第33話 マッチョでインテリな店主の実力
「鋼鉄の皮膚を持つ魔物には剣も魔法も殆ど効かないが、急所を知っていれば話は別。 人型なら大抵は喉元か股間だ。 まず俺が奴の動きを封じるから、後はその大剣に全体重かけて急所を突き刺してやれ。」
――こ、股間って。
いきなり半裸になって只の変態マッチョかと思っていたのだが。
何やら魔物に詳しいようで、実に単純且つ効果的であろう戦略を授けてくれた店主。
「因みに……通常、獣人系の魔物は動物系か甲獣系が人型に進化を遂げたものだが、見た目で原型が何か分からない奴の場合、昆虫系が超進化を遂げた特殊な獣人って場合が多い。 知能も超進化していて、奴みたいに簡単な魔法なら使いこなしちまう。 つまり、獣人系の中でも別格の強さを誇るって訳だ。」
この人、かなり知識豊富だ。 とても街酒場の店主とは思えない。
しかしまさか戦闘中にそんな知識を植え付けられる事になろうとは、まるで勉強会に参加している様な気分で少々ダルい。
「OK。 まぁとにかく、動き封じるトコまでは任せる。」
「おう!!」
言って半裸のまま戦闘態勢に入ったインテリ店主。
上半身の防御力はゼロに等しいがこの人、本当に気は確かだろうか。
全員が避難し終わりガランとした観客席。
静まり返った会場内で唯一動くモノは、立ち昇る爆煙と野獣に立ち向かうマッチョのみ。
「ふん!」
何の躊躇いも無く飛び掛かった店主。
その初手は打撃ではなく、首を掴み取るというモノ。
衝撃にはビクともしなかった相手も、巨漢に飛び付かれ首根っこを掴まれては流石に少しはヨロけるようで。
「でえい!!」
抵抗も許されぬまま、体勢を崩し背中から倒れそうになる野獣。
これはチャンスとばかりに構えたオレは、敵が地に伏した直後を突く事に。
ところが――
敵もそう簡単には倒れてくれない。
片足を背後にズンと出して難無く踏み止まり、絡み付く巨漢を振り払う。
首を小脇に抱え全体重をかけて倒すという店主の策も、相手の好判断により無駄に終わる。
「ちぃ!」
「……ジャマヲスルナ」
「へっ、邪魔だと!? 何の邪魔だってぇ!? 一丁前に喋りやがってよぉ! 大体、邪魔の 『魔』 って字は魔物からきたもんだろがぁ!!」
――魔物相手に何言ってんだこの人……
しかも間違っている。 どちらかといえば悪魔の 「魔」 だろう。 まぁどうでも良いが。
「場違いなお前の方が邪魔だろが自覚しろコラァ! 大体さっきの魔法!! 家族が怪我したらどうしてくれんだ? あぁ!?」
今、気付いた。
この人、オレの手助けをする為というより、個人的な怒りをぶつける為に来たらしい。
まぁそれも、どうでも良いんだが。
そんな風に考えている内に、どうやらバトル再開。
この後オレは、余りにも常人離れした店主の戦いぶりに圧倒される事となった。
強烈な拳と蹴り、それらを繰り出す際の驚異的スピードと幾多の攻撃パターン。
更に、強靭な肉体そのものを盾とした防御力と、時に締め技で相手を翻弄し、巧みな動きで反撃をかわす軽やかさ。
とても巨漢のモノとは思えない、鮮やかで洗練された技の数々。
――すっげ……バトルマスター?
しかもこの人、知識や経験だけでなく反射神経や体のバネなど諸々、運動能力の方も半端無い。
相手の意外な実力に、敵も本腰を入れてきたようで。
目まぐるしい攻撃を浴びせてくる店主を両手でガシッと捕まえ、数メートル先へ思い切り投げ飛ばす。
身を翻し難無く着地した店主だが、その体勢を崩した一瞬に敵も追い撃ちをかけてきて。
「む!?」
素早く練り出した小型の火球。
ソレが野獣の口から、店主目掛けて一直線に。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
地面に命中し爆発した魔法。
間一髪、頬を掠めたのみで無傷の店主。
離れれば不利だと理解したのか、めげずに接近戦を挑む。
「耳火傷しただろがコノヤロォ!!!」
――あ、無傷じゃなかった。
愚痴っぽい叫びを発しながら猛進した店主の飛び蹴り。
2発目を撃とうと魔力を練っていた野獣はソレを頬に食らってヨロめき、そこに今度は店主が追い撃ちをかける。
彼曰く、急所だという喉元と股間を狙った拳の猛襲。
体勢を立て直される前に押し倒そうって気らしいが、如何に弱点とはいえ剣すら効かない相手に打撃でのダメージなど皆無。
だがそれは承知の上だったのか、即座に手を止めると相手の片腕を掴み取り、ヒョイと足を引っ掛けゴロンと転ばせる。
お見事、としか言い様が無い。
つまり打撃での猛攻は、相手の反応を鈍らせる為の一手に過ぎなかった。
初めて尻餅を付かせる事に成功したが、敵も当然すぐに立ち上がろうとする。
だが、この好機を逃すまいと次なる戦法に出た店主。
背中側に回って腕の関節を反り返し、足を絡ませ下半身の動きも封じ、決して立ち上がれない形に持ち込む。
どうやら寝技も得意らしい。
「今だぁ!! グッサリ頼むぜぇ!!」
待ってましたとばかりに構えた大剣は逆手持ち。
店主の目的は仕留める事ではなく、動きを封じる事。 そして、止めを刺すのはオレの役目。
絡み合う両者に向かってジャンプし、その真上に到達した所で二者択一の結論を出す。
「ふん!」
「ングオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
グサリと突き刺したのは喉元。
言われた通り全体重をかけた垂直方向の突きは、鋼鉄の皮膚を誇るヤツの喉元を見事に貫いた。
当初は股間を狙うつもりだったが、店主の足が邪魔で咄嗟に変更したという訳。
「よっしゃあ!!」
「美味しいトコ取り、ご馳走さん。 しっかしホヴィンさん、やるねぇ」
素早く剣を抜くと、ヤツの下敷きになったままの店主を引っ張り出す。
即死とまではいかなかったが、相手はもう虫の息状態で。
「…グゥゴ、ガ……ワガ、アルジ…ノオコガ…ツイニミツ、カッタ…サゾ…ヨロコバ、レル…」
「あん?」
掠れた声で最後の言葉を残し、遂に息絶えた野獣。
それまで余り気にしていなかったが、魔法まで使う程の知能を持ったヤツの言葉。 少しは気に留めるべきだろうか。
最初に吐いた台詞からも考えて、何かを見つけたって事だけは理解した。
――ワガアルジ…我が主? ノオコガ…意味不明。
「よく分からんが、やっぱ魔物共を操ってる魔王的なヤツが存在するのかも」
「ふむ…かもな。 まぁともかく、兄ちゃんはあの嬢ちゃんの所へ行ってやれ。 俺はこの事を大会本部に報告して来る」
「あ…あぁ、頼む」
余り物事を深く考えず、テキパキと行動するタイプらしい店主。
半裸のまま行こうとしたので、脱ぎ捨ててあった服を拾い上げヒョイと投げてやる。
ソレを見もせず片手でキャッチし、軽快に走り去って行った店主の表情は達成感に満ちていた。
大事な家族と町を守ったのだから、さぞかし気分は爽快だろう。
――さてと。
剣の血を振り落とし背中に納めると、出口へ向け走り出す。
小柄なアリィが果たして重傷のセフィを何処まで運べたのか。 既に医者を見つけていれば問題は無いのだが。
避難者と野次馬でごった返す闘技場の入口付近。
そこでアリィ達の行方を尋ね回っていると、不意にある事を思い出して立ち尽くす。
――そういえば、妙に青っぽかったような。
考えてみれば、あの野獣の血は紫色に近かった。
洞窟で倒した獣人も赤い血だった事から、魔物全般にも人間や動物と同じく赤い血が流れていると思い込んでいたのだが。
ここに来てまた1つ増えた謎。
だが、解けない謎ほど面倒なモノは無く。
2人の居所の方が気掛かりだったオレは、その謎を頭から切り捨て聞き込み作業に戻った。
バトルシーン書くのは疲れるので以後バトル無し! 嘘です、ごめんなさい。