第34話 見透かされた心
この世界には 「魔法」 という不思議な力が存在する。
では何故、対象物を殺傷する類の魔法、即ち 「攻撃魔法」 しか存在しないのか。
そんな素朴な疑問を、とある医者とアリィに投げ掛けてみたところ、それぞれ非常に納得のいく答えが返ってきた。
「治癒魔法じゃと? そんなもんがあったら、ワシら商売あがったりじゃろが。」
「う~ん……前にお母さんが言ってたけど、魔法の力を司る精霊さんの存在理由は邪悪な者を滅ぼす為であって、人を救う為じゃないからだと思う。」
闘技場から程近い小さな診療所。
アリィが誰の手も借りず、セフィを担ぎ込んで来たのがここで。
都市という位だから他にもっと立派な所も有るのだろうが、緊急を要したのだから文句は言えない。
セフィの具合は、というと――
上半身各所の打撲に、右肘の骨には亀裂、手足と顔面の裂傷が十数箇所、肋骨は2本折れており、内臓が無傷なのは運が良かったらしい。
全治1ヶ月と診断されたが、そこから更に1~2週間は戦闘禁止と付け加えられてしまう。
つまり当分の間、セフィは戦線離脱という事。
ここの年老いた医者、その腕は確かなようで。
処置は素早く的確な上に、塗り薬の効果がまた絶大で、後が残りそうだった顔面の裂傷はもう綺麗に塞がっている。
料金も安過ぎず高過ぎず、つまり安心価格というヤツ。
思わぬ足止めを食らい、オレには重大な判断を下す必要があった。
この旅を長期中断すべきか、セフィをこの町に置いて旅を続けるべきか。
だが、今はセフィの生存を喜ぶ事と、彼女を大会に誘った己を責める事以外、何も考えられなかった。
今は大会から一夜が明けた朝。
魔物の侵入という異例のケースから、今大会はこれにて終了との知らせを受けた。
当初の決定通り、準々決勝まで残った8人には討伐隊への入隊権利を与えられたが、入隊する気は微塵も無いし、例え懇願されようとお断りだ。
「よっ! 嬢ちゃんの具合はどうだ?」
昨日に続き、再び病室を訪ねてくれたホヴィン。
大会本部の決定を伝えに来てくれたのが彼で、それ以外の面でも色々と世話になった。
「大丈夫、今は眠ってるけど。 こんな朝からどうした?」
「嬢ちゃんの見舞い……ほれ、この花飾っとけ。 それと、1つ頼みがあって来た。」
言ってパイプ椅子にドサッと腰を下ろす。
するとギシギシと鈍い音が。 この人に座られる椅子は可哀相だ。
「まず、兄ちゃんらの旅の目的は何だ?」
「……? それは…」
余り他人にペラペラと喋る事でもないので、手短に、しかし簡潔に答える。
セフィの寝顔を見ながら、魔法の修行と仇打ちの事は付け加える程度に、最終目的は魔物を滅亡させる事だと告げた。
「ふむ……つまり兄ちゃんらは、勇者様御一行って訳だな。」
「ゆ、勇者って……そんな偉そうなモンじゃ…」
「いいか? 勇者ってのは民衆が脅威と感じる存在を取り払い、民衆が喜ぶ行為を進んで実行する奴の事だ。」
「はぁ…」
説明口調に定評のある店主。
今回は 「勇者の定義」 みたいなモノをダラダラと語ってくれて。
「…で、兄ちゃんの言った旅の目的ってのが嘘だとは思えねぇし、何よりその腕に惚れた。」
「そりゃどうも……」
「その嬢ちゃんも負けはしたが、剣の腕は一流だと認めた。 アリィちゃんだっけか、君の魔法も凄そうだ。」
回りくどいというか、前置きが長い。
結論は全て後回しにするタイプだろうか、オレ的には少し苦手。
「あー……つまりだ、そんな勇者の御一行に俺も加わりたいんだが。」
「はぁ!?」
「やっぱり駄目か?」
「いや、そりゃオレもアンタの腕は認めるが……このまま旅を続けるかどうか……っていうか、店とか奥さん達はどうする気だよ。」
自分が決め兼ねている事を、そんな言葉で誤魔化した。
「家族にも相談したが、妻は背中を押してくれた。 娘も応援してくれてる。」
「ま、マジか!?」
「俺の夢ってやつを教えてやるよ。 家族がな、安心して暮らせる平和な世の中を作りたいんだ。」
そんな台詞で始まった2度目の語り。
何でも、店主は過去の武術大会で優勝経験もあるらしいが、討伐隊には入らなかった。
世界平和という大きな夢を抱いたまま、当時生まれたばかりの娘を置いて魔物退治の旅に出るという訳にもいかず、ダラダラと平穏な生活を送り現在に至る。
だが、そんな自分に嫌気が差していたという。
「…で、そこに現れたのが兄ちゃん達って訳だ。」
「成程……じゃあ討伐隊に入らなかった理由は?」
「この腕を役立てたいとは思ったが、あんな国家に縛られた組織では御免だ。 それに、無謀な作戦で命を落とした戦士は今や数百にも至る。 討伐隊ってのは、現国王の無鉄砲さがそのまま形になった様な代物だ。」
その考えには共感を持てたが、どう返答すべきか迷った。
旅を続けるかどうかも決めていない状態で、店主の申し出を受け入れる事など出来る訳が無い。
「断る理由は無いんだが……ちょっと時間をくれないか?」
「あぁ……嬢ちゃんもこんな状態だしな、まぁ返事は落ち着いてからで構わんさ。」
「悪いな、でもアンタの夢は立派だと思うよ。」
「ハッハッハ! 兄ちゃん達も立派だぜ? …おっと、病室で騒がしくしちゃマズいな。 それじゃあまた来るよ。 お大事にって伝えてくれ。」
そう言い残した店主は、ベッド脇のアリィにも会釈し病室を出て行った。
扉が閉まったのを確認し、それまで会話に参加しなかったアリィが急に口を開いて。
「もしかして……ジョセを大会に誘った事、悔やんでる?」
「え……いや、だって……オレが誘わなけりゃこんな目に……」
まさかアリィに心中を見抜かれるとは、全くの想定外。
不覚にも動揺してしまい、言葉にも詰まってしまい。
「だって? らしくないよ、そんな言葉。 …あのね、ジョセはそんな風に思ってないんだよ?」
「え……」
「直接は言い辛かったみたいで、レグザに伝えてほしいって言われた事があるの。」
「な、なんだ……?」
「あれは私の意志で臨んだ勝負で、敗北したのは私の軽率な行動の結果だ。 ってね。」
そこで妙に必死だったセフィの姿を思い出す。
おそらく彼女は、相手が魔物と知った上で無謀な挑戦を試みた。
だが無残にも敗北して自分を責めているセフィには、オレが悔やむ事も安易に予測出来たのだろう。
「だから気にしちゃダメ。 それに、レグザが弱気じゃ私達が困るんだよ?」
「……?」
「旅……続けるかどうか迷ってるんでしょ?」
まさか、顔に出ていたのだろうか。
完全に心を読まれ、恥ずかしいやら情けないやら、今まで味わった事の無いような感情に襲われて。
思わず俯いてしまったオレに、アリィの一言が突き刺さる。
「ジョセの代弁。 重荷になるのは御免だ、後で追い付くから先に行け。」
「え……」
「私は置いて行くなんて嫌だけど……ここでジョセが治るまでずっと付き添ってたら、本人は怒るよ絶対。」
いつに無く大人びた表情のアリィから飛び出した台詞。
その言葉は余りに説得力が有り過ぎて、心に絡み付いていた後悔という2文字を見事に拭い去ってくれた。
同時に、モヤモヤと纏わり付いていた迷いを捨て、ある判断を下すことを決意した。
その時――
静かに開いた病室のドア。
「ふぉふぉふぉ、良い事を教えてやろう。」
妙な笑いと共に入って来たのは、この診療所の医者。
セフィが眠るベッドの脇まで行って、信じられない台詞を真顔で言って退けた。
「この娘を、僅か一晩で完治させる方法が1つだけあ~る。」
懸命な処置をし、全治1ヶ月という診断を下した当人から出た言葉。
訝しげな表情を浮かべるアリィと、呆気に取られたオレの心中は一致していたかもしれない。
――この爺さん、大丈夫か……?
書き終えて更新する時って嬉しいもので。
妙なテンションで書いた「あとがき」って、後で絶対に消したくなるのは自分だけでしょうか…?




