11-4 卒業式
「皆さん」
王立冒険者学園ヘクトール大講堂。全校の学園生を前に、学園長が口を開いた。
「まずは祝福しましょう。無事卒業試験に合格した人、おめでとう。諸君はこれから、王国の礎を築く、立派な冒険者として旅立ちます」
今日は卒業式。人権は実力次第の学園なので、俺やランのZクラスは一番後ろの席。学園長の姿は遠く見えるだけだわ。それでもしっかり声が通るのは、講堂の設計がいいのと、学園長の胆力に拠るところだろう。
「学園長、いいこと言うねー」
隣に立つランが、俺の手を握ってきた。
「話長いのはなー。かったるいから、とっとと終わってほしいわ」
「またモーブったら……」
ほっとかわいらしく溜息をついてみせた。
「学園長の訓示も今日で最後でしょ。少しぐらい我慢しようよ」
「言ってもこの後、国王に呼ばれてるけどな。その場に学園長もいるって話だし」
「そうだけど」
卒業式の後、俺のチームとブレイズは王宮に招待されている。ブレイズはもちろん、ヘクトール史上最高成績を残した優等生として。俺のチームは、この間の魔族襲来で全クラスを解放した功績のため。まあ暇なんだろ、国王も。
正直、学園では目立たないように過ごしたかった。王宮から目を着けられて、いいことはなにもないからな。だがいろいろな経緯で、こういうことになった。国王謁見とか面倒だが、呼ばれた以上、行くしかない。
「そして残念ながら卒業できなかった諸君」
学園長の話は続いた。
「晴れやかな友の姿を目の当たりにし、忸怩たる思いがあるかもしれない。しかしそれが人生。四月からは、諸君らは卒業試験の成績に応じ、新たなクラスに配属になる。卒業生より一年長く教育を受けられるというのは、長い人生ではむしろ有利に働くことでしょう。そう心に刻み、鍛錬に励みましょう。なにより……」
一拍溜めを作ると、静まり返った講堂を見回した。
「諸君らは、もう実戦を経験した。もちろん、先日の魔物強襲事変のことです。そのような在校生は、過去に例がない。諸君らの人生に、貴重な教訓となったことでしょう」
思い起こせば……と、学園長は続ける。
「本年度はなにもかも異例でした。ヘクトール史上最高の成績を収めた者も出た。Zクラスは遠泳大会で奇跡の優勝を遂げた上に、卒業試験合格者を八名ほど輩出した。実力主義のクラス分けが基本のヘクトールでは、あり得ない話です。しかも魔物襲来まであった。……そんな異例の一年を体験した諸君は、恵まれている。願わくば君達の将来に、輝かしい道が開けますよう……」
瞳を閉じて顎を上げ、なにか念じているような表情。そのまま三十秒ほども動かない。学園生席からは静かなざわめきが起こったが、学園長の左右後方に並ぶ教師や事務方はひとりも動かない。ハプニングではないってことだ。
「祖霊の光あれっ!」
学園長が宣言すると、学園生全員の体が一瞬発光した。白銀に。体が内側から熱くなる。と、このだだっ広い講堂内に、雪がちらつき始めた。気温が一気に下がる。体感的には氷点下だ。
「すげえ……」
「マナ召喚だ。こんなに広い講堂のマナを一気に消費したんか」
「祝福魔法だ。これ全員のLUKが三は上がったぞ」
「これだけ大人数のステータスをいじるとか、どんだけ凄いんだ」
講堂がどよめく。
「さすがは大戦の英雄」
「これがZのじいさんとパーティーを組んでいたとか……」
「しっ。それは厳秘だ」
「すまんすまん。つい……」
ひそひそ話している。魔法が凄すぎて、校長挨拶が終わったというのに皆、拍手すら忘れている。そのうち、ぱらぱらと拍手の音が聞こえてきた。やがてそれは怒涛のように大きくなる。
「あー……」
引っ込んだ校長に代わり、事務方の職員が出てきた。
「卒業者は、四月頭までの間に、適宜学園から出立するように。在校生は特になにもしないでよろしい。寮の部屋が変わることはあるので、全員清掃し、一応荷物をまとめておくこと。次に……」
職員の言葉は続いたが、もう誰も聞いていなかった。講堂の扉が開かれたからだ。皆、冷え切り雪の舞う暗い室内から、春の廊下へと出ていっている。自分の人生の未来が待つ世界へと。
●
「……」
「……」
「……」
王宮へと向かう馬車の中は、異様に静かだった。王室馬車なのでやたらと大きくまた豪華。王室屈指の名馬がぐいぐい引いているというのに、揺れもしない。言ってみればリムジンといったところだが、静かなのは微妙な緊張感が漂っているからだ。
なんせ、ランとマルグレーテを従えた俺の向かいに、ブレイズがぽつんと独りで座っているからな。ランやマルグレーテに寄り添われた俺のことを先程からちらちら見てくるが、口は開かない。
さすがにもうランのことは諦めたみたいだな。「モーブより僕のほうが……」的な発言もないし。今はもう、「ランを見返してやろう」という意地くらいしかないんだろう。真面目に考えると、俺に対する敗北感で闇落ちしそうだしな。
マルグレーテだって原作ゲームでは学園編の後半にはブレイズのパーティー入りして、ランとふたり、恋愛エピソードを積み重ねているはずだったんだからな。本来の主人公として、なんとなくそういう気配は感じてるようだ。でももう取り返しはつかない。ランもマルグレーテも、俺とパーティーを組んだ上、恋愛フラグまで立てつつあるし。
呼ばれたのは俺達だけど、引率として学園長とSSS担任、それにZ担任のじいさんも同乗している。三人は別のコンパートメントに収まっているから、ここは俺達四人だけ。まあ広い馬車だわ。多分このメインコンパートメントに王族が収まって、サブコンパートメントにはお付きとかが座るんだろう。
教師はいないし、俺はいつもの仲間と一緒で気楽なもんだが、ブレイズがなー。ときどき俺を見る目がこえーよ。コンプと羨望、軽蔑が一緒になったような視線だし。
「ねえモーブ、お菓子食べる?」
持ち込んだバッグを、ランがごそごそする。
「今朝、女子寮のご飯、すごく豪華だったんだよー。卒業式だったからかな。だからスイーツ、いっぱいもらっちゃった。はいっ」
小さなガラス瓶に入った蒸し菓子だな。まあプリンのようなもんだ。匙と一緒に渡してくれる。
「マルグレーテちゃんも、これ」
「ありがとう、ランちゃん」
優雅な手付きで、マルグレーテが受け取った。
「素朴なお菓子ね。おいしいわ……」
さっそく味わってるな。
「貴賓食堂だと、変に凝ったものばかりでね。こういうの、素材の味がするし、おいしいわ」
俺も食べてみた。とろけるような舌触り。バニラのような上品な香りが口に広がると、甘さが追いかけてくる。多分柑橘類のピールを使ってるんだろうけど、微かな酸味と苦味が、甘みのくどさを打ち消していて、うまい。
「たしかにうまいな、これ」
「やーん。モーブってば、ほっぺに着いてる。かわいいっ」
ちゅっと音を立てて、キスして取ってくれた。
「ねえ、もうひとつ食べる?」
「そうだな。俺よりマルグレーテに頼むよ」
「あっ、もうないね。ごめんねーマルグレーテちゃん」
「いいのよ。わたくしも、モーブがおいしそうに食べているの見るの好きだし」
「じゃあ三人でひとくちずつ食べようよ」
ランが蓋を開けた。
「最初はモーブね。はい、あーん……」
「あーん……」ぱくっ。
「マルグレーテちゃんも」
「あーん……」ぱくっ。
「私も。あーん……」ぱくっ。
「うん、おいしいねーっ」
ランは楽しそうだ。
「はいこれ。ブレイズも食べなよ」
取り出した瓶を、ブレイズに差し出す。いやラン、この空気でよく出せるなー。ブレイズの顔、さっきから悩める哲学者みたいじゃんかよ。……さすが天真爛漫田舎娘だけあるわ。
「いらない」
ぷいっと、ブレイズは横を向いた。
「これから国王陛下に謁見するんだ。その前に飲食するとか、不敬の極みだよ」
余計な見栄、張らなきゃいいのに。今さっきお前、俺にいちゃつくランのこと、うらやましそうに見つめてたじゃんよ。
「そう……。じゃあここに置いておくね。後で食べてっ」
ブレイズの脇に、そっと瓶と匙を置いた。
「……」
ランのプレゼントは見ないようにして、窓外を流れる王都の森を、ブレイズはぼんやり眺めている。鬱蒼とした樹々はやがて市街へと代わり、延々続く王宮の壁に。速度を緩め、馬車は城内に入った。
「皆様……」
扉が開き、王の従者と思しきおっさんが、顔を覗かせた。
「長い道のり、お疲れ様でした。国王陛下がお待ちです。ささ、こちらに……」
●次話、「国王謁見」
ヘクトールで抜群の成績を残した勇者ブレイズは、豪気な報奨を国王から授かる。一方モーブはとんでもない行動に出て、王宮を大混乱に陥れる。……乞うご期待。




