第21話 マッチョな店主
「よし、ジョセフィーンも出場しろ。」
大会事務所を出た直後、振り向いたオレが熱い視線を送り、突拍子も無く放った一言。
余りに突然の事で、呆然と立ち尽くすジョセフィーンは目を丸くしており。
「興味無い……それに、私まで出る必要があるのか?」
「んー別に報奨金にも討伐隊にも興味は無いんだが、手応えの無いヤツばっかじゃつまらんし。」
「………」
他に理由なんて無い、それは至って単純な要望。
その後、強引な口説き文句で責め続け、彼女に出場を決意させたのは僅か数分後。
幾ら強くても女の子には危険……とか言ってアリィは全面的に反対していたが、まぁそこら辺の主導権はオレが握っており。
受付窓口へ引き返し、ジョセフィーンの登録署名を済ませて。
「これで参加決定っと、アリィは当日の応援よろしく。」
「分かったぁ……けど、ジョセは絶対に無理しちゃダメだかんね~!」
「フッ、案ずるな……腑抜け戦士共に恥をかかせてやる。 レグザ、お前と当たっても容赦せんぞ。」
「当たり前だ」
最初は渋っていた割に、結構乗り気なジョセフィーン。
ともあれ、楽しみがまた1つ増えたところで、大会当日までの時間を埋める必要があり。
今後3日間のプランを立てる為、次に向かったのは酒場。 場所はもう案内板で確認済み…フフフ。
情報収集を目的として訪れた酒場だが、朝から開いてる店など滅多に存在しない訳で。
仮に営業中だとしても、人と情報が集まるのは夜だという事ぐらい充分に承知している。
だが、今それをアリィに言ってしまうと、日が暮れるまで買い物に付き合わされそうで………絶対ヤダ。
「酒場って大きいんだね~! でもレグザ、これ昼間は閉まってるんじゃない?」
オレが言うまでも無く、痛い所を突かれてしまう。
この町の酒場は意外にも人通りの多い場所に存在しており、昼間でも店の前で突っ立っていれば通行人にぶつかる程。
「いや、ほら……店主に話でも聞こうかと……」
「酒場の事はよく知らんが、夜間営業なら店主もまだ居ないんじゃないのか?」
「う……」
ジョセフィーンにまで鋭い指摘を受けてしまい、困ったオレはとりあえず周りをキョロキョロ。
別に何かを探している訳じゃないのだが、あえて言うなら救いを求める感じ。
その時―――店の脇、従業員の通用口と思われるドアが開き、誰かが出て来るのを発見。
「お……店主かも」
2人を待たせておき、ゴミ捨ての為に出現したらしい、その女性の元に歩み寄る。
「すまん、ちょっと聞きたいんだが。」
「あら、おはようございます。 何でしょう?」
「あ、どうも……おはようございます」
初対面のオレに対し深々とお辞儀するお姉さん。
余りの礼儀正しさに思わず同じ対応で返してしまい、何となく気まずい会話が始まって。
「えー……酒場の人と見受けたが、やはり営業は夕方からだろうか?」
「お客様ですね。 普段はそうですが、主人が中に居りますので確認してみますね。」
「あ、え……」
「初めてお会いしますし、旅の方でしょう? そうゆう方には特別に早く開ける事もあるんです。」
言ってバタンとドアを閉め、確認しに行ってくれたお姉さんを待つ事に。
何だか悪い気もするが、どうやら彼女のご亭主は同時に店主でもあり、営業時間外の来客にも寛大な人らしい。
アリィとジョセフィーンは何やら雑談中。 そんな2人を眺めている内に程無くドアが開き、中からお姉さんが再登場。
「お待たせしました。 主人の了解を得ましたので、どうぞ表に回って下さい。」
「あ、そりゃどうも……」
本当に感じの良い人だなと思いつつ、待たせておいた2人に事情を話して店内へ。
思えば昼間に入るのはこれが初めてだが、1人も客が居ないガランとした酒場も悪くない。 貸し切りみたいで。
「いらっしゃい、両手に花の色男とは聞いてなかったねぇ。」
穏やかに、しかし皮肉混じりに出迎えてくれたのは見上げる程の大男。
衣服が張り裂けんばかりの大胸筋に、半袖シャツの袖部分が可哀相に思える程の上腕二頭筋。 その見事な体格を見たオレは、彼が元レスラーか何かだろうと一目で判断する。
「兄ちゃん、朝っぱらから飲む気かい? 後ろの嬢ちゃん達に酒は出せそうにないが……」
「いや、飲みに来た訳じゃないんだ。 この辺の事は全く知らないんで、何か情報を貰えないかと。」
「あぁ成程。 まぁ座りなよ、コーヒーでも出そう。」
案内されるままに、カウンター席に3人並んで腰掛けて。
アリィは左。 ジョセフィーンは右。 2人に挟まれたオレは、文字通り 「両手に花」 状態。
「君ら、あの大会に出場する為に立ち寄った冒険者ってトコだろ?」
手早く煎れた3つのコーヒーを差し出しつつ、自信満々に店主が問う。
「冒険……いや確かに出場は決めたんだが、立ち寄ったのが偶然にも受付の締め切り日だったもんで。」
「ふむ、そりゃ何かの縁かもな。 出るからには頑張ってくれ、怪我しない様にな。」
「それより聞きたいんだが、ここら辺で魔物退治の仕事とか無いかな?」
「んー魔物かぁ………無い事もないんだが………」
口を濁らす店主。 どうやら何かあるようだ。
「教えてくれよ、大会までの時間潰しに丁度いいんだ。」
「成程、だけど時間潰しに軽くこなせる程、楽な仕事じゃないと思うぞ? 危険もデカい。」
「早く教えろ」
店主の興味深い発言に対し、透かさず食い付いて来たのはジョセフィーン。
魔物に関連した話となると目の色を変える彼女だが、危険だと言われてオレも目の色が変わってるかも。
「嬢ちゃん、やる気満々だなぁ………腕に自信ありってとこか」
「どんな魔物だ? 何処に出る? 依頼者はお前か?」
「まぁ慌てるな、そんなに聞きたいなら教えてやる。 とりあえず美味いコーヒーは冷めないうちに飲め、こりゃ鉄則だ。」
言われて、右2人がまだコーヒーに手を付けていなかった事に気付く。
一方のアリィは、ミルク感たっぷりのコーヒーを美味そうに飲んでいて……きっと砂糖もたっぷりなんだろう。
完全ブラック派のオレからすれば、左側の光景は余りにも邪道だと思うのだが。
まぁ人は人、我は我と、カップを持ち上げ口を付けようとしたその瞬間、右側でも何やら不穏な動きが。
それは角砂糖を幾つも放り込み、ミルクをたっぷり入れて混ぜているもう1人の邪道な人間の姿。
――お前もかよ!!
…とは言えず、両サイド交互に視線を泳がせ、静かにブラックコーヒーを味わうオレであった。