第22話 恐るべき初級魔法
厳つい体格とは裏腹に、気さくで穏やかな店主。 その妻であり従業員でもある心優しき女性。
そんな2人に、コーヒー代と感謝の言葉を残して酒場を後にしたオレ達は今、闘技場への道をまた引き返しており。
次なる目的地は、広場を挟んで闘技場の向かいに建つ時計塔。
店主から得た情報は実に興味深いモノだった――
「国内有数の大都市であるこの街に、あろうことか魔物の侵入を許してしまっている。 それが 『グレイブン』 と名付けられた鳥獣で、いわゆる大型カラスの大群が街の上を悠々と飛び回り、住民達にも少なからず危害を加えている。 首都や一部の町を除き、魔力を用いた対空障壁なんて物は存在しない。 空からの襲撃に対し、保安兵も、雇われ戦士達も手を焼いており、未だ手の打ちようが無く困り果てている。」
つまり、そのカラス共を駆除してくれって事だ。
ヤツらの溜まり場となっているのが、今オレ達が向かっている時計塔の展望テラスなんだとか。
街の中心部に建てられた1番高い建物だというのだから、鳥達が集まるのも納得出来る。
魔物退治といっても、正式な依頼ではないので報酬を貰う事は出来ないと思うが、それは別に構わない。
「カラス相手だと、アリィの魔法が頼りだな。」
「ふむ」
「え……そうなの!?」
ちょこちょこと先頭を歩くアリィがいきなり動揺し始めて。
「当たり前だろ、オレら剣士は近距離専門だし。」
「それに……足場の悪い場所での戦闘となれば、飛び道具も無い私らは援護のみだ。」
「わ、私だけが頼りってこと!? じゃあ……何であっさり引き受けちゃったのぉ!?」
そんな質問に対して剣士2人…顔を見合わせ互いに一言ずつ。
「時間潰し」
「魔物は全て滅する」
「………」
覚悟を決めたのかと思いきや、無言のまま歩行速度を緩めるアリィ。
徐々に後方へと下がり行く彼女の思考を読み取り、逃がすまいかとその腕をギュッと掴むと、そのまま目的地まで半ば強引に。
「オレ、さっきは気付かなかった……これ」
闘技場前広場に着くと、オレはもう1つの見事な建造物に目を奪われた。
栄えた都市を象徴するが如く優雅に、しかし堂々とそびえ立つ細長い時計塔。
高さの割に狭い横幅に加え、入口も意外に小さな扉で、前に立っている1人の男もまた小柄で。
「あー警備員さん? ここ入っていいのか?」
「保安兵です。 立ち入りはご自由ですが、展望階は危険ですのでご遠慮下さい。」
「いや、その展望階に用があるんだ。 カラス駆除に来たもんで。」
「おぉそうでしたか! 今は姿も鳴き声も確認出来ませんが、おそらく集まっていると思われます。 どうぞお気を付け下さい。」
身元確認も一切無く、3人揃って歓迎され、わざわざ中の造りまで親切丁寧に教えてくれて。
まさか保安兵が警護しているとは思わなかったが、やはり店主に聞いた通りだ。 来るモノ拒まずって感じの態度からは、保安兵達もかなり手を焼いている様子が窺える。
「見張りの為、展望テラスへの扉前には常時2名の保安兵が居ますので。」
そんな言葉で見送られ、上まで延々と続く螺旋階段を上って行く。
吹き抜けの空間だが両側の壁が近い為、カンカンと響く足音。 途中の会話は作戦会議的なモノ。
「どれだけ集まってるのか知らんが、大群らしいから覚悟しとけよアリィ。」
「私は魔法で撃ち落とせばいいの……?」
「あぁ、向かって来るヤツはオレらが全て斬り落とす。 だからお前は魔法に集中しろ。」
今回の主力はアリィの魔法。
だが、敵は今までと違って的が小さく、何より素早いと思われ。
「マクスベアーとは訳が違う。 あの時の魔法では辛いかもしれんぞ。」
「……うん」
流石、オレと同じ事を考えていたらしいジョセフィーンの鋭い指摘。
不安気に口を濁らすアリィだが、あえてオレは追求しない。 その魔道士としての才能をもう認めているから。
具体的な戦略を練る為には、まず現場の状況を把握する必要がある。 とにかく上へ。
展望階と言うから他にも色々あるのかと思ったら、階段の終わりが正にその目的地で。
途中1つだけ扉があったが、それはおそらく時計の真横に出る為のモノだろう。
「アレを退治しに来てくれたんですね!?」
「お~こりゃまた若い戦士さん達のご登場だ、期待してるよ!」
下で聞いた通り、扉の前には2人の若い保安兵が。
他の理由で訪れる者など居ないのだろう、既にオレ達の目的を理解しているようで。
「大きさと数はどれぐらいだ?」
「んー……羽を広げたら2メートル位ですかねぇ……数は……」
「テラスを埋め尽くすぐらい居るよ。 この鉄扉を開けたら速攻で襲って来る時もあるから注意しなよ。」
うん、サイズ的には確かに魔物だ。 ゴミ捨て場をウロウロしている様な普通のカラスとは完全に別物。
しかし要らん事を聞いてしまった、と少々後悔するオレ。 対峙する前からもう面倒な予感しかしない。
「じゃ、オレらは素早く出るから、あんたらは素早く扉を閉めてくれ。」
言って、背から剣を抜き取り、両側の仲間に向けて順に視線を送る。 2人とも心の準備はOKらしい。
――いざ出陣!!
ギィッ!!―――――ガシャンッ!!
3人で一斉に飛び出した展望テラス。
景色は最高だろうが、それを楽しむ暇はきっと無い。
踏み締めた地面、いや床。 その色はきっと灰色。 だが、見えた色は黒、黒、黒、黒、黒、黒……もう黒一色。
『ガァッ!! ガーッ!! ガァッ!! カァッ!! ガーッ!! カァッ!!』
バサササササ! バサバサ!! バササ! バサバササ!! バサバサバサバサッ!!!
もう何というか、余りの凄まじい光景に目玉が飛び出そうになった。
何十羽という大型カラス共が一斉に鳴き出すと同時に、その翼を激しく動かし大空に羽ばたく。
「くっ!」 ザシュッ! バシュッ!
呆気に取られている暇も無く、一直線に飛んで来た2羽のカラスを斬り付ける。
同じくジョセフィーンも、決して慌てる事なく既に何羽か斬り落としているが、1度は空に舞ったヤツらも次々と襲い掛かって来て。
更に相手も馬鹿ではないようで、突進が無謀だと判断した時点から、今度は緩急つけての攻撃に転ずる。
ともかく今は、2人でアリィの身を守る事に専念しなければ。
いわゆる究極の防戦――
激しく、素早く、騒がしく、一体どれ程の応戦が展開されたのか。
驚愕と興奮が等しく入り混じったこの戦場で、掛け声以外の会話など許されない。 つまり、戦略など練る余裕も無い。
四方八方に荒れ狂う漆黒の弾丸。
目まぐるしく舞い続ける大小2本の剣。
だが、そんな場において異質の空気を放つモノが只1つ。
「伏せて!!」
才能という名の集中力を以て、その掌に極限まで圧縮させた魔力のざわめき。
「初式風圧魔法!!!」
ビュオッ!!!!
正に一瞬。
放たれた風は見えない猛威となって、生存していたカラス共を全て吹き飛ばしてしまい。
残されたのは三名の人間、斬殺された十数羽の死体、それと……優美な装飾が施されている、意外と狭かった展望テラス。
「アリィ……なんだ……それ………」
「風の初級魔法! 吹き飛ばしただけじゃないよ! 多分みーんな落ちて死んでるよ!」
「……初級………にしても……威力が………ってか反則だろソレ……」
「風はね、火より難しいんだけど威力も凄いの。 まだ使えないけど、水と土はもっと凄いらしいよ!」
虚しさだろうか、安堵だろうか、何かよく分からない感情に支配された。
確かにアリィの魔法には期待していたが、しかし余りにも呆気ない幕切れ。
無言のまま呆然と立ち尽くすジョセフィーンも、オレと同じ様な気分を味わっているのだろうか。
以前、火と風の初級魔法しか使えないと言っていたが、もうそれだけで充分な気がする。
ふと空を見上げると、太陽はまだ真上にも到達しておらず。 つまり朝飯前ならぬ、昼飯前に終わらせてしまった訳で。
――どうしよう……他の時間潰し……見つけないと……
※読者様の視点で読み返してみると、文字サイズが小さい場合に「ウィンヴァス」と書いてあるのが「フィンブァス」に見えてます。
初式風圧魔法は「ウィンヴァス」ですので。