第14話 償い
「ジョセさん見て! あの服スッゴイ可愛いよ!」
「……だからその呼び方をやめろと」
海上ルートを通じて他国との交易が盛んなジステア。 成長を続けるこの町には自然と人も集まる。
そんな町の中にも、常に人で賑わうエリアが4つある。 市場・露店街・飲食街、そして今私達が来ているショップ街。
ここには各種専門店がズラリと軒を列ねる。 朝でも人の往来は盛んだ。
「じゃあ何て呼べばいいの?」
「とりあえず 『さん』 を付けるな、気味が悪い。 後は任せる」
「んーーーじゃあ 『お姉ちゃん』 っていうのは?」
「……却下」
私を仲間に加えるなり突然、朝食の美味い店を教えてくれと言ってきた大剣男。
3人で朝食を済ませた後、妙に懐いてきた魔道士少女が買い物に行きたいと言い出した。 しかも、この私と2人で。
早く旅に出たい私は当然の如く拒否したが、決して引き下がらない魔道士。
更に 「まぁ急ぐ旅でもないし、行って来いよ。」 と言った大剣男の後押しで現在に至る。
2人の旅に同行する事を安易に決めてしまった私の判断は迂闊だったろうか。
まったく、のんびりした連中だ。
「あのお店って何だろ!?」
「あそこは宝石店だ」
「へ~! ちょっと見に行ってみよっかな~!」
「やめておけ……欲しくなるぞ」
魔道士は大剣男から金を貰っていたようだが、あんな気軽に渡して大丈夫なのだろうか。
まだ子供で世間知らずな上に、どう見ても無駄遣いしそうなタイプ。
――ちょっと待て……もしかすると、私はこの娘の世話係を押し付けられたのでは。
「じゃあ何か服を買おうよ! ジョセはスタイル良いから何でも似合いそ~!」
「……私は今付けているこの防具だけでいい」
結局、省略されてしまった私の呼び名。 まぁ名付けた親まで 「ジョセ」 と呼ぶくらいだから仕方ない。
相変わらずこの魔道士とは性格的に波長が合わないが、仲間になったからには慣らしておかねば後々自分が疲れる。
とりあえず、せっかく買い物に来た事だし何か必要な物があれば買っておこうかと。
「うわ~! あの飾ってあるドレス素敵~!!」
「お、この脚装具は良い素材を使ってるな。」
店に入る訳でも無くブラブラと歩き、陳列窓のガラス越しに商品を見て回る。
魔道士と一緒に来たところで見る物が全く違う。 趣味が合わないというか、何かが根本的に違うような。
それにしても、大剣男は今頃1人で何をしているだろうか。 露店の方で保存食を買うと言っていたが。
この分だと出発は明日になるかもしれない。 出端を挫かれたとは正にこの事。
「ねぇジョセ! あの服屋さん入ってみよ!?」
「……1人で見て来い、私はこっちの防具屋を見ておく。」
「え~!! じゃあこの辺に居てね! ちょっと行って来るから!」
「あぁ」
人を掻き分け、魔道士が小走りで向かう先は、通りの反対側にあるドレス専門ショップ。
見るのは勝手だが、旅の準備資金として貰った金をあんな悪趣味なドレスに使うつもりだろうか。
舞踏会かパーティーに行く訳じゃあるまいし、もし買って来たら即座に返品させてやる。
やっと静かになったところで、私は気になっていた防具屋を覗いてみる。
戦闘用衣服から重装備まで、幅広く取り揃えられた店内で私が見るのは装具コーナー。
今付けている肘装具が少し古くなっている。 手頃なのがあれば買っておこう。
私の買い物は見た目や値段よりも素材重視。 丈夫で長く使える物ならそれが1番。
「おい店主!」
「へいへい」
「この肘装具は魔物の素材を使っているのか?」
「甲獣のメガロトードって奴がおるでっしゃろ? あれから採った甲羅素材で、とにかく丈夫でっせ。」
「あのカメか……確かに丈夫そうだ、よし貰おう。」
「まいど!」
普段から買い物など滅多に来ない為、こんな良素材の品が格安で販売されているとは知らなんだ。
支払いと装備を済ませると、魔道士の事が気になった私は外へ出る。
賑わう街並み。 行き交う人々。 その中で、立ち止まっている10名程の人だかりを発見。
何事かと思いその場所へ歩み寄る。
「あ、ジョセ!」
「お前か、どうした?」
人に囲まれ、地面に座り込んでいたのは連れの魔道士。
状況から考えて周りの人間に何かされたのかと思ったが、どうやら只の野次馬連中だと理解。
「お金が入った巾着を盗まれたの! ジョセの所に戻る途中、いきなり人がぶつかって来て……」
「スリか! どっちへ逃げた!?」
「あっち……」
「私が追う! お前はレグザと合流しておけ! 露店街の何処かに居る筈だ!」
まさか自分の連れがスリ被害に遭うとは。
確かに、この町には小さな盗賊団が住み着いている。 奴らは人通りの多い場所なら昼夜関係無しに行動する。
それを知っていた癖に、僅かな時間とはいえ魔道士を1人で行動させた私にも責任がある。
どうせ見ていないだろうと思い、あえて犯人の特徴などは聞いていない。 人で溢れる通りをひた走り、目立たぬ服装で逃げているであろう盗賊を探す。
足の速さと身軽さには自信がある。 視界にさえ捉えれば決して逃がす事はない。
「……!」
各エリアを繋ぐ中央広場付近で、犯人と思しき人物を発見。
確証は持てないが、後ろ姿を見る限り一般市民の服装ではなく、その手には巾着袋を握っている。
追われていると気付いていないのか、相手が足運びを緩めている今が好機。
「おい貴様! その袋は盗んだ物か!?」
「!!」
振り返った若い男は、接近する私に答える事なくその足を速めた。 奴が犯人で間違いない。
必死になって逃げ出す男に対し、全力疾走で追う私。
やはり腐っても盗賊。 逃げ足はそれなりに速いが、相手が私だったのは運が悪い。
もはや追い付くのは時間の問題という距離まで迫って。
ドッ! ズザザザァッ!
逃げる相手の背中にヒットした私の飛び蹴り。
転ばせたところで掴み取った片腕を反り返し、背中に膝を当て地面に押さえ込む。
「痛ててててっ! 腕っ! 腕折れるっ!!」
「観念しろ!」
うつ伏せに倒して腕を反り、背中に全体重をかける。 この型に持ち込めば、如何に大男でも身動きは取れない。
透かさず巾着を捥ぎ取ると、反った腕への力を少しだけ緩める。
「貴様、盗賊団の一味か? それとも単独か?」
「くっ……そぉ……!」
「答えぬなら、まずこの腕を折らせてもらうが?」
「ちょ、ちょい待ち! 言うって! 言うから!!」
得意の脅しで、捕らえた男の素姓を聞き出す。
結果、この男が盗賊団の下っ端だと判明。 そこで私は2つの選択肢に迫られた。
このまま保安所へ引き渡すべきか、いっそアジトの場所も聞き出して盗賊団を滅ぼすべきか。
自分が傭兵団を結成した頃から盗賊団の悪評は町に轟いていた。 そして、今もそれは変わらない。
つまり、奴らのアジトは未だ誰にも暴かれていないという事。 ここで引き渡して保安兵に任せてもいいが、奴らは少々頼り無い。
ならば、拙い傭兵団でこの町に迷惑をかけていた私こそが動くべきではなかろうか。
町への償いの意味を込めて。
「噂では小規模な集団らしいが、アジトは何処だ?」
「なっ、誰が教えるか……っ痛ててててっ!!!」
「素直に案内するか、腕をへし折られるか、どっちがお望みだ?」
手早く済ませたい私が言い放った決め手の質問に対し、迷う事なく前者を選んだ盗賊。
肝の据わっていない男など、この世で私が2番目に嫌うモノ。 因みに最も嫌うモノは魔物だと断言しておく。
こうして、私は全くの独断で盗賊団壊滅を実行する事に。
大剣男と魔道士に知らせるのも面倒だし、まぁ事後報告で構わんだろう。
というか、行く前になど知らせたら同行したがるに決まっている。 1人で充分だし、これは私の償い。
こんな機会が出来たのは、「きちんと償ってから町を出ろ」 という神のお告げかもしれん。
別に普段から信心深い訳じゃないが、何となくそう感じたから素直に従っておく。