第31話 先走った殺意
遂に始まった決勝トーナメント1回戦。
ルールは予選と変わらず、等分割された戦場で2戦づつ同時進行といった形式も変わらない。
組み合わせに恵まれ、運のみで勝ち進んできた者。
実力を隠したまま楽に勝ち進んできた者。
低レベル同士での接戦を制した末に勝ち進んできた者。
格上相手に死闘を繰り広げ、満身創痍で勝ち進んできた者。
それらの確たる差が、この1回戦で明確に表れる事となった。
1回戦、第11試合――
何故か予選から試合番号がゾロ目に恵まれたラッキー(?)なセフィは、幸か不幸か、既に満身創痍の相手と対戦を組まされた。
相手の男は剣を抜き戦意充分といった感じだったが、対するセフィは最後まで剣を抜かず、関節技という似合わない体術での勝利を収めた。
試合後にその理由を聞くと、滅茶苦茶カッコいい台詞が返ってきた。
『相手が強者だろうが弱者だろうが、手負いと真剣勝負をするなど剣士としての恥だ。』
――ちょ…なんて男前発言! 惚れちまうだろが!! …と叫んでおいた、心の中で。
1回戦、第15試合――
オレの相手は偶然にも同じ大剣使い。
だが、オレが相手と剣を交えたのは1度だけ。
その1度で力の差を痛感したであろう相手に 「大剣を使う前に片手剣からやり直して来い」 と吐き捨て、楽々と勝利を決めた。
2回戦は総試合数も8試合と一気に減り、そこから先は戦場を円形に戻し1戦づつ行う形式に変更された。
だが1回戦同様、やはり相手が弱過ぎたのかオレ達は余裕の勝利を収めた。
次なる準々決勝に向けて他者の試合を観戦していると、まだ実力を隠していそうな人物を1人だけ発見。
その人物というのが、どうもオレには気になって仕方が無かった。
「セフィ、お前が次で対戦する相手……かなりデキるぞ」
「あの大男か、確かに動きは悪くない。」
「あぁ……これまでの試合を見た限り、どれも一撃で決めてる。」
「……まぁ所詮は木偶の坊、力任せに捻じ伏せる様な体術など恐るるに足らん。」
言って、表情一つ変えぬままそっぽを向くセフィ。
強がりとは思えない。
勝算は充分に有るのだろうし、幾ら何でもセフィの素早さに勝てる相手だとは思えない。
だが、やはりどうにも気掛かりで。 何かを感じ取っている筈なのに、それが何か分からない。
何か大切な事を見逃している様な、そんな気分だった。
『さぁ次はいよいよ準々決勝ですがその前に! ここまで勝ち残った8名の方は、既に討伐隊への入隊権利を獲得しております! もう面接も試験も無し! 「強さ」 という履歴書のみで、誇り高き就職先を得たという事です! 本当におめでとうございます!!』
そんな実況の台詞に対し、観客達は全く湧かない。
民衆からすれば、勝ち残った8人が討伐隊に入ったところで、国の情勢が一転するとは思えないのだろう。
この街ですれ違った人が、討伐隊の事をこんな風に言っていた。 『税金と命の無駄遣い』 だと。
他の6人はどうか知らないが、オレとセフィには全くもって興味が無かった。
――誇り高き就職先……言い換えれば税金泥棒の高給取り、おまけに命懸けの不安定な職業って事だ。
『それでは準々決勝の開始です!! 注目の第1試合!! その対戦カードはぁーーー槍の名手リュフォー選手とぉーーー二刀の短剣を自在に操るベイル選手でぇーーーっす!!!』
―――わああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
いざ選手登場となると、やはり盛り上がる観客達。
壮絶な熱気に包まれた会場で、遂に準々決勝は始まった。
流石ここまで勝ち進んだ連中だけあって、1試合目、2試合目とそれなりに楽しいバトルが展開された。
ゆっくり観戦するのも悪くないが、自分達の出番もすぐに訪れる。 セフィが第3試合で、オレは第4試合。
両者共に勝ち進めば、次なる準決勝で対戦する事になる筈だったが…
第3試合――
セフィの相手というのが、全身を茶褐色のマントで覆い隠した大男。
顔は全く確認出来ず、唯一見えるのは足首から下のみで、履いているブーツのサイズがまた半端無い。
並みの巨漢なら他にも数多く居たが、それらと比べてもまるで別格の巨体っぷり。
オレと同じく予選Bブロックから勝ち進んだ男で、圧倒的なパワーを誇る格闘家らしい。
『それでは第3試合を開始します!! 次なる対戦カードはぁーーーー巨漢に加えて怪力の持ち主、ダン選手とぉーーーー恐るべき早業で蝶のように舞い、蜂のように刺す! 華麗な女剣士ジョセフィーン選手でぇーーーっす!!!』
―――わああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
―――ジョーセ!!!! ジョーセ!!!! ジョーセ!!!! ジョーセ!!!!
嵐の如く巻き起こるジョセコール。
どうやら大量のファン集団みたいなモノが出来たようで、おそらく全ての声援はセフィにのみ向けられている。
『では準々決勝、第3試合!! 始めぇーーー!!!』
戦場へ見送る際、決して油断はするなと念押ししておいた。
その影響もあってか、開始早々から剣を抜いたセフィは相手との距離をジリジリと詰める。
一方、棒立ちのまま身動き1つしない男。
次の瞬間――
素早い先制攻撃を繰り出したのはセフィだった。
――どうゆう事だ……?
バインッ! という、聞き慣れぬ鈍い音で弾かれた私の剣。
棒立ちとはいえ、一片の隙も覗かせなかった男。
その妙な威圧感に恐怖さえ感じた私は、試す意味であえて刃を向け斬り込んだ。
防御も回避も、そんな気配すら全く見せなかった奴は素直に刃を受け入れた。 その分厚い胸板で。
だが、確かに斬った筈がその手応えは感じられず、布製のマントを斬り裂いたのみ。
『おっとぉーーー華麗に決まったジョセフィーン選手の攻撃が効いていない!! ダン選手! もしやマントの中に鎧でも着込んでいたのかぁーーー!!?』
――いや、あの弾力感は普通の鎧とは思えない……
ならば特殊なゴム性質を持つ革鎧であろうと判断し、咄嗟に足元へと狙いを変える。
如何なる対応もさせまいと、今度は間合いの内へ素早く侵入。
ビュンと振った剣は足首目掛けて。
「!?」
完全に予想外。
機動力を奪おうと放った斬撃も初太刀同様、鈍い音で弾かれてしまう。
――あの長いブーツも特殊性か…!?
動揺している暇は無いと、間髪入れず斬りかかる。
「はぁ!」
先程斬ったマントの僅かな隙間からでは、鎧の形状は確認出来ない。
頭頂部・首元・肩先・腰回り・膝頭と、考えられる防具の隙間を全て斬り付ける。
しかし――
全て弾かれたばかりか、受けた斬撃の圧力によってフラつく動作も見せない。
驚きも戸惑いも無く、反撃の素振りすら見せず、またしても棒立ちのままピクリとも動かない相手。
『これは意外な展開!! 怒涛の連続攻撃を受けても、未だ身動き一つしないダン選手! まさか全身に鎧を着込んでいるのかぁーーー!!?』
特殊な全身鎧で完全防御という方法、ルール上は問題ないが余りにもふざけた話。
一旦間合いの外へ引いた私は、込み上げる苛立ちを脅し文句に変えて。
「まだ動かないというなら、次は顔面を突く! 死にたくなければ真面目に…」
そこで言葉を止め、思わず黙り込んでしまう。
相手を見据えていた自分の目を疑いつつも、改めて事実確認をする。
何箇所も裂けたマントの隙間から見えたモノ。 そして、斬った時の違和感から導き出した確かな結論。
――野獣の皮膚……奴は人間じゃない! 魔物!!
実況者も、観客も、おそらく自分以外は誰も気付いていない。
目の前に立つ私だからこそ気付いた事実。 当然、この事実を告げれば間違いなく試合は中止となるだろう。
だが、それで解決する問題ではない。
初めて見た二足歩行の魔物。 これが噂でのみ聞いた獣人という種族。
何の目的があって紛れ込んだのかは知らないが、ここで私が倒した上で告げればそれで済む話。
「状況が変わった。 お前を倒……いや、殺す。」
通じるのかも分からない言葉を吐き捨て、剣を両手持ちに変え全力の構えを取る。
未知の魔物に遭遇した時、まず冷静に相手の強さを推察した上で行動する事は必須。
だが、思わぬ場所で目的の一端に出会った今の私にとって、殺意以外の思考など邪魔者でしかなかった。