9-6 「バグ技」炸裂!
「焦るな。とにかく考えるんだ」
俺達の動きを探っている様子のどでかい中ボスを前に、自分に言い聞かせた。
相手は初見のモンスター。三周したゲームの経験では、一度だって戦ったことのない奴。もちろん攻略ウィキにも、こんな名前とグラフィックのモンスターは居なかった。
俺にわかっているのは、奴の名前、そして目的だけだ。
「まず名前だ……」
モンスターレスのダンジョンに中ボス出すとかゲーム運営、狂ったのか? それにゲーム演出としては、出てくるならサクヌなんとかの野郎だろ。ここまで由緒ありげに宝箱に表示されていた、古代の大賢者アルネ・サクヌッセンムとかいう野郎ですらなく、変なおっさんが湧くとか。この「現実」にもし攻略ウィキがあれば、また炎上するぞ、これ。
だが愚痴っていても仕方ない。ここはゲーム世界とはいえ現実だ。攻略ウィキもクソもない。とにかく考えないと。
……奴は、「アドミニストレータ」と名乗った。ファンタジーの中ボスとしては、異例な響きだ。
とはいえ聞き覚えはある。社畜時代、パソコン不調でわからないことがあってシステム部に問い合わせたとき、やたらと聞いた。それに自宅無線LANとかでルーターを設定するときに、「アドミニストレーター」というアカウントでログインする。管理権限を持つ立場――つまり管理者とか、そういう意味だ。
想像だが、要するにこの洞窟ダンジョンを管理するモンスターとか、そのあたりだろう。いずれにしろ中ボスで間違いない。いかにも罠っぽく、最後の宝箱の部屋で待っていたし。
「ダンジョン管理モンスターということは……」
早い話、こいつさえ倒せばいい。扉のロックも外れるはず。後は入り口まで駆け戻るだけ。ダンジョンボスの部屋に誘い込まれ、閉じ込められたんだ。倒せば全て解決なはず。……問題は、どうやって倒すか。そこが厳しいわけだが……。
「次はボスの目的だ」
「イレギュラーを排除する」と、奴は宣言した。それが目的だ。イレギュラー、つまり「予想外の存在」の排除。要するに、ダンジョンに侵入した俺達のことだろう。
いずれにしろ、大した攻撃力を持っていないはずの即死モブ、俺が囮役になるしかない。防御の必要がなくなったマルグレーテは、素早く攻撃魔法を繰り出せる。ランは囮の回復役。リーナさんは補助魔法と回復魔法で、俺中心にパーティー援護だ。現状のパーティーバランスで中ボスを相手にするなら、この作戦しかありえない。と、なると……。
「そういうことなら、バグ技が使えるな」
俺は心を強くした。フィールドでは使えない、ダンジョンでの中ボス戦だけ使えるバグがある。このバグ技を使えば、敵の攻撃を自分だけに集中させることができる。
中ボス戦で自分、つまりプレイヤーキャラに攻撃を集中させてもあまり意味はない。メインキャラが倒されれば、その後持ち直してボスを倒すことはかなり難しい。だからバグ「技」とは言うものの、使うプレイヤーはほぼいなかった。おまけに、起動が難しいバグ技だったし。
実際、あまり意味がないバグで、ゲームバランスを崩すわけでもない。だから運営も放置していた。いや最終的には修正されたんだが、それはもっと重要なバグを片っ端から塞いだ、その後のことだ。どうでもいいバグとか、手が回ってなかったからな。
ところで今はゲーム序盤も序盤の「学園編」。ということはこのバグ、まだ対処されていない可能性が高い。その可能性に、俺はこの人生と未来を懸ける。それしかない。
それにこいつ、見るからに魔道士系だ。物理で殴ってくるというより、魔法攻撃だろう。ということは、こちらも魔法で防御しやすいし、魔法攻撃も有効だろう。
つまり俺が囮になって三人の魔道士を守り切れば、不可能を可能にする「細い勝ち筋」って奴が見えてくる。真夏の浜辺で学園長が言及したような。
「よし。みんな聞いてくれっ!」
俺は前衛タンク宣言をした。さらにマルグレーテに魔法攻撃、ランとリーナさんに回復や補助系の魔法を指示する。
「わかった」
「うん」
「任せてっ」
緊張した声ながら、みんな返事をしてくれた。敵はなぜか攻撃してこない。敵にとっても「イレギュラー」の俺は初見。おそらくだが、こちらの出方を探っているのだろう。
マルグレーテとランが詠唱に入った。
「モーブくん、これをっ」
このダンジョンで入手した長剣とガントレットを抱えて、リーナさんが駆け寄ってきた。
「装備して。あの相手にこの剣で勝てるとは思えないけれど、牽制や自衛はできる。それにガントレットには、戦闘中のHP自動回復と戦闘速度アップ効果があるから、タンク役には必要でしょ」
「そうですね」
そういやそうだったわ。わずかでも力になるなら、大助かりだ。
「私達のリーダー、前衛でしょ。頼りにしてるからねっ、モーブくん」
言い残すと背後に戻り、ランとふたりでマルグレーテの正面に立った。その位置なら、こちらの攻撃魔道士の前面をカバーしつつ、フロントに立つ俺を補助できるからな。
手早くガントレットを装備し剣を構えると、俺は奴に向かって突進した。高校のとき習った剣道の要領で、敵の足を横に薙ぐ。なんせ相手は三メートル。袈裟懸けに斬るってわけにはいかない。
「……」
無言のまま奴が自分の脚を指差す。
コンッ!
「なにっ!」
なにか堅い岩を斬ったかのように、俺の剣は跳ね返された。たしかに脚には当たった。それでも全くダメージを与えられていない。ボロのローブに、切れ目すら入れられていない。
「くそっ」
俺は一度、距離を取った。三人をカバーするように立つ。
「詠唱速度向上」
「魔法威力増大」
「敵魔法効果半減」
「HP定期回復っ!」
俺やパーティーに向け矢継ぎ早に補助魔法を宣言し、リーナさんが詠唱する。詠唱が速い。さすがは王立冒険者学園の教師。本気になったら凄いわ。
奴がつと、視線を俺からリーナさんに移した。リーナさんに向かい、指を上げかける。
ヤバっ! 野郎の注意を俺に向けないと。
「うおーっ!」
わざと大きな叫び声を上げながら、俺はまた突進した。跳ね返される。また戻る。
それを三回繰り返した。
「よしっ!」
これでバグ技が起動したはず。毎回わざわざバトル開始時の場所に戻ったのは、それが発動に必須だから。相手から一度も攻撃を受けることなく、初期場所から三回攻撃を与えることが発動条件なのだ。相手が俺の出方を伺う戦略に出てくれて助かった。それでないとバグ技発動は無理だっただろう。
普通、こちらのターンが三回来るまで見逃してくれるボスはいない。ターゲティングがランダムなボスならなんとかなることもある。ランダムなら、四人パーティーで三回とも前衛以外を攻撃してくれる確率は、四十二パーセント。つまり四割程度はバグ技が起動できる。
「こっちこいやあっ!」
試しに、叫びながら真横に走ってみた。案の定、奴の瞳は俺だけを追っている。正面ががら空きになり、魔道士三人が射線に無防備に立っているというのに。
よしっ。ヘイト管理に成功した。これで相手の攻撃は、「俺中心」どころか「俺限定」になったはず。その分、残りの三人が存分に力を発揮できる。
パーティーを背後に、俺はそいつの正面に仁王立ちになった。「殺ってみろ」と言わんばかりに。
「魔力増大」
「戦闘中HP二十パーセント増加」
「詠唱速度向上」
使える限りの補助魔法を宣言すると、ランも次々詠唱を終える。リーナさんと合わせ、「詠唱速度向上」がダブル掛けになった。これでマルグレーテの攻撃魔法の手数が増える。
「……」
瞳を閉じ精神を集中させたまま、マルグレーテは口の中で詠唱している。呪文が長いってことは、自分の使える最大威力の攻撃魔法を撃つつもりだろう。マルグレーテもランも、魔力を高める杖をポケットから取り出し、握り締めている。持ってきて良かったな、あれ。
「HP半減っ!」
詠唱が終わり大声で宣言すると、マルグレーテの指先に黒い球体が生じ、敵へと飛んだ。あっという間に巨大化した球体がボスを包む。腹に響く低音と共に、空間が歪むのがわかった。
ふっと球体が消える。ボスの見た目にはなんの変化もない。だが確実にHPが半減したはず。こいつを何発か食らわせHPを削り切った後で、とどめをぶち込む気だろう。
ゲームではラスボスにはこの魔法は効果がない。ただ中ボスには効く。なんといってもボスクラスは、HPが尋常じゃないくらい多い。ちまちま攻撃で削るより、よっぽど早い。ボス戦ならではの、いい戦略だ。半減魔法を十回喰らわせば、HPは千二十四分の一になるからな。
半減魔法を受けても、ボスは全く痛がったりはしなかった。ボロいローブに包まれた右腕を上げ、まっすぐ俺を指差す。
「潰れてもらおうか……」
こちらの戦略を全て見て取って、いよいよ攻撃に転じたってことだろう。
「愚者の淀み……」
指先から赤い稲光が輝き、俺に飛んでくる。腹にスタンガンを百も押し付けられたかのような衝撃が走った。
●次話、未見の中ボス戦に挑むモーブ組。敵の攻撃が自分に集中する中、モーブは倒れずに仲間を守り切れるのか。そしてランやマルグレーテ、リーナの手数は足りるのか。残り時間わずかだというのに……。次話、ご期待下さい




