし簡潔に、オレはある事をホヴィンに告げた。
とても大事なこと。 ある人に告げられたこと。
今朝、ノルディーで酒場へ向かう際に出会った意外な人物。 その人から、アリィに伝えてほしいと託された伝言。
それを確かに受け取ったオレは、今のアリィに伝えるべきではないと勝手に判断した。
話すべき時が来たら話そうと、そう心に決めていた。 いつかは必ず本人に話さなければならない。 オレの口から。
そんな、とても大事なこと。
それを聞いたホヴィンは、素直にアリィの意志を尊重すると約束してくれた。
こうして、アリィが責任を持って面倒を見るという条件の元、あの小型ドラゴン(仮)が旅に同行する事になった。
今後アレを連れ回すとなれば、色々と問題が浮かび上がる。
街中で堂々と連れ回すのか、店や宿ではどういった扱いをするのか。 まず、完全に隠し通すのか、魔物だと思われない為の嘘をでっち上げるのか。
ともかく、人を誤魔化す方法を幾つか考えておく必要がある。
それら山積みの問題の中から1つだけ、敢えてこの場でアリィに聞いてみた。
「名前は付けないのか?」
「あ、うん! もう決めたの! ワンダ!」
「成程……ワンダか、確かに不思議だもんなそいつ。」
「その意味もあるけどぉ~! 普通に良い名前だと思わない!? 可愛いでしょ!?」
ワンダの同行をあっさりと許した事、アリィに不自然だと思われてはならない。
だから妙に優しく接する訳でも無く、飽くまでいつもの冷静な自分を装う必要があって。
「まぁ良い名前じゃないか? な、ホヴィン。」
「お、おう! センス良いじゃねぇかアリィちゃん! ま、まぁ可愛がってやれよ!」
「あれ……ホヴィン、急にどしたの? あんなに殺気ムンムンだったのに。」
――おいおい、動揺し過ぎだろオッサン……。
話をホヴィンに振った自分を責めつつ、会話の流れを止めるように一言。
「さぁて薬の情報収集に行くぞ! 本当に有るなら、早く手に入れてセフィに持って帰ってやろう!」
「うん!!」
「おう!」
「キュウ」
返事が1つ多い、けれどもう驚かない。
寧ろタイミング良く返事してくれるワンダに、少なからず愛着を持ってしまった。
アリィは肩に乗せたワンダを伴い、ホヴィンと共に町へ消えて行く。
そんな2人の背中を見送りつつ、オレはこの国で最初に訪れた小さな村に想いを馳せるのだった。