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11-1 卒業後の道

「大変だったねー、この間」


 旧寮ボロ部屋。晩飯後の茶を、ランが三人分配った。


「ありがと、ラン」


 茶をひとくち飲むと、マルグレーテはほっと息を吐いた。


「犠牲者が出なくて良かったわよね。大怪我は出たけど」


 魔物襲来事件から数日、王宮から派遣された調査団やら警戒の近衛兵やらでごった返した学園も、ようやく落ち着きを取り戻した。


「これだけの不意討ちで犠牲者ゼロは奇跡。モーブが教室を解放して回ったからだって、調査団が言ってたわよ」

「モーブが入っていくと、みんな歓声上げてたもんね。かっこよかった……」


 うっとりと、ランが瞳を閉じた。たしかにまあ、入るなり速攻でボスぶち消したから、受けてはいた。「最底辺Zのくせにやるな」とか「やっぱり! モーブならやってくれると思ってた」「モーブの謎パワー炸裂」とか、大歓迎されたし。


「でもまあ、それだけじゃないけどな。魔物を退散できたの」


 俺はそう思ってる。


「解放したクラスの連中と担任が、事後警戒だけ残して次のクラスについてきてくれたしな。みんなの力だわ」


 だからどんどん攻略が楽になった。最終的には学園ほぼ全勢力対中ボス数体になって、敵が涙目逃走したからな。目的だったブレイズ抹殺もできなかったし。


「でも、それだってモーブの力があればこそよ」


 マルグレーテはひとり、頷いている。


「SSSドラゴンでさえ苦戦していて、大歓迎されたじゃないの」


 まあそうだ。SSSに踏み込んだときは、敵ボスが数体揃ってて、さすがのトップクラスも苦戦中だった。ブレイズだって魔物が自分を狙って襲来したとも知らず、大声上げて汚いモップを振り回してたし。汚水を振り巻くから迷惑でなあ……あれ。臭いし。汚辱世界に生きている魔物ですら、ドン引きしてたからな。「うわーばっちい、こいつ」って。


 得物を持たない戦士じゃあ、籠城戦ではたいした働きはできなかったって話さ。原作ゲームでブレイズが魔法に目覚めるの、自分が勇者の血筋だと判明する、ゲーム中盤のイベントからだからな。ランとマルグレーテ、リーナさんを引き連れた俺が大歓迎されて、汚水がしたたるモップを手に、悔しそうにこっちを見つめてたわ。


「それにしても私たちの先生、強かったねー」


 湯気立つカップを両手で持ちながら、ランが呟いた。


「まあなー。どうやら英雄ゼニスらしいし」

「しっ」


 マルグレーテが、俺の唇に指を押し付けてきた。


「それは秘密でしょ」

「つい……な」


 そういや、学園長の部屋に入り浸ってたり、ふたりこそこそ話してることもあったからなー。俺に営繕小遣いを出すよう学園長に進言するとかも口にしてたし。今にして思えば、同じパーティーで大暴れしてたんだから、納得のムーブだわ。


 じいさんのことは一瞬、学園中の話題になったんだ。Zの連中から噂が広がったから。でも王国の存続に関わる厳秘だってんで、あっという間に箝口令かんこうれいが敷かれた。だからもう、誰も話題にしていない。どうして存続に関わるのか、そのあたりはさっぱりわからない。てか教えてくれない。


 じいさんからして、なにごともなかったかのように、また毎日教室で昼寝してるからな。よだれ垂らして寝言呟いてるハゲ頭見てると、「英雄ゼニス」ってのはなにかの冗談か影武者だろとしか思えんわ。神王ゼウスの紋章が浮き出た俺達の胸章にしても、事件後は輝きも消えて、そっけない「Z」一文字に戻ったし。


 だが、あの魔道力、それに緊急時の指揮力。あれは本物だ。そもそもぐっすり寝てたのに、魔物襲来を事前にいち早く察知したんだからな。


 とはいえ、そんな英雄が、なんで身分を隠して教師をしているのかは謎。いやSSSクラスで有望な次代の冒険者をしごくとかなら、まだわかる。でも底辺クラスで寝てるだけ。それも二十年以上だからな。意味不だわ。もちろん、元のゲームではZクラスなんかに視点が無いから、じいさん、出てきもしなかったし。


 この「ゲーム現実」、原作の枠に収まりきらない謎があるわ。


「ところでモーブ。卒業後どうするか、決めた?」

「そうだな……」


 マルグレーテに振られて、改めて考えた。いろいろ思うところはあるが、俺の希望よりも先に、どうしても気になることがある。


「マルグレーテ、お前こそ困ってるんじゃないのか」

「そうね……」


 じっと俺を見つめている。


「なんか実家、厳しそうじゃないか」


 知り合ってからこっち、言葉の端々から感じ取れたからなー、それ。


「とりあえずSSSで卒業できたから、わたくしの地位は安泰よ。でも……」


 なにか言いたげだ。


「実家に困り事があるようなの。お母様が手紙をくれて……」


 眉を寄せている。


「わたくしひとりでは荷が重くて。……それにエリク家では、女だといろいろ……ね」


 そのまましばらく、カップから立ち上る湯気を見て黙っていた。瞳を上げる。


「どう。ふたりとも遊び方々、ウチの荘園に来ない」

「いいよ」


 即答した。元から、半分くらいはそのつもりだったし。マルグレーテさえ迷惑じゃなければ、押しかけて助けてやりたいと思ってた。なんせ俺の「仲間」だからな。朝起きてから寝る瞬間まで、もう毎日のように一緒だし。パーティーであり家族であり、彼女みたいなもんで。


「楽しそうだし。一緒に行かせてくれって、前々からマルグレーテに頼みたかったんだ」

「ありがとう……」


 マルグレーテは、俺の手を、ぎゅっと握ってきた。


「そういう形にしてくれるのね。……わたくしが負担に感じないように」


 本来のゲームでは、主人公ブレイズは学園編の後、「初級冒険者編」に進む。王都近郊の村や街で細々したクエストをこなしつつレベルを上げ、ランやマルグレーテと仲良くなるという。マルグレーテの実家に行くエピソードは、ゲーム終了まで一度もない。


 つまり俺は原作「初級冒険者編」を無視して、原作にない、完全別ルートに進むことになる。当然、そこで起こるイベントやクエストなど知らないし、攻略法もわからない。


 だが、人の敷いたレールを走る人生は、もう前世でお腹いっぱい。俺は、ゲームのシナリオライターに行動をガチガチ縛られたブレイズとは違う。好き勝手に生きていくわ。


 ブレイズはまあ、勝手に魔王討伐頑張ってくれ。ランとマルグレーテを欠いて、どうやってパーティー集めるのか知らんが……。


「そうじゃないよ、マルグレーテ。マジ、俺も困っててさ、今後の生活。マルグレーテの実家なら、宿代タダだし、飯も出る。貴族飯ならうまいに決まってるし、大歓迎さ。なっラン」

「そうだよマルグレーテちゃん。私達親友じゃない。卒業で離れ離れなんて、寂しいもん」


 ランも手を重ねてきた。……と、俺達の上に、例の赤い光の輪が生じて消えた。フラグだ。




●次話、「恋愛フラグ管理」。セリフが「……モーブ」のひとことしかないという……。


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