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1-5 贈り物

「本当にこれ、全部もらってもよろしいのでしょうか」


 翌朝。馬車から下ろした大量の食料やアイテムを前に、ブローニッドさんは絶句した。


「いいんですよ、ブローニッドさん。これ全部、貰い物なんで」

「そうです」


 ランが付け加えた。


「ディアミドくんやコルムくん、それに学園のみんながくれたんだよ」

「モーブの判断だから、気にしなくていいわ、ブローニッド」

「でもマルグレーテお嬢様」


 おろおろしている。


「こんなにたくさん……」

「頂いておきましょう」


 脇で助言したのは、ヨーゼフという名のエリク家料理長。もう六十はとうに越えているらしく、腰も曲がり気味だ。それでも服はきちんと洗濯してあり、ソースの染みなどは着いていない。


「塩漬け肉と腸詰めがこれだけあれば、この夏が越せます。小麦はじき収穫ですが正直、去年よりかなり作況が悪い。厳しい冬に備えて、節約しないと……」

「そうですか……」


 俺の目を見て、ブローニッドさんは頭を下げた。


「それではありがたく頂戴しておきます」

「助かります。モーブ様」


 ヨーゼフさんも頭を下げた。


「逗留で世話になるお礼です。当然のことですから、頭を上げて下さい」


 俺達はこの後、例の「神狐しんこの森」調査に向かう。そのためもうヘクトール制服は脱ぎ、卒業試験で入手した装備や餞別せんべつでもらった品を身に着けている。


 ここまで制服を着ていたのは、晴れの卒業姿を両親に見せて喜んでもらいたいという、マルグレーテの気遣いだったからな。俺とランが着ていたのはもちろん、学園での親友感を演出するためだ。下手すると、貴族にくっついてきた貧乏孤児と誤解されるからな。


「ここに居たのか、モーブっ」


 叫び声は、マルグレーテ兄貴のコルンバだ。憤懣やるかたないといった表情で、どすどす歩いてきた。


「東京都世田谷区千歳烏山……。そのような高級な領地、少なくともこの王国内には無かったぞ。昨日、事情に詳しい使用人に聞いて回ったからな」

「なんだ、そんなん調べてたんか。ご苦労なこった」


 口からでまかせなんだから、スルーしとけばいいのに。


「お前には出ていってもらう。……そこの娘は置いていけ。俺様の侍女にする」


 ランを指差す。


「お兄様、失礼ではありませんか」


 マルグレーテが食って掛かった。


「昨日お教えしたように、ランはわたくしの友達です。侍女にするなどと。それにモーブはエリク家の客人ですよ」

「コルンバ様。賓客ひんきゃくは心の底からもてなすのが、エリク家の家訓です。ましてマルグレーテお嬢様のご学友ではありませんか」


 たしなめるような、ブローニッドさんの遠慮がちの助言に、ますますいきり立った。


「うるさいっ! 使用人の分際で、このエリク家当主に逆らうのか」

「お前まだ当主じゃないだろ、コルンバ」


 うんざりして、つい口をいて出た。


「その性格で、当主になれると思ってるのか、そもそも」

「なにいっ!」


 手がぷるぷる震えている。これがマジ中世の貴族だったら手袋ぶち投げて決闘ってことになりそうなもんだが、そうはしない。このゲーム世界に決闘概念がないのか、こいつが腰抜けか、どちらかだ。……多分、両方かな。


「俺は嫡男ちゃくなんだぞ。食客しょっかくの分際で偉そうにっ。マルグレーテも俺の味方をしろ。そもそもお前は、嫡男のために働くゴミじゃないかっ」

「この野郎……」


 俺はいいが、マルグレーテを侮辱するのは許せない。これでもこいつ、マルグレーテの兄貴かよ。普通は妹のこと守ってやる立場だろ。


「ええコルンバてめえ、やってもいいんだぞ」


 野郎の胸ぐらを掴むと、拳を引いた。


「ひいいいいーっ!」


 悲鳴を上げて目をつぶってやがる。情けない奴だ。


「止めて、モーブ」


 俺の右腕を、マルグレーテが掴んだ。


「わたくしならいいのです。揉め事を起こしたら、モーブのためにならないから。だから……」

「ちっ」


 ドンッ。


 俺は奴を突き放した。


「妹に守ってもらうとか、情けねえ兄貴だな」

「コルンバ様。モーブ様は、エリク家のために大量の食料や資材を寄付して下さいました」


 ブローニッドさんがフォローしてくれた。


「ふんっ」


 俺に掴まれて曲がった襟を、せっせと直して。


「山鳥の一羽や二羽で、この家を救えるものか。俺以外全員無能なせいで、ここは火の車だからな」


 なんだ家計が厳しいくらいはわかってるんだな。


「いえコルンバ様、山鳥どころではありません。これ全てでございます」


 うず高く積まれた贈り物の数々を、ヨーゼフさんが手で示した。


「もしモーブ様を追い出すのでしたら、これと同じだけの食材を、コルンバ様もお納めになっていただけますでしょうか」

「ヨーゼフ、お前までか……。首にしてもいいんだぞ」

「そうですか。それではおいとまを頂きます」


 ヨーゼフさんは、決然と言い切った。


「主任料理長として後続の育成に当たってくれと、メイフェアー家より以前から誘われておりますので」

「えっ……。あの名家の……」


 コルンバは青くなった。


「私を育ててくれた先代への義理があるので、申し出はこれまでお断りしてきました。でも次期当主と自称されるコルンバ様が出て行けとおっしゃるなら、私も心残りなく、当家を去れます」

「いやいやいやいや」


 早口だ。


「待て待て待て。お前が居なくなったら、誰が俺様の飯を作る。賃金を払えないからひとりまたひとりと料理人が消えてヨーゼフ、お前が最後じゃないか」

「コルンバ様がお作りになられればよろしいでしょう」


 冷たい瞳で、エリク家「次期当主(笑)」を見つめている。


「当主のシェイマス様は、厳しくなった荘園管理に毎日、頭を悩ませておいでだ。奥を仕切るマレード様は、屋敷修繕の手配で手一杯。なにもせず遊んでおいでなのは、コルンバ様だけでございます」


 おお。辞めると決意したからか、言うもんだな。


「そ、そんなあ……」


 コルンバは泣きそうな顔になった。


「し、仕方ない。俺様への貢物みつぎものに免じて、今日のところはモーブを許してやる。以降、俺様への態度を改めるように」ピューっ!


 怒鳴りつけようかとも思ったがコルンバは、ものすごい速度で駆け逃げていってしまった。これあれか、反論さえ聞かなかったら最後にマウントを取った自分の勝ちって戦法か……。


「……なんだあいつ」


 なんだかアホらしくなって、怒りが収まった。


「ごめんなさいモーブ」


 マルグレーテはしゅんとしてしまった。


「貴族なのに、兄が無礼な態度を……」

「気にするなマルグレーテ。あれは貴族じゃない。奇怪な俗物、つまり『奇俗』だ」

「これはうまいことをおっしゃいますな」


 ヨーゼフさんが、唇の端を曲げてみせた。


「たしかに度胸も根性もないあれほどの俗物、まず見ませんわ」


 言う言う。使用人とはいえ、奴隷じゃないもんな。当然の態度だわ。ブローニッドさんも、ヨーゼフさんの軽口をもうとがめもしない。


 マルグレーテ、こんな家に育ったから、変に貴族のプライドみたいなのを振り回したんだな、最初に俺と出会った頃。父親や兄貴に抑圧され下に見られて、それでもメンタルを潰さずいるための、最後の心の支えが「貴族」しかなかったから。


「さあ、狐さんの森に行こうよ、モーブ。調査だよっ」


 ランが俺の手を取った。


「いかづち丸やスレイプニール、もうみんな、馬車から外しておいたよ。馬に乗って三人、気持ちのいい野山を駆けよう。マルグレーテちゃんの気分だって晴れるよ。乗馬は久しぶりだから私、わくわくしてるんだあ……」


 うきうき声だ。


 ラン、こういうときしっかりしてるよな。どっしり構えて、細かな問題なんか気にしない。俺なんかより、よっぽど主人公ムーブするわ。舌を巻いたよ。




●次話から新章「第二章 神狐の森」開始。


エリク家衰退の原因を探るべく、領地調査に乗り出したモーブ。コルンバの妨害を軽くあしらい「神に仕える狐が棲む」という神狐の森に進むと、そこには謎の泉があって……。


いつも応援ありがとうございます。応援に力を得て毎日更新中。


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