4-4 スターフェアラー、蘇って海に立つ
長い船旅だ。それに馬車も連れてはいけない。近在の大きめの街に赴きギルドや宿を回って馬車と馬を預ける場所を決め、これからの旅に備え装備や軽量の糧食を整える……などしていたら、あっという間に時が過ぎた。半月後、出立約束の日の正午過ぎに、俺達は例の浜に戻った。
「こいつは……」
送迎馬車から降り立った瞬間、思わず声が出た。
「驚いた」
だってそうだろ。廃船寸前……というか廃船そのものといった体だったスターフェアラー号が、輝くばかりの船体を見せていたからだ。
「随分直したわね」
瞳を細め、マルグレーテが検分した。
「船腹の木材はあらかた張り板で強化されている。それにニスも。あれ……魔導ニスね、防水とモンスター除けの魔導が込められた」
「感じるのか」
「ええ。わたくし、魔導士ですもの。忘れたの、モーブ」くすくす
「それより、グレイフィンさんがいないわね」
リーナ先生が、周囲を見回した。他の仲間は馬丁を助け、送迎の馬車から荷物を下ろしている。
「そうですね、リーナ先生」
以前どおり、船は浜辺のころの上に置かれている。前回と違うのは、大勢の人夫が船を取り囲み、最後の仕上げに掛かっていることだ。船上にも何人かいて、船室の屋根でトンカチを振るっている。だが、そこに船長の姿はない。
「遅いぞ、モーブ」
背後から声が掛かった。
「約束の正午より、二十一分遅れだ」
振り返ると、グレイフィン船長が立っていた。骸骨かかかしのようだった出会いの頃と異なり、生気に満ちた瞳で、髭もすっかり当たってある。これから国王謁見でもするのかといった様子。ただ……。
「あんた、そんな時間に細かい男だったか。そうは見えなかったが」
「こっちは船乗りだ。潮の具合でベストの時間を指定した。リスク管理に神経質なのは、船長として当然だ」
悔しいが正論だ。初見では、このおっさんが正論振りかざすタイプには思えなかったが。
「だがなんでぼろを着ている。支度金はたんまり渡した。あんた、それで船を直したんだろ。なのになぜ、その服なんだ」
出会ったときと同じ、「服」とは名ばかり、崩れかけの布も同然だ。
「……モーブ、お前には関係ない。要は俺が仕事をこなせさえすればいいんだろ」
「まあ……そうだが」
「なら気にするな。……おい」
グレイフィンが手を振ると、人夫が全員頭を下げた。
「グレイフィン様、作業終了しました」
「スターフェアラーの普請を任せて頂き、身に余る光栄です」
「孫子の代まで自慢できます。そのために折れた手すりは頂きました」
口々に感謝の言葉を浴びせてくる。
「どうやら……」
重い穀物袋を軽々と地面に放り投げると、ヴェーヌスが苦笑いした。
「この男も船も、訳ありのようだな、モーブよ」
「なんでもいいさ。俺達を向こうの大陸に送ってくれる、ただひとりの男。貴重な人材だ。ぼろを着てようが船が訳ありだろうが」
「……おい」
グレイフィンの合図で、人足が船に取り付いた。滑車を前後から使い、船をころで転がし、ゆっくりと浜辺を移動させる。滑車とこの軋む音が響いた。
ごうん。
腹に音が響くと、スターフェアラー号は、もう水に浮かんでいた。それからも縄で引き、桟橋へと横付けさせる。
「頼む」
グレイフィンが目配せすると、人夫の棟梁が大声を上げた。桟橋から船まで渡し板が掛けられ、俺達の荷物が次々船に運び込まれてゆく。
「さて……」
グレイフィンは、こきこきと首を鳴らした。
「始めるか」
「グレイフィン」
横から声が掛かった。見ると、この港村の網元だ。最初に声を掛けて断られた男だから、間違えようがない。
「あんたがまた陸を離れるとはな」
痩せこけた頬で、笑ってみせた。
「長生きはするもんだ。こんな貧乏で、早く死にたいと常々思っていたもんだが……」
「あんたは長生きするさ、アルバート。そして村のために尽くすんだ」
「……あんたに言われると、そんな気持ちが蘇るな」
首を傾げて笑ってみせた。
「村を頼んだぞ」
「ああ」
ふたり、がっちり握手している。
「もう十九年早く、あんたの復活を見たかった」
「……言うな、アルバート」
「……悪い」
「さて」
俺に視線を向ける。
「全員搭乗せよ。荷物は詰み終わった。お前らの使う船室は、乗ればすぐわかるはずだ」
「少し時間をくれ」
俺は仲間を見渡した。みんな生気に溢れ、気合充分だ。
「よし、みんな行こう」
幅の狭い渡し板を皆、注意深く上り始めた。バランス感覚に優れたエルフ連中は渡し板を使わず結構な距離を越えて飛び移り、人夫からやんやの歓声を受けている。
「待て」
渡し板に踏み出したアヴァロンの腕を、グレイフィンが掴んだ。
「その猫」
アヴァロンが胸に抱える眠り猫を、グレイフィンが顎で示した。
「そいつは俺の操舵室に寝かせてやってくれ。寝床はもう据え付けてある」
「……」
アヴァロンの視線を受け、俺は首を縦に振った。特に問題はない。どうせ寝てるだけだ。それに神格。人間の悪さなど受け付けまい。グレイフィンはなぜかこの猫に執着していた。おそらく海事の守り神かなんかにしたいんだろう。
「よし」
渡し板を上るアヴァロンの後ろ姿、巫女袴から揺れる尻尾をじっと見ていたが、尻尾が船室に消えると俺に視線を移す。
「乗れ、モーブ。俺とお前で最後だ。すぐ出港する」
「ああ」
俺と船長が船に移り渡し板が外されると、人夫の間から拍手が巻き起こった。
「ああ、この船出をまた見られるとは……」
「船旅ご無事を海神にお祈り申し上げます」
「グレイフィン様……あの……リ……」
声に応えることもせず、グレイフィンは操舵室に入った。手招きするので俺も入る。そこには猫を運び込んだアヴァロンとルナヴィアがいた。他の皆は船室や船倉で忙しく作業しているのだろう。
「これは……」
舵輪の前に小さな鳥居が据え付けられその先、羽二重と思われる白銀生地のクッションで、猫が丸まっていた。もちろん意識はない。
「まるで本尊だな」
まあ本来は狼神なんだから、これでいいのかも。しかし鳥居があるところを見ると、この男も船も、元は東の大陸、つまり失われた大陸と関係があるのかもしれない。
「さて……」
舵輪の脇には、大きな宝玉が取り付けてあった。占いに使う水晶のような透明半球。そこにグレイフィンが手を置くと、宝玉がかすかに輝いた。銀色に。
「おっ……」
轟音が腹に響いた。操舵室の扉から身を乗り出して上を見ると、するすると帆が上っていく。ひとりでに。
「魔導帆船か……」
ヴェーヌスが唸った。
「強い……力を感じる。魔族の力とも異なる」
「これは……のぞみの神殿の霊力に近いですね」
「……」
呟いたアヴァロンを横目で見た船長グレイフィンだったが、なにも口にはしない。
「出港する。目的地は失われた大陸。……その前にもうひとつの目的地、ブリギット島に」
「墓地だな。お前の執着する」
「……」
俺の問いに、グレイフィンは答えなかった。船は振動し、ゆっくり桟橋を離れた。もやい縄を巻いていた人夫が歓声を上げ、手を振る。俺と仲間とグレイフィン、それにスターフェアラー号は、安全な大陸を離れた。一路、危険な地へと向かい。
●本年もご愛読ありがとうございました。
明年もモーブの嫁探し旅(違うかw)にお付き合い下さい。




