第32話 堕ちた女神、脱いだパパ
「あの図体で全身鎧とか反則だろ……」
誰にという訳でもなくボソッと漏らしたのは、すぐ隣に居た1人の戦士。
後の試合に備える戦士達も勝敗の行方が気になるらしく、この観戦スペースでセフィの試合に見入っている。
未だ開始位置から一歩も動かない男に対し、決して峰打ちとは思えぬ鋭い斬撃と突きを浴びせ続けるセフィ。
だが、見る限りダメージは皆無。 敢えて言うなら、男の身に着けたマントのみが綺麗に斬り刻まれていく。
そんなセフィの闘いぶりに、オレは少なからず疑問を抱いた。
――なんか……必死過ぎないか?
例えるなら、針など通さぬゾウの体を一心に刺し続けるハチを見ている様な気分。
だが、それまで微動だにしなかった男が遂に動きを見せる。
反撃も恐れず飛び掛かったセフィの利き腕はガシリと掴まれて。
攻めも逃げも封じられたところで、正に鬱陶しいハチを叩き落とす様に地面に叩き付けられてしまう。
『この試合、初めてダン選手が動いたぁーーーー!!! これはジョセフィーン選手!! 手痛い反撃を食らってしまったぁーーー!!!』
地に伏し無防備な状態を晒したセフィだったが、それは僅か一瞬の事。
透かさず立ち上がり構え直したセフィに、大きなダメージは見受けられない。 地面の土がクッションの役目を果たしたらしい。
今度は相手の間近から、また素早い踏み込みで連続の突きを繰り出す。
ところが――
なんと男は、突かれた剣の刃を素手で掴み取ると、もう片方の腕を天高く振り上げた。
凄まじい張り手を頬に食らい、またしても地面に叩き付けられたセフィは遂に剣を手放してしまう。
透かさず膝を上げた男は、横たわるセフィの腹を思い切り踏み付ける。
――セフィ!!
思わぬ戦況に身を乗り出したオレは、男の取った次の行動に愕然とした。
相手が女と知りながら、そんな事はお構い無しといった感じに何度も何度も踏み付け、おまけに剣を拾おうとした腕までも踏み付ける。
そのダメージは計り知れず、必死に抵抗を試みるセフィも力及ばずといった状態。
更に、男の残虐ぶりはそれだけに留まらなかった。
足を退かした男は前屈みになり、仰向けに倒れたままのセフィを殴り始めた。
その余りの残酷な光景に、すっかり黙り込んでしまった実況と、静まり返る場内。
「オイこらぁーーーーー!!!!! あれじゃ降参も出来ないだろがぁっ!!!!! 早くやめさせろおおおおおおおっ!!!!!」
オレは実況席へ向け、怒りを露に声を張り上げた。
こんな光景を黙って見ていられるヤツはどうかしている。
遂にピクリとも動かなくなったセフィ。 もうきっと意識は無い。
『だ、ダン選手!!! 直ちに下がってください!!!!』
―――下がれ!!!!! 下がれ!!!!! 下がれ!!!!! 下がれ!!!!!
途端に反応した実況の指示と、客席からの下がれコール。
更に、脇に居た審判達も男の暴挙を止めに入った。
しかし――
男は駆け寄った審判達を次々と殴り飛ばし、決して従おうとしない。
それでも踏み付ける行為をやめさせる事には成功したが、今度は何やら怪しい構えを見せた。
男の顔付近、マントで覆われた口元付近と言った方が正しいのか、その空間が真っ赤な瘴気の様なモノで覆われていくのを遠目にもはっきりと確認。
ソレは程無く、明らかに高温の熱量を秘めた火の玉へと変化し、その口元から猛烈なスピードで放たれた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!
―――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!
―――ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!
轟音と共に観客席に命中した火球は、多大な物理的破壊力となって大爆発を引き起こした。
未知の脅威を察知し、逃げ惑う周囲の観客達。 客席は大混乱に見舞われ、先程までの歓声は一転、悲鳴となって会場内を包み込む。
『か、観客の皆さんどうか落ち着いて!!! 係員の誘導に従って避難して下さい!!!!』
――あれは魔法……!!?
きっとそうに違いないと確信する頃、オレはもう戦場に飛び出していた。
あれが魔法なのか、男は気違いなのか、何か目的があるのか、観客は大勢死んだのか、気になる事は多々あるが、今はセフィの安否を確かめる事以外どうでもよかった。
「セフィ!!!」
思わず声を張り上げ、早々と男に気付かれてしまう。
だが、その足元に横たわるセフィしか見ていないオレは構わず駆け寄り、土と傷だらけのセフィを抱き起こし、口に耳当て生死の確認を。
「……よし! 生きてる!!」
そうと分かれば、次は安全な場所へ運ぶのみ。
背中と膝裏をガシリと掴み、いわゆるお姫様抱っこの形でセフィを抱え上げると、すぐさま脇の入場口までひた走る。
運び終わってふと思ったのが、ヤツは何故オレの行動を邪魔しなかったのか。
丁度そこに良いタイミングでアリィが駆け付けてくれて。
「レグザ! ジョセ大丈…」
「アリィ医務室!! …いや! 多分無いから医者の所へ連れて行け! 誰かに手を借りてもいい! 急げ!!」
「わ、分かった……けど、レグザはどうするの!?」
「……ヤツを倒す。 早く行け!!」
正確に言えば、倒すというより殺す。
セフィの元へ駆けつける際、一瞬だがヤツの正体はとうに見た。
全身を覆っていたマントの頭部分は放った魔法の火力によって燃え尽き、その風貌を露にしていて。
「オイこら!! 野獣か魔獣か知らんがオレが相手だ!!! 只で済むと思うな!!!」
通じる通じないは構わず、怒りをぶつけて自分に引き付ける。
そこで初めて相手と対峙する。 その顔は洞窟で出会った喋るライオンより遙かに禍々しく、原型が何なのか全く分からない。
妙な胸騒ぎの正体はコレだと理解しつつ、背中の剣を抜き取り構える。
同時に、見逃していた大切な事を今はっきりと悟った。
いつもは近寄れば感じる魔物の気配。 控室でも一緒に居た筈だが、ヤツからは何故かその気配を感じ取れなかった。 そして今も。
「……ツイニミツケタ……コノニオイ……マチガイナイ……」
「へぇ、やっぱ喋れるか……じゃあこの意味は分かるな? お前を許さん!! 殺す!!!」
決して驚かず、怒りを前面に押し出しながらも冷静さは失わない。
セフィの剣が全く効かなかった相手となると、果たしてオレの大剣が効くのか確かめる必要があり。
まず手始めに、肩先目掛けて強烈な斬撃を浴びせる。
「くっ!!」
ヤツは棒立ちのまま受けず避けず、そしてゴスッという鈍い音。
命中した剣は僅か数センチめり込んだのみで、肉厚の皮膚によって完全に威力を殺されてしまった。
相手の正体に気付いた時から予想はしていた。 ヤツの体を覆うのは鎧などではなく、非常に強固な肉壁であろうと。
つまり結論。
オレのパワーと、剣の重みを以てしても深くは斬り込めない。
無駄な攻撃は体力の無駄と判断し、1度身を引くと改めて敵の全身を見渡す。
――弱点は何処だ……
敵は未だ身動きせず、オレに対する殺気も全く感じられない。 セフィの時と同様、一定以上の攻撃にのみ反応するのだろうか。
そんなヤツの真っ直ぐな視線を浴びながら、次に攻めるべき箇所と戦術に頭を悩ます。
その時、背後に感じた人の気配。
「妻と娘を避難させて来た! 俺も助太刀するぞ兄ちゃん!!」
やけに張り切って現れたのは酒場店主のホヴィンさん。
まさか本気なのかと疑いつつ、視線は敵に向けたまま皮肉混じりに吐き捨てる。
「そいつは助かるが、現役離れしたパパにはキツいと思うぜ?」
「ヘッ、馬鹿にするなよ!? 仕事と家族と日々のトレーニング!! 両立はバッチリ出来てんだい!!」
「………あ、そう。」
戦力になるかどうかは別として、巨漢の仲間が加わり少しは戦略の幅が広がった訳だが。
来て早々、上着を脱ぎ捨てシャツまで脱ぎ捨て、上半身裸になりフンッフンッと暑苦しい気合いを見せる店主。
対し、ボソボソと何か呟きながら自分の世界に浸っている野獣。
――あぁもう。
味方と敵、双方に物申したい。
怒りに満ちたオレの覇気を掻き消すような行為は慎んでくれ、と。