第30話 vs 剣士ボナード ~イメージより達成感~
「くれぐれも注意しろ、セフィ。」
「フッ……さっきの台詞をそのまま返そう。 私を誰だと思っている?」
「いや、そうじゃなくて相手を殺さないように注意しろって事。」
「……当たり前だ」
控室の隅、開会直後から一貫して壁にもたれ掛かっていたセフィが初めて部屋を出る。
いよいよ連れの出番という事で、ここにきて初めて他者の試合を見る事に興味が湧く。
よほど暇なのか、観戦スペースには試合待ちの戦士共が常に集まっており、その傍らでオレも静かに見届けようと思う。
『続きましてぇーーーAブロック1回戦の第22試合でぇーーーすっ!!』
―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
まだ序盤とはいえ叫ぶ観客も結構な体力を消耗している筈だが、会場のボルテージは高まる一方で。
アリィも何処かで叫んでいるのかと思うと、少々笑える。
現在の進行状況は、聞いての通りAブロックが22試合目を開始する。
Bブロックについては既に28試合目まで終わったらしく、時間調整の為か暫し休止中。
各ブロックの微妙なズレは、格闘組が長期戦になり難いという事に起因していると思われる。
『ジョセフィーン選手対ボナード選手の闘い!! さぁ両選手どうぞぉーーー!!!』
―――わああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
両者が登場した途端、何故か歓声の音量が最大級に。
その理由は、直後の実況内容から読み取れた。
『名前とその姿から既にお気付きでしょう!! 今大会、たった3名しか居ない女性出場者の内の1人!! キュートな女剣士さんの登場でぇーーーすっ!!!』
―――わああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
理由と共に、そこで明らかな違いにも気付く。
この22試合目に関してのみ、歓声の大半が男の声なのだ。
セフィの対戦相手は背丈も体格も並みの、太刀を腰に下げたコレといって特徴も無い男。
まぁそっちには誰も注目していないようだが。
『それではAブロック1回戦、第22試合!! 始めぇ!!!』
開始の合図と共に刀を抜いた男は速攻で駆け出し、何の躊躇いも無く斬りかかる。
相手が女であろうと、一切の迷いを見せないその精神はご立派。
それに対し、身動き一つしないセフィは未だ剣を抜かず、相手の斬撃を寸前でヒョイとかわす。
――もう見切ってる……勝負あったな。
休まず幾度も斬りかかる男に対し、受けるまでも無いといった感じに全てを紙一重で避けるセフィ。
普通の刀より長くて重く、扱いが難しいとされる太刀。 腕に見合わぬ武器に、男は逆に振り回されているように見受けられ。
そんな大振りの攻撃が、素早さ自慢のセフィに当たる訳も無く。
暫しの間、大した変化も無いまま展開される攻防。
いや攻防というより、華麗な回避術のお披露目式と言った方が正しい。
『すごぉーーーい!!! 見事な動き!! しかもジョセフィーン選手、まだ剣を抜かない!! 果たしてこの先の展開は一体どうなるのでしょう!!』
――どうなるのでしょうって、どんな実況だよ……
Bブロックの方が休止中とあって、実況者も他に言う事が見当たらない様子。
安心気分で眺めていると、そろそろ体力が尽きたのか男の動きが止まった。
一瞬で決める事も出来た試合をここまで長引かせたのは、どうやらセフィも待ち時間を暇だと感じていたらしい。
もう少し楽しめると思っていたのにガッカリさせられた、そんな風に見える。
草臥れ、息を切らした相手を見据え、ゆっくりと剣を抜いたセフィ。
どうやら太刀筋を見切っただけでなく、もう相手にも見切りを付けたらしい。
次の瞬間。
目にも止まらぬ速さで相手の背後に回ったセフィは、首と肩の境目辺りに鋭い斬撃をお見舞いした。
ここからでは見えないが、おそらく刃を逆に持ち替えた峰打ちだろう。
何が起きたのかも分からぬまま、後ろを振り返る間も無く地に伏した男。 その頃には既に剣を鞘に納めていたセフィ。
『こ、これは私も驚きましたぁーーーーー!! 電光石火の早業とは正にこの事!!』
実況者も度肝を抜かれ一瞬言葉を失う程、それは正に刹那の決着だった。
――うーん……あの速さには敵わないかも。
『ボナード選手の気絶を確認しました!! Aブロック1回戦、第22試合の勝者はジョセフィーン選手ぅーーーーー!!!』
―――わああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
倒すのも早ければ戻って来るのも非常に早く。
実況が彼女の勝利を告げた数秒後には、既に控室まで帰って来ていたセフィ。
「お疲れ! …って疲れてないか」
「武器だけは立派なのを使っていたが、持ち主に恵まれない刀に同情した。」
恐い物知らずのオレは、ちょっとしたノリで少しばかり茶化してみようかと思い。
「まぁ今のは相手が弱過ぎたが…お主も中々のパフォーマーよのぉ」
「な、何がだ」
「今のできっと、疾風迅雷の剣士ってイメージ持たれたぞ。 実に羨ましい」
「…どうでも良い」
そんなこんなで、難なく2回戦への進出を果たした。
出番を終えた1回戦の残り試合を待つという地獄の退屈さを、セフィとの 「剣・刀談議」 で有意義に過ごした。
そして2回戦――
ここからはそろそろ強いヤツが出て来るかもしれないと、他選手の試合観戦で出番までの時間を潰す。
Aブロック2回戦の第11試合にて――
巨漢に加えて巨大な斧使いと対戦したセフィは、パワー重視の為にスピードが殺された相手の技に呆れ果て、またしても圧倒的な強さを見せ付けての勝利。
Bブロック2回戦第9試合にて――
本格派の武闘家と対戦したオレは、その素早さと技のキレを認めて真面目に勝負した。
少しでも楽しもうと壮絶な拳の撃ち合いを展開した末に、飽きたオレは決め手の蹴りで瞬間的勝利を収めた。
――オレのイメージは完全に拳闘士か武闘家……悪ければ喧嘩屋として定着したかも……
こうしてスムーズに勝ち進み、2回戦終了時には人数も45名にまで絞られ、待ち時間も大幅に減ると期待した。
しかし、次なる3回戦では実に残念なお知らせを受ける事となった。
2回戦の各ブロックでシード権を得た1名づつが、3回戦の第1試合に回されての開始となったのだが、オレ達の出番が来るまでに規定の32名に達したらしく。
結果として、両者共に呆気無く決勝トーナメント進出を果たした。
決勝トーナメントでは武装派・格闘派は完全に混合され、32名で新たに組み合わせ抽選を行う事に。
つまり、この抽選結果次第ではセフィと早い段階で対戦する事になるかもしれない。
武術大会出場も然る事ながら、抽選クジ自体が人生での数少ない経験だったが、これ程までに緊張するクジ引きは貴重な経験と言えるかもしれない。
「おいセフィ、番号いくつだった!?」
「21だ」
「って事は、オレが30だから…」
対戦の組み合わせは至って単純に決まる。
クジで引いた番号順に、トーナメント表の左端から名前を書き込まれていく。
「うーん残念…番号近いから決勝前にぶつかっちまう」
「ふむ、互いに3回づつ勝てば準決勝で対戦だな」
「セフィとは、最高潮に盛り上がる決勝で戦りたかったなぁ」
言いつつ、自ずと緊張感を求める自分が不思議でならなかった。
いざセフィと対峙した時に、果たして剣を向ける事すら出来るのか未だに自信が無いからだ。
予想としては、準決勝までに両者が負けるとは考えられず、もはや雌雄を決するのも時間の問題。
ここで更なる胸騒ぎに襲われる。
ソレを単なる己の弱さと判断したオレは、心の中で一笑に付す。
しかし、まさかソレが2人の対峙とは全く別の事を暗示していたとは、この時のオレは夢にも思わなかった。