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2-3 触手

「そろそろかな……」


 神狐のところから暗い通路をうねうねと進んだ。感覚的には約一時間。全体に下への傾斜が続いているから、かなり深く潜ったと思うわ。


「うん、モーブ。なんだか邪悪なエネルギーを感じるわ」

「なんだか暑いねー、このあたり」

「まあなー」


 うろから入って当初は冷涼で、五月というのに寒いくらいだったのに、このあたりは地熱の影響か、むしろ暑い。地下水脈豊富な森の地下だけに、じめじめ湿気っている。だから割と不快だ。


「暑い、暑い」


 服を摘んだランが、胸のあたりをぱたぱたしている。あのサイズだと、胸の下とか暑そうだよなあ、たしかに。


「しっ」


 マルグレーテが俺の袖を引いた。


「あの角の先、強い力を感じる」

「私もそう思うよ、モーブ。……ほら、明かりが」


 ランの指差す先、曲がり角に微かなゆらめきが見える。こちらのトーチ魔法の光ではない。なにかの光源があるのは確定だ。


「よし。道々検討した作戦を、もう一度まとめよう」

「うん、モーブ。……まず『不穏な存在』という敵? がいるのよね」

「土地神様の神社かむやしろの祠があって、そこからエネルギーを吸い取ってるって話だったな」

「倒す……というか、撤退させればいいんだよね」

「ああそうだ」

「いずれにしろ、戦闘にはなるんでしょ」

「そうだな、マルグレーテ」


 俺は考えた。敵は謎の存在だ。いきなり攻撃せず、まず観察しよう。見るからに肉体系なのか魔道士系なのか、それによって戦い方も変わってくる。


 俺がそう説明すると、ふたりとも頷いた。


「ただ向こうから突然攻められる可能性はあるからな。油断せずにいこう」

「そうだね。入ったらまず、とりあえず補助魔法をいくつか詠唱しておくよ」

「頼むわ、ラン。戦闘初期には補助魔法が重要だ」

「地底から上ってきた敵だと、熱や水には強そう。わたくしは属性魔法は避け、無属性の魔法中心で詠唱するわ」

「俺はふたりの正面に立って、カバーする。交渉する体で先頭に立つから、相手の警戒も避けられるだろうし」

「お願いするわ。……モーブの力を見せてね」

「任せろ」


 と言ってはみたが正直、自信はない。ダンジョン内中ボス戦であれば、例のヘイト管理のバグ技が使える。だが、あれは相手からの攻撃が無いまま三ターンこちらが先制しないとならない。その意味で詠唱系の魔道士相手なら使いやすいが、筋骨隆々脳筋系のミノタウロスかなんかが出てきたら、三ターンもじっとしているはずがない。


 俺にはレアアイテムやアーティファクトといった強装備がある。雑魚戦なら瞬殺だ。俺自体も元がモブとはいえそこそこレベルも積んでいるはず。今の装備とレベルならバグ技に頼らずとも、中ボスでもそれなりに戦えるはずだ。


「これは……」


 通路の曲がり角はもうすぐ先。魔道士でないこの俺でさえ、なにか禍々しい気配を強く感じる。つまり相手は雑魚じゃない。少なくとも中ボス以上であるのは確定だ。


 俺は気を引き締めた。


「いいかみんな。初手は焦らず、落ち着いて観察。それでいていつでも展開できるように」


 俺の言葉に、ふたりとも頷いてくれた。


「よし、行こうっ!」


 俺は曲がり角に突っ込んだ。


         ●


「なんだ……こいつ」


 目の前に異様な光景が広がっていた。曲がった先は行き止まり。一軒家ほどの空間が広がっていて、中央に小さな祠がある。小さく素朴な祠だ。裏寂れた田舎神社の合祀神くらいの。焦げ茶色で煤けた感じからして、おそらく木造。しかもかなり古い。土地神の神社で間違いないだろう。


 その祠に、なにかが巻き付いている。何本も。タコの脚かと思うような、赤黒い触手だ。大きい。太いところは直径五十センチくらいか。ちゃんと生っ白い吸盤状のものがあり、祠にぴったり吸い着いている。


 そいつが発しているのだろうが、とにかく周囲が生臭い。それも、腐敗しかけた魚のような悪臭だ。正直、ここにいるだけで辛い。とっとと逃げたくなる。


 こんなモンスターは知らない。少なくとも原作ゲームには出て来ない。触手のみ登場しているところからして、雑魚ではなく中ボスクラスだろう。


「……どうする、モーブ」


 抑えた声色で、マルグレーテが呟いた。


「焦るな。様子を見よう」


 幸い、こちらを攻撃してくる気配はない。見えているのは数本の触手のみ。つまり本体は地下にある。触手ってことは聴覚も視覚も無いだろうから、俺達がここでゆっくり話していても、気づかれる危険性は限りなく低い。


「何本ある」

「五……いえ六本ね。裏に一本隠れてる」

「私も六本だと思うよ、モーブ」


 なら六で確定か。


「狐さん、『機能が来ている』って言ってたよ、モーブ。多分吸盤で、土地のエネルギーを吸ってるんだ」

「そうだな、ラン。本体はここにはいない」

「攻撃したら、本体が出てくるかしら。……このサイズ感からして、本体はかなり大きいと思うわ」

「どうだろう」


 そうなったら厄介だ。だが、「得られるエネルギーより失うものが多ければ撤退する」と狐は言っていた。普通に戦えばいいと。本体が出てくることはないという観測だ。


「本体さえ出てこなければ、勝機はある」


 俺の頭が回り始めた。


「こいつは中ボスのただの手足。詠唱機能はないだろう。つまり魔法攻撃はないと思っていい。こっちから一方的に魔法を食らわせられる。それにくねくねした触手だ。ということは骨なんかないし、皮膚も柔軟なはず」

「こちらの剣が通るってことね」

「そうだ。物理攻撃もかなり有効だろう。こいつには目がない。つまり俺達を見て先手を取るなどもできないはずだ。」


 問題は、吸盤付きの触手であること。あれに吸い着かれて個別に地下に引きずり込まれたら、おそらく殺される。こちらは身動き取れないし、相手はこちらを巻き潰すなり土に押し付けて窒息させるなりすればいい。


「触手に気をつけろ。俺が斬りかかるからマルグレーテ、詠唱だけ先行しておけ。万一俺が巻き付かれたら根本に魔法攻撃頼む。一本切れるかもしれないし、痛がって俺さえ放してくれればいい」

「わかった」

「ランは補助魔法だ。相手の攻撃速度を遅らせられるか」

「できるよ、モーブ」

「それを頼む。多少攻撃を受けても、こちらが数ターン続けられれば、一本ずつぶち切ってやれるはずだ」

「わかった」


 俺は、手持ち装備のスキルを再確認した。




銘「業物わざものの剣」

特殊効果:戦闘時敵HP吸収および敵速度ダウン。ただし敵にダメージを与えた際の限定効果


銘「冥王の剣」

特殊効果:必中。AGLとCRIにボーナスポイント。


銘「支えの籠手」

特殊効果:戦闘時HP自動回復および戦闘速度アップ。ただし装備者に限る




 装備補正とランの補助魔法とで、俺の手数は増える。敵の触手は六本。一本一本個別撃破していけば、勝機はある。


「よし。俺がカウントダウンする。ゼロで補助魔法、同時に俺が飛び出す。いいな」


 ふたりは頷いた。


「五……」

「十からにして、モーブ。詠唱が間に合わないよ」

「悪かったな、ラン。じゃあ十、九、八……」


 ランが口の中で呟き始める。「冥王の剣」のつかを、俺は握り締めた。まずはこいつだ。必中スキルがあるので、必ずダメージを与えられる。CRIボーナスがあるので、うまくすれば初手で触手を斬り落とせる。ダメージの様子を見て、俺が攻撃を受けるようなら、HP吸収効果のある「業物の剣」に持ち替える。……だが、相手は触手だ。巻き付かれたときに長剣だと振り回せず、有効なダメージを与えられない。おそらくだが、短剣である「冥王の剣」中心の戦いになるだろう。ざく斬りとか刺突でいく。


「三、二、一。ゼロっ!」


 背後でランの魔法が輝くのを感じながら俺は、触手野郎に突っ込んでいった。「冥王の剣」を振りかざして。




●次話、「対アンノウン戦」

触手相手にモーブ組はどう戦う?



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