離婚前提の契約結婚?男側はよくても女側は傷物扱いになるんですが?
リリアージュ・ジョナタン。男爵家の長女である彼女は今日、イニャス・エルヴェ公爵に嫁ぎリリアージュ・エルヴェとなる。
「幸せになるのよ、リリアージュ」
「お母様、ありがとう。大丈夫。〝絶対〟幸せになるわ」
リリアージュはそう言いながら、結婚相手であるイニャスに対して復讐心を燃やしていた。
イニャスとの出会いは、イニャスからの婚約の申し込みであった。イケメンで文武両道、公爵位を継いでおきながら独身のイニャスは当然ご令嬢方から人気である。そんな相手からの突然の婚約の申し込み。しかもリリアージュは借金まみれの男爵家の長女。当然みんな驚いたが、とりあえず向こうの希望通り会ってみることにした。
「お初にお目にかかる。イニャス・エルヴェだ」
「お初にお目にかかります、リリアージュ・ジョナタンです」
「早速だが、結婚の条件について二人きりで話し合いたい。いいだろうか?」
「は、はい!」
侍女を下がらせ二人きりになると、イニャスは言い放つ。
「今回の結婚は他でもない、離婚前提の契約結婚だ」
「…は?」
「君の実家は魔獣のスタンピードで、復興のため借金まみれになっただろう。その借金を全て肩代わりする。その代わり、離婚前提の花嫁になって欲しい」
「馬鹿にしてらっしゃいますか?」
「そうではない。お互いに利のある話のはずだ」
イニャスの話を要約すると、こうだ。領民達の生活を守るため、借金まみれになったジョナタン男爵家。その借金を結納金として全額肩代わりして一括で返してくれる。頼れる兄や姉はおらず、下に年の離れた弟三人と妹四人がいるリリアージュにとって、確かに素晴らしい条件である。離婚前提でなければ。
「離婚となれば、私は傷物扱いになるのですがそれは?」
「実家の助けになれるのだ。そのくらい我慢出来るだろう」
なるほど、この男はよほど傲慢らしい。ムカつくリリアージュ。
「理由はお聞かせ願えますか?」
「私は女嫌いなのだ。跡取りも親戚の家から優秀な子を貰い受けようと考えている。しかし隠居したはずの両親が結婚しろとうるさい。だから、仕方なく君を頼ることにした」
「迷惑です」
リリアージュはこの男の顔を見るだけでイラッとする程嫌いになってしまった。だが、彼は言う。
「結婚生活中はお小遣いとしてこれだけの金は出す。返済ももちろん不要だ。良い条件だろう?」
提示されたその金額は、なんとスタンピードで領内を破壊される前のジョナタン男爵家の年収と同等だった。さすが公爵家である。桁が違う。
「…」
リリアージュは考える。ここで断ればジョナタン男爵家にとっては痛手だ。傷物扱いされるのは絶対嫌だが…このお小遣いを使って投資で稼ぎ、裁判費用を稼いで白い結婚を証明すればこの傲慢な男への復讐になるのでは?少し、痛い目を見れば良いのだ。
「わかりました」
「そうか。では婚約成立ということで」
「ええ」
こうしてリリアージュはイニャスに嫁ぐことになった。
初夜。リリアージュは一人で寝室で寝た。次の朝、血で汚れていない真っ白なシーツを見て片付けに来た使用人が微かに笑ったのに気付いたリリアージュ。屈辱に拳を握るが、今だけの辛抱だとぐっと我慢する。
その日の昼に、イニャスから早速与えられたお小遣いを全額鉄道事業の投資にあてた。
使用人達からは陰で名ばかりの公爵夫人と馬鹿にされ、日に日にストレスを溜めていくリリアージュ。イニャスはリリアージュをかえりみることはない。孤独に苛まれないよう、孤児院への慰問を積極的に行う。お小遣いは全額投資にあててしまったので、せめて孤児院の仕事を手伝おうと炊事洗濯掃除をシスター達と共に行う。
「お姉ちゃん、遊んでー!」
「良いですよー。その代わり、洗濯物干しを手伝ってくれますか?」
「いいよー!」
その姿に孤児院のシスターや神父は感動し、子供達はリリアージュに懐いた。リリアージュは孤児院の人気者になった。しかしその姿すら、使用人達は馬鹿にする。男爵家の娘は、ちょこまかと働かないと気が済まない貧乏性らしいと。リリアージュは益々イニャスへの怒りを増幅させた。
「投資した分が帰ってきたら今まで貰ったお金を全額返した上で、裁判にかけてやる!」
そして、リリアージュの投資していた鉄道が完成した。予想外に儲かり、投資した何倍ものお金がリリアージュに入ってきた。リリアージュはそのお金で、イニャスに肩代わりしてもらった借金分を利子付きで、イニャスからもらったお小遣いも利子付きで返した。今までかかった生活費も利子付きで返す。しかしイニャスは〝そうか、ご苦労〟の一言だけ。この反応を見てリリアージュは残ったお金で裁判をすることを決意。
「女を馬鹿にした報いを受けて貰うわよ!公爵様!」
リリアージュは何も言わずに〝証拠〟だけを持ってジョナタン男爵家に帰り、証拠を両親に見せる。両親はリリアージュの味方をしてくれた。
「ごめんね、リリアージュ。家の為にこんな我慢を強いていたなんて…」
「いいの、お母様。…お父様、泣かないで」
「リリアージュ…お父様はリリアージュの味方だからな…!」
「うん、わかってるよ」
裁判を開くと、リリアージュは証拠を出した。それは、初顔合わせの日。イニャスがリリアージュに屈辱的な契約結婚を、リリアージュの実家の困窮を盾に迫って来た時の録音だった。それだけではない。エルヴェ公爵家の使用人達が言っていた、リリアージュへの陰口の録音。それも証拠として提出。さらに、医者に行って貰ってきた〝処女である証明書〟も出して白い結婚を主張。
結果、リリアージュは勝訴。白い結婚は認められた。そして、イニャスがリリアージュの尊厳を踏みにじったとして慰謝料の支払いも確定。イニャスは醜聞を晒され、今までの人気が嘘のように貴族社会で爪弾きにされた。
「公爵様があそこまで女性を馬鹿にするような方だとは思いませんでしたわ」
「最低ですわよね」
「女王陛下からも時代錯誤の男尊女卑思考だと睨まれているそうですわね」
「女王陛下がジョナタン男爵家を擁護なさった時点で負け確定ですわね。リリアージュ様も上手くやりましたわね」
「案外強かな方なのね」
ただまあ、当然のようにリリアージュも白い結婚を陰では馬鹿にされる。それと、イニャスに実家を救われたのに恩知らずではと言われ新たな婚約はなかなか持ち上がらなかった。
リリアージュとしては、肩代わりしてもらった借金分を利子付きで返したし、貰ったお小遣い分も利子付きで返したし、生活費も利子付きで返したのに恩知らずも何もないだろうと思ったが、まあその後慰謝料を支払わせたので言われても仕方ないかと自分を納得させる。
「リリアージュ、今日のおやつはフルーツサンドよ」
「お母様ありがとう!みんな、手を洗って食べに行くよ!」
「うん、お姉様!」
しかしジョナタン男爵家は借金がなくなって、リリアージュのもらった慰謝料でお財布が潤い、魔獣のスタンピードの被害からも復興したためいくらリリアージュが実家にいてくれても困らない。可愛い愛娘がそばに居てくれるのはむしろ嬉しいと、リリアージュを抱きしめる両親。お姉様お姉様と懐いてくる幼い弟妹達。
リリアージュは、白い結婚を主張して実家に帰って来たことで確かに幸せを勝ち取った。