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3-2 火口から来た男

「よろしくお願いします」


 居酒屋に揃った村人が、俺達に頭を下げた。


 居酒屋のテーブルをいくつも寄せ、会議室の大テーブルのようにしてある。農夫や猟師が十人程度、集まっていた。女もふたりほどいる。この村の主要なメンバーということだろう。


 全員粗末な身なりだが服の破れなどはきちんと繕ってあるし、荒れた印象はない。農夫や猟師だけに、腕っぷしは太い。不作が続いているにせよ、諦め切った負け犬の目でもない。いかにも働き者の村といった印象だ。


「マルグレーテお嬢様が直々に聞き取りして下さるなど、有り難いこって」

「なんせコルンバ様は……」


 言いかけた男は、ハンスさんに睨まれて口をつぐんだ。


「……お忙しいお方なので」

「今年の村の作柄はどう?」

「へい。それですが――」


 マルグレーテが口火を切ると皆、我勝ちに、堰を切ったように話し始めた。


 話はこうだった。この村は本来、エリク家をもっとも支えていた。豊かな土地の畑と動物が捕れる山裾の林を持っていたから。しかしここのところ収穫が衰えて困っている。牧草地も乾燥気味になって家畜が痩せてしまい、すきを引かせて畑を耕させるのにも困る始末。山の獣も減ってしまって、貴重なタンパク源にも事欠く有様だという。


「小麦の収穫も酷いものですが、今年はさらに去年より落ちていやして」

「このままでは夏、そして冬を乗り切れるか危ないので、枯れた牧草地に救荒作物を植えております」


 村人の訴えを聞いて、ハンスさんは溜息をついた。


「わしもこの村に生まれて五十年。ここ十数年の衰えは酷いもので。……親父も生まれてこの方、体験したことがないと言っております」

「心当たりはありますか」


 俺が尋ねると皆、顔を見合わせて唸った。


「連作障害じゃないかと」

「馬鹿言うな。そんなの、はるか昔から対策しておるが」

「わしが思うにのう――」

「それは違う」


 口々にああでもないこうでもないと言い募る。出た意見だと、連作障害、土地の痩せ、冷夏、塩害、それに呪い。まあ思いつくあらゆる理由ってところだ。


 だが症状には、おおむね違いはない。まとめると、水の質が悪くなり、夏に奇妙な曇り空が増えたという。


「風が変わったからじゃないかな。私の村もそうだったよ」


 ランが口を挟んだ。


「ずっと昔、国の大事業で西の山筋を工事で崩したんだって。そしたら風向きや強さが変わって、不作の年が続いたんだよ。村のおじいさんが言ってた。ねっモーブ」

「そうだな、ラン」


 そうは返したが、中身社畜の俺は知らん。だが多分モーブなら知ってるんだろう。


「ランさんとモーブ殿は、辺境村のご出身でしたな。そのときはどのように対処されたので」

「作物を変えたんだって。小川の水を引いて水源を増やし、水がたくさんいるけど冷たい風に強い作物にしたんだよ」

「なるほど……」


 ハンスさんは頷いた。


「さすが村育ち。参考になりますな。ただ……」


 苦しそうに唸った。


「今回はどうも違うようです。……皆、農夫として経験を積んでおりますので」

「そうじゃそうじゃ」

「どうしたもんかのう……」

「もう神におすがりするしか」


 重苦しい空気が、大テーブルを包んだ。


「ランさんの言葉で思い出したんですが……」


 家業で牧畜をしているという若い女性が、ふと呟いた。


「風と言えば、雲の湧き方がちょっと気になります。あたしが子供の頃と違ってて」

「どういうことですか」

「放牧していると、暇な時間がけっこうあるんです。山裾で、牛に自由に草を食べさせているときとか。そういうとき、空を見て想像するんですよ。あの雲はおいしいパンの形、この雲はかわいいリスさん……とか」

「なるほど」


 かわいい。


「普通は西から東に流れるんです、雲は。ところが最近、奇妙な雲が湧くことが増えて」

「どう奇妙なんですか」

「古井戸の上に湧くんです」

「古井戸?」

「ああそれは、火山跡のことです」


 誰かが説明してくれた。放牧地のずっと先に、なだらかな山がある。その火口のことを、古井戸と呼んでいるらしい。ぽっかり地中に穴が広がっているからだと。もちろん大昔の火山で、今はもう一切活動していない。


「山の上に雲が湧くことはよくあるよ。ねっモーブ」

「そうだな、ラン」


 これなら、中身社畜の俺でもわかる。たっぷり水分を含んだ風が山肌に当たって急上昇するときに、中身の水分が凝固して雲になり、雨や雪にもなる。冬の日本海側で大雪が降る原理と同じだわ。


「でもあの雲、なんとなく変なんです」


 牧畜娘が続ける。


「色がちょっと黒っぽくて、煙っぽいというか。……それにその雲から降る雨は、なんとなく生臭い」

「それ、雲じゃなくて、誰かがクサヤでも焼いた煙でしょ」

「クサヤ……」

「すみません、冗談です」


 いらんこと言った。そらこの世界でクサヤなんて誰も知らんわ。海辺の村ならもしかしたらかもだけど、エリク家領地は内陸地だ。


「火山と言えば……」


 木こりのじいさんが、太ったおっさんを見つめた。


「なあアヒム。ここの部屋に泊まった食い逃げ野郎、いたじゃろう」

「ああ。つい最近のことだ。忘れるわけはない」


 居酒屋主人のアヒムが頷いた。


「流れ者なのに前金取らなかった俺も悪いんだけどさ、人の良さそうな男だったから、つい……」


 どうやら最近、居酒屋二階の簡易宿に、流れ者が投宿したらしい。言ってみれば民宿みたいなももんだろう。こんな場所にちゃんとした宿作っても、泊まりに来るのは流れの行商人くらいで商売にならないだろうからな。


 そいつは宿の飯も食わず、エリク家の食客について聞き回っていたとか。で、翌朝、宿代を踏み倒して消えた。


「具体的には、なにを調べてたんだ」

「いえモーブさん。人数とか、姿かたち、それになにか特別な力があるかどうかとか。そんなのこっちは知りゃしないんで、適当にあしらったんで」

「まったくじゃ。わしらが伝え聞いていたのは、お嬢様の学友が遊びに来ているということくらいじゃからのう」

「その男がな、もう部屋も汚し放題で」


 思い出して怒りがこみ上げたのか、アヒムさんが顔を歪めた。


「ベッドなんか砂まみれだった。砂浴びするとかあいつ、小鳥かよ」

「それでのう……」


 木こりのじいさんが続けた。


「あの流れ者が現れたのが、その火口跡のほうなんじゃ。林の端で木を切り倒しながら、わしは見ていたでのう……」


 じいさんは奇妙に思った。なぜなら火口の近くは、過去の噴火で放出された巨岩がごろごろしている。歩きにくいし、どこかに通じている方角ではない。それに食べられる植物も牧畜できる草もないから、用がない限り、村人も近づかない。だからそもそも道がない。


「あんな方角から現れたこと自体がおかしいんじゃ。今にして思えば、手配を受けている無法者かもしれん」

「無法者か……」

「なんかおかしいよね、モーブ。私達のこと訊いてたなんて」

「そうだな、ラン」


 俺は考えた。エリク家の食客、それはもちろん俺とランだ。人数やなんやかやまで調べてたってことは、詳しくはなにも知らないと言っていい。なら、なぜ気にするのか。俺達が来たのは、エリク家領地を調べるため。調べられて不都合な存在があるとしたら、それは……。


「とりあえず、明日はその火口跡ってのに行ってみるか」

「いいわね」


 マルグレーテも同意した。


「そうしましょう」

「お嬢様」


 アヒムさんが、楽しそうに笑った。


「汚いところで恐縮ですが、お嬢様方の宿は、この上に用意してありやす。泊まっていただければ、家内も喜びます。お嬢様に自慢の料理を振る舞うと、先程から腕まくりして厨房で控えておりやす」

「ありがとう、アヒムさん」


 マルグレーテは微笑んだ。


「助かります」




●次話、「恋愛フラグ管理」。作者妄想中。

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