第35話 奇跡の妙薬を求めて
「奇跡の妙薬?」
「あぁ、それが西のミクサって町で手に入るらしい。」
商業都市ノルディー。
この町は色んな意味で思い出深い場所となった。
しかし滞在6日目ともなると、その雄大な街並みも流石に見飽きてくるもので。
観光気分も薄れ、慣れた道筋を辿り、単身訪れたのは静かな朝の酒場。
「ミクサっていやぁ……国籍問わず人が溢れてるし、まぁ必然的に珍しい物も集まる場所だが、そんなもんが本当にあんのか?」
「あの医者が以前、知り合いの同業者から得た確かな情報らしい。」
「ふーん……で、それを持ち帰れば嬢ちゃんは一晩で元気になるってか。」
「らしい、だから行ってみようと思う。」
つまりは、ソレをホヴィンに伝えに来たという訳。
そんな神懸かった薬が本当に存在するのか、未だ半信半疑とはいえ聞き流す事も出来ない情報。
アリィも最初は疑っていたが、真偽を確かめる意味でも行くべきだと同意してくれた。
「それから……その結果がどうであれ、アンタを仲間に迎え入れようと思う。」
「お! ってこたぁ、旅を続ける決心が着いたんだな!?」
「え……なんで知ってるんだよ………迷ってたって」
「言いかけて誤魔化しただろ? それによ、顔にも出てたぞ?」
――うっわ……。
剣士たる者、如何なる時も常に冷静であれ。
それをモットーに生きてきたつもりが、どうも最近のオレは感情が周囲にモロばれらしい。
気を許せる仲間相手ならそれで良いのかもしれないが、気の緩みは剣の衰えに繋がるとも考える。
1人の剣士として、セフィを見習うべき点がここに有る。
「よっしゃ、そうと決まれば出発だ! 馬車を借りてやるから、さっさと行って今日中に帰って来ようぜ。」
「え……薬探しから一緒に来てくれるのか?」
「おうよ! ミクサの町へは街道も通ってない、つまり道無き道を進むことになる。 行った事のある俺が道案内しねぇとな。」
結果、ミクサへは3人で向かう事に決定。
唐突な出発とはいえ1度戻るとあって、大した旅支度もせぬまま店を出たホヴィン。
診療所までアリィを迎えに行くと、まだ眠っていたセフィは起こさず医者の方に一言告げ、すぐさま町の西門へ向かった。
「この馬車、ホヴィンが操るのか……?」
「ミクサへは道が無いわ魔物が多いわで色々と危険でな。 引き受けてくれる御者は中々居ないし、いっそ馬車を丸ごと借りちまう方が格安だし手っ取り早い。」
「へぇ……って、いや…そうじゃなくて……器用なんだな」
――万能マッチョ。
そんな言葉が頭を過り、思わず吹き出しそうに。
「あ…歩きじゃ無理なのか?」
「まぁ距離的にはジステアより近いが、徒歩だと向こうに着くだけで陽が暮れちまうぜ?」
「そうか……でもホント色々と助かった、ありがとな。」
ホヴィンは御者役と道案内役だけでなく、馬車レンタルの支払いまで引き受けてくれて。
「ジョセの治療代とお薬代…あと入院費用で、レグザのお財布カラになっちゃったんだよね。」
「それ言うなってアリィ…!」
「ハッハッハ!! まぁ気にすんなや! もう仲間だろ!?」
怪力バトルマニアかと思いきや、家族を大事にする愛妻家で親馬鹿な一面を持ち。
知識豊富なインテリかと思いきや、大胆且つ豪快な行動力も兼ね備えており。
総合すると、かなり心強い仲間だという事は確かなのだが。
――この人、いまいちキャラが掴めない……。
大会に魔物の侵入を許した事から、門の警備は以前にも増して厳重を極めていた。
固く閉ざされた門を背に、馬車を走らせ向かうは西。
いざ、ミクサの町へ。
「ホヴィーーーン。 これ馬車、壊れないかぁーーー?」
「心配すんな! 因みに俺の扱いが荒っぽいんじゃなく、道が荒っぽいだけなんだぜ!」
ガコンガコンと弾み、ギシッギシッと軋む車輪。
激しい馬車の揺れから引き起こされた乗り物酔い。 アリィが無口な理由はソレ。
聞いていた通り、こっち方面に道なんてモノは無く、森の中に道を切り開いて突き進むといった感じ。
魔物が多いという話は嘘ではなかろうか。
そう思ってしまう程、ここまでに魔物の気配は一切感じられなかった。
「れ、れぐざぁ………ひざ……まくらぁぁ……」
限界ギリギリの顔で訴えてきたアリィ。
拒否する訳にもいかず、仕方なく膝を貸してやる事に。
「まぁ戦闘になったら任せろ。 あと、頼むからそこで吐くなよ絶対。」
「う、うん……あり…がとぉ……」
弱々しく甘えてくるアリィから、魔道士という存在感は微塵も感じられない。
だが、いざとなれば絶大な力を発揮するという点において、彼女ほど頼もしい存在も無いだろう。
ぶっちゃけ、膝を枕として誰かに貸したのはこれが初の経験で。
ソレをすんなりとアリィに許してしまい、何故かセフィに対する罪悪感が込み上げてくるのを感じていた。
と、その時――
ヒヒィィィィィンという、馬の激しい雄叫び。
同時に、疾走していた馬車は急停止。 咄嗟にアリィの体を支えつつ、立ち上がって身を乗り出す。
「急に止めてすまん! 魔物だ!」
「何処だ!?」
「ほら、あれ。」
そう言ってホヴィンが指差す方向にソレを確認。
森の背景と同化して分かり辛かったが、そこには見た事もない浮遊生物が1匹。
「あれ……何だ?」
「いや、俺も知らねぇけど……普通に考えて魔物だろ?」
果たしてソレを魔物と分類すべきなのか。
とにかく非常に小型で、せいぜい人の頭部サイズ。
小振りの羽をパタパタと動かし、全身が青みがかった緑色をした、まるでトカゲの様な皮膚を持つ生物。
何故か敵意を見せず、フワフワと浮遊したままこちらの様子を窺うのみ。
「見た感じ爬虫類っぽいな……」
「でもよ、爬虫類なら甲獣系って事になるが、甲獣で飛べる奴なんざ聞いた事ねぇぞ?」
「うーん……特有の気配を感じないし、魔物とは違うかも。」
「じゃあ何だ? あんなのマジで見た事ねぇぞ?」
魔物の気配を感じない上に、博識なホヴィンも正体は不明だと言う。
更に言えば、あちらから攻撃してくる様子も全く見られない。
つまり、ソレを敵と断定する要素が余りに少なく、倒すべきか否か悩んでしまうといった状況。
男2人で相談した結果。
動物的に有り得ない外見を持つのなら、未知の魔物と判断し殺しておくべきだろうと。
熱く主張してきたホヴィンの、そんな意見を優先する事に。
「うわ!」
仕方なく剣を抜こうとした所、背後からそんな声が。
今一つ気乗りしないこの状況で、救いの手を差し伸べてくれたのはアリィ。
「あれ、きっとドラゴンだよ!」
「何?」
「ドラゴン! ほら、竜一族って知らない? 本で見た事あるの!」
――存じ上げません。
急に元気になったアリィの様子から、それが余程珍しいモノという事だけは理解して。
「おいアリィちゃん! 竜っていやぁ伝説上の生き物だぜ!?」
「うん、伝説って言われてるけど…必ず存在するってお母さんは言ってた!」
「んな馬鹿な! それに、あんなちっこいのが竜だってのか!?」
「まだ子供でお手軽サイズなんだよ、きっと! 体の造りとか、全体の形が似てるもん!」
――お手軽サイズ?
オレを差し置き、興奮気味に口論を続けるアリィとホヴィン。
何やらドラゴン存在説の否定派と肯定派で、意見が真っ二つに分かれている様子。
「おいおい、魔物に子供も大人も無いだろ!?」
「竜は魔物の中でも特別なんだよ!? ちゃんと成長するし、知能も高くて喋っちゃうし、火とか吐いちゃうんだからね!」
「そりゃ何かの物語に出てきた話だろ? そんなもんが本当に居たら、世界はとっくに滅んでるぞ!?」
「物語じゃないもん! それに、竜は賢いから乱暴な事はしないの!」
アリィがここまで熱弁する姿は初めて見た。
妙に信じて肩入れする様子から、単純に竜が好きだという想いも汲み取れる。
しかしながら、長々と続く2人の議論を鬱陶しく感じてきたオレは、問題の生物の元へソーッと歩み寄る。
「キュウ」
なんて可愛らしい鳴き声。
近付くと嬉しそうに飛び回り、終いにはオレの胸にヒョコッと飛び付いて来て。
それを見たアリィが即座に駆け寄って来る。
「うわ~可愛いいい!!」
「おーよしよし」
「キュウ」
いわゆる、人懐っこい小動物といった感じ。
魔物かどうかは謎のままだが、こんな愛嬌のある生物を殺せる訳も無く。
薬探しという目的を思い出したオレは、しがみ付く小型ドラゴン(仮)を引き離し、素早く馬車に戻った。
「害は無さそうだ、放っておいて先を急ごう」
留まりたがるアリィを呼び戻し、殺したがるホヴィンを制し、再び馬車を走らせる。
伝説の竜族だか何だか知らないが、こんな所で止まっている時間が勿体無い。
――セフィが待ってるし。
出発後も暫く続いた2人の論争。
そんな騒がしい車中、オレはある事に気付いた。
相変わらずの激しい揺れにも関わらず、アリィは完全に乗り物酔いを克服していたのだ。