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11-8 旅立ちのとき

「いよいよ、旅立ちね」


 挨拶に立ち寄った保健室で、白衣姿のリーナさんが、俺を迎えてくれた。


「ええ。もう全て準備が整いました」

「ふたりは」

「中庭で待ってます。なんか学園のみんなと握手したりとか、忙しいみたい」

「ランちゃんもマルグレーテちゃんも、ファンクラブみたいのできてるもんね」

「そうっすか」

「あら知らないの」


 くすくす笑ってる。


「なら時間が掛かるわね、『ファンイベント』で」

「多分……」


 例によってまた握手会とかやってるんだろうしな。


「なら座って。時間潰ししましょう」


 リーナさんは、お茶を出してくれた。とっておきという、沼桜の発酵茶を。


「ちゃんと馬車に飲料水や食料積んだ」

「はい」

「着替えや装備も」

「もちろんです」

「ポーションとか……」

「大丈夫ですって」


 俺が呆れ顔をしていたのだろう。はにかんだように微笑んだ。


「……なんだか心配で」


 十八歳のリーナさんからすると、十六の俺は「世話してあげたい弟」のような感じなのかもな。卒業試験のときも、怪我の治療に加えて体まできれいに拭いてくれたし。


「馬もみんな、気合充分ですよ。リーナさんにもらった馬用のポーションもいっぱい積んであるし」

「良かった……。馬といえば結局、いかづち丸の正体掴めなくて、ごめんね」


 首を傾げると、柔らかな髪がさっと横に流れた。


「いいんですよ。俺達も図書室でいろいろ文献当たったけど、とうとうわからなかったし」

「この世界に有翼モンスターは多いんだけどね。この間の魔物襲撃だって、敵はあらかた有翼種族だったし」

「ええ。馬系だったら、ペガサスもそうだし。……でも『幻の羽が生える』ってのは無かったです。どの文献にも」


「一般論」としてさりげなくZのじいさんに振ってはみたが、英雄ゼニスでも知らないっぽかった。


「でも存在していた以上、知っている人がいるはず。この世界のどこかに。私も継続して情報収集しておくね、モーブくん」

「ありがとうございます。……とはいえ俺、別に急いで究明する気はないです。俺はこの世界を楽しみたいだけ。いかづち丸だって、俺の友としてのんびりした生活を送ってもらいたい。ただの『ヘンな馬』枠でいいじゃないすか」

「そうね」


 リーナさんは、俺の瞳をじっと見つめてきた。


「ちゃんと他人や馬のことも考えてくれるのね。さすがだわ」


 そのまましばらく黙る。俺を見つめたまま。


 ふたりの間に、不思議な時間が流れた。やがて、決断したかのように口を開く。


「モーブくんは、自由な男。春の風のように、人を幸せにしながら気ままに世界を吹き渡る。だから私も……好きになった」


 俺の手を取った。


「モーブくんとは、いずれまた会える。教師と学園生の立場ではなく、ふたつ年上のガールフレンドとして……」


 潤んだような、熱い瞳が近づいてくる。


「じっとして……」


 軽く、唇が触れるだけのキスをする。


「……」


 すっと、顔を離した。


「そのときまで、しばしのお別れね」

「あの、俺……」

「今のは、教師としての親愛のキスよ。でも、次に会ったときは……」


 微笑むと立ち上がった。保健室のドアを開けてくれる。


「さあ旅立ちなさい、モーブくん。冒険へと。王立冒険者学園ヘクトール、Zクラス堂々の卒業者として」


          ●


 馬車の待つ中庭に俺が姿を現すと、大歓声が巻き起こった。卒業で先に学園を後にした奴以外、信じられないことに学園生ほぼ全員が待っていた。


 ぱっと見、ブレイズはいない。あいつはまだ学園を出てないはずだから、国王の宝物庫から持ち帰ったお宝でも、部屋でせっせと磨いてるんだろう。ランもマルグレーテも失い、負け組コンプ凄いだろうにな。国王の前で俺にマウントを取ったのを励みに生きていくんだろうか。


 魔王討伐の旅に出るにしても、どんなパーティー組むつもりなんだろうな。卒業試験のときのように、百戦錬磨の教員もいない。もちろん、学園生でブレイズと組みたい奴なんか皆無だ。まあ俺にとってはもう無関係の男だし、せいぜい頑張ってくれとしか言いようはないが……。


「モーブ……」


 男女のファンに取り囲まれていたランとマルグレーテが、駆け寄ってきた。


「リーナさん、なんだって」

「いずれまた会いましょうって……励まして……くれた」

「わあ、素敵」


 ランは無邪気に喜んでいる。


「そう……」


 マルグレーテは、ただ微笑んでいた。


「さて、行きましょうか。わたくしの地、エリク家領に。思い出と仲間をくれたヘクトールから巣立って」


 俺の手を引いて、馬車へと誘う。


「モーブっ」


 俺達が定位置に陣取ると、Zのクラスメイトが駆け寄ってきた。馬車を取り囲む。


「頑張れよモーブ」

「お前のこと、応援してる」

「同じクラスで良かったよ。僕、Dなんかに行かずにZで良かった」

「お前の情報、追うからな。……そうだ、これ使ってくれ」

「これもだ」

「俺も」


 みんな、馬車に貴重なアイテムや金、食料や酒やなんやかや放り込んでくれる。底辺Zとはいえ、みんな実家は金持ちだったり貴族だったりなので、なかなかに豪勢だ。俺達の馬車が、まるで移動行商人の商売馬車のように荷物満載になった。前世で言えば、ほぼほぼ僻地を回る移動スーパー車だ。


「いつの日か、僕の店に寄ってね」


「トルネコ」は、葡萄酒を次々放り込んでくれている。瓶だけでなく、小さな樽まで。


「僕、モーブの頑張りを見習って、一年でも早く店を開くから」

「期待してるぜ、コルム」

「トルネコ商会をお忘れなく」

「忘れるもんか。俺が寄るまでに、正義のそろばんを仕入れといてくれ」

「正義の……なんだって?」

「ああ冗談だ。気にするな」


 この世界に、あれがあってたまるか。あってもどうせコルム専用装備だろうしな。


「モーブは俺達底辺Zを導いて、人生のどん底から救ってくれた恩人だ」


「ラオウ」ことディアミドが、俺の手をがしっと握ってきた。


「ありがとう、ディアミドくん」


 ランにも握手されて、「ラオウ」は感激の涙を流した。


「わ、我が人生に一片の悔いなしっ!」


 例によって拳を天に突き上げている。


「さて、そろそろ行くぞ。みんなありがとうな」


 また大歓声が巻き起こった。振り返ると本校舎五階、学園長室の窓ガラスに、学園長と居眠りじいさん……じゃないか、大賢者ゼニスが映っていた。手を振って挨拶した。特に振り返してくることはなく、こちらをじっと見下ろしている。


「はいやっ!」


 俺の掛け声と共に、馬車はゆっくり動き始めた。中庭を横切り、大門を潜り抜けて。


 背後からはまだ、歓声が聞こえ続けている。


 俺は、馬車を止めた。


 さて……。


「モーブ、どっちに行くの」


 ランが俺の左手を握ってきた。


「風の向くままさ」


 俺は見渡した。眼前には二本の道筋。太陽の照る、ぽかぽかと暖かそうな細道。そして雲のかかった、どんよりした大街道。


「早いのは、こっちね」


 右に座るマルグレーテが、大街道を指差した。


「大街道はこのまま王宮前を通って王都を抜け、西へとまっすぐ続いている。エリク家領へは最短ルート。わたくしが入学したときも、こちらの道筋を辿ったわ」


 暖かな道を、俺は示した。


「急ぐ必要はない」


 底辺社畜が、底辺モブに転生した。そんな厳しい状況だというのに、俺のことを魔王どころか、もしかしたら運営すら追っている。だが構うもんか。そんな連中無視して、俺は人生を切り拓いてやるさ。即死モブ転生、「モーブ」として。


「人生、楽しみながら行こうじゃないか」

「そうね。わたくしも賛成。モーブならそう言ってくれるって、信じてた」

「私、モーブが選んでくれたほうでいいよ。いつだって、モーブは正しい道に導いてくれたし」

「よし。決まりだ」


 ふたりの腰を抱き寄せると、先頭のいかづち丸に声をかけた。


「進んでくれ、いかづち丸。ゆっくりでいいから」


 小鳥のひなのように寄り添う俺達三人をちらりと振り返ると、いかづち丸は歩み始めた。


 常歩なみあしで。


 新たな人生に向けて。




 ●次話、第一部愛読感謝の「エキストラエピソード」公開!

 ●次々話より、引き続き「第二部 エリク家領平定編」連載開始!


どういうエキストラエピソードにするかいろいろ考えたのですが(恋愛系とか)、メインヒロインを大外からまくり差してぶち抜く大人気になった「居眠りじいさん」にご登場願うことにしました。第一部で明かされなかった、じいさんと学園長の過去の関わりや現在のふたりの関係、さらに第一部と第二部の物語をつなぐ謎――といった重大情報が満載の、伏線大回収回。三人称単視点(じいさん視点)のSSとなっております。


次話タイトルは「大賢者ゼニスの過去、あるいは未来、あるいは世界の運命」。六千百字と、二話分の読み応えで一挙公開!


なおエキストラエピソード公開後は、「第二部予告」に続き、第二部「エリク家領平定編」に突入! マルグレーテの実家で新たな冒険に挑む即死モブ「モーブ」の大活躍を、お楽しみ下さい。






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