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2-6 コルンバ「即逃げモンスター説」

「気持ち良かったねー、泉」


 いなづま丸の鞍上で揺られながら、ランは体を伸ばした。


「……ふう」

「そうだな、ラン」



 ぬめって臭い触手とあれこれあって、気持ち悪かったからな。どうせ今日の業務は終わりだってんで泉で三人、体を清めた。なんせ学園寮の風呂場と違って、五月の真っ昼間だ。お互いの体、これ以上ないほどの丸見えだが、もう誰も気にしていない。


 俺は恋愛フラグ的に満足だ。ふたりの体をまぶたに焼き付けたし、水浴上がりに、ちょっとだけ木陰でいちゃついた。キスして体を軽く触るくらいだから、R15どころかR12といったところだが。


「いろんな意味で気持ち良かったわ」

「いやあね、モーブ」


 マルグレーテの頬が赤くなった。先程の行為を思い出したのかもしれない。


 俺が胸の先を優しく撫で始めてもマルグレーテ、嫌がったり逃げたりはしなかったからな。「水浴もお風呂だから、これは洗ってもらってるだけ」という解釈で、「お父様の言いつけ」をギリ守っているつもりなのかも。胸を触っている間、俺にしがみつくようにしてキスをねだるから、俺としてはすでに「お父様の言いつけライン」はかなり動いてしまってると思うけどな。


「でもまあ気持ち……良かったのは確かね。また今度あの泉で……あ、遊びましょう」

「そうだな」


 許可が出たわ。


 なんとなれば、あと一歩踏み込めるだろ。泉のほとりで硬くなってる俺を触ってあれこれしてもらったら、これもう確実にR15だろ。そのフラグが立っているのか、近々確認してみないとな。


 俺が硬くなっていても、純朴なランは、その意味がわからないようだ。だがマルグレーテは違う。恥ずかしそうに瞳を逸らす仕草からして、これがなにをする器官か、確実に理解しているはず。それでいてまた泉で遊ぼうってことは、割とイケる気がするんだよな。


「……こらこらダメだぞ、マルグレーテ。そんなとこ吸っちゃあ」

「なに? モーブ」

「い……いや、なんでもない」


 妄想に耽ってて恥かいた。ガチ恥。


 頭を振って脳裏の映像を振り払うと、もう屋敷が見えてきた。


「おう。居候が戻ったか」


 コルンバが屋敷の門前でふんぞり返っていた。上機嫌だ。


 珍しいな。だいたいこいつどこかに引っ込んでて、突然飛び出してきては謎マウントを取って逃げるように消えていくんだが。朝もそうだったしな。


「お兄様、モーブもランちゃんも、わたくしの友達。エリク家を助けて下さる食客しょっかくです。居候などと……」


 スレイプニールから降りると、マルグレーテが腰に腕を当てた。


「現に今日も、神狐しんこの森で、エリク家にあだなすモンスターを退治して下さいました」


 脇に立つ俺の腕を、そっと抱く。


「頼りになるお方ですよ」

「なに、ゴミのようなエリク家など、この俺様が救ってやるわ。偉大な俺様の前に近々、お前達はひれ伏すことになるであろう。予言してやる」


 唇を曲げてみせた。笑っているつもりらしい。


「妹の分際で、余計なことを考えるな。お前はただ嫁入り修行だけしておけ。どうせ近々、嫁に出すのだからな」

「家族を馬鹿にするのも、そのくらいにしろ、コルンバ」


 睨んでやると、途端に両腕を前に突き出した。


「い、いや。俺はただ妹のためを思って」


 手を振り回している。


「それに居候がこの家に口出すんじゃない、モーブ。お前はこれまで通り、ただただ俺様に貢物をしていればいいのだ」ピューッ!


 脱兎のごとく消える。


 またかよ。マウント取って反論前に逃走とか、謎のAGI全振りで笑うわ。こいつ実は違うゲーム世界から出張してきた「即逃げモンスター」とかじゃないんか。もらえる経験値ゼロかそこらだろうから、倒す価値すらないが……。


「なんだよあいつ。妙にご機嫌だったが……」

「お兄様は気分屋なの。気にしないでモーブ」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「昔からムカデ踏んだで癇癪起こしたり、飴玉もらったで有頂天になったりとか」


 はあ……。それただのガキじゃん。その感覚のまま二十歳かそこらになってるってのか。珍しいパターンだな。普通そういうの、両親やジジババに甘やかされつくした一人っ子とかなんだけどな。かわいい妹を守る立場の長男がなるってのは、あんまり聞いたことないわ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 ブローニッドさんが、母屋から出てきた。


「それにモーブ様、ラン様」

「俺やランは、呼び捨てでいいですよ」

「いえそんな。エリク家を救って下さる皆様ですもの」


 頭を下げた。


「もったいないことでございます」

「あら、皆さんお戻りなの、ブローニッド」


 母親のマレードさんも、続いて出てきた。


「泉のほうは、どうでした」

「ええ、お母様。地下に一体モンスターが巣食っていたので、退治して参りました」


 厳密に言うと、退散させただけだけどな。でもまあ母親を安心させようという心配りは、よくわかる。


「まあ恐ろしい……」


 驚いたように目を見開き、口に手を当てた。


「大丈夫だったの、マルグレーテ」

「ええ」


 マルグレーテは笑いかけた。


「わたくしも、ヘクトールを卒業した冒険者ですもの。それに……」


 ちらと俺を見る。


「モーブやランちゃんが居てくれるし」

「そう……。いいお友達ね」


 俺を見る。


「今朝方、身に余る贈り物を頂いたそうで……」


 頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いえそんな。こちらこそお世話になっていますので、礼にも足りないくらいです」

「気にしなくていいよ、お母さん」


 ランが微笑んだ。


「学園のみんなにもらった物だし」

「そう……。ブローニッド、良かったわね」

「ええ奥様。正直、かなり家計が助かりました。久し振りに料理のしがいがあると、ヨーゼフも大張り切りで」

「まあ……。気難しいヨーゼフがそれなら、よっぽどね」


 笑っている。


「気難しさで言えば、シェイマスと同じくらいですもの」

「奥様。それを言っては、旦那様がおかわいそうです」

「ふふっ」


 仲良さそうに笑い合っている。使用人も家族同然の扱いなんだな。マレードさん、優しい人だわ。


「なんだ。私の噂話かな」


 ひょいっと、シェイマスさんが顔を出した。庭の隅、花壇の一部を潰して家庭菜園にしてある。どうやらそこにしゃがみ込んで、害虫でも取っていたようだ。


「いえ旦那様。特になにも……」

「おや。私の聞き間違いかな」

「旦那様も、ヨーゼフと同じくらい耳が遠くなられたのでは……」

「そうか……」


 苦笑いしている。


「もうじき小麦の収穫だというのに、今年も作柄は良くない。どの村からも、なんとかしてくれという声が上がっている。その声が聞こえるくらいには、私の耳は鈍っていないはずだが……」

「今からだと、もう対策も取れませんしねえ……」


 母親は困り顔だ。


「家が傾くだけならまだしも、人々の暮らしが年々貧しくなるのは、困ったものです」

「お母様、お父様。それならモーブが、これから村を回ってくれるわ」


 マルグレーテが口を挟んだ。


「村々を回って困り事を解決しようって、さっきから話していたのよ、三人で」


 実際、狐にも言われたしな。村で情報収集するつもりだわ。


「それはそれは……」


 母親が微笑んだ。


「助かりますわ。……ねえあなた」

「ああ」


 エリク家当主シェイマスは、苦しそうに眉を寄せた。


「すまない。それは本来ならエリク家の仕事だというのに」

「いえ、逗留させてもらっている礼ですし、俺達は冒険者だ。……それにマルグレーテがちゃんと、エリク家代表として参加しています」

「だからこれは、エリク家が対策しているってことだよ」

「ありがとうございます。ランさん」


 母親が瞳を和らげた。


「そうか。そういう形にしてくれるのだな……」


 父親は唸った。


「マルグレーテは、しっかりした友達を作ったようだ。我が子ながら、頼もしいわい」

「ええだから、しばらくは俺達に任せて下さい。シェイマスさんは、当主、そして領主として、他にもやらないとならないことが山盛りですよね」

「正直、そう言ってもらえると助かる」


 父親が頭を下げた。


「まあ!」


 母親は目を丸くしている。


「あなたが頭を下げるなんて……」

「これは明日、季節外れのひょうが降りますよ。小麦畑が心配ですね、奥様」

「本当に」


 笑い声の輪が、エリク家前庭に広がった。それを聞いてか聞かずか、スレイプニールは花壇の花を食べ続けていた。




●次話から新章「村の災厄(仮題)」。

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