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4-3 星に征く船

「この……猫か」


 生命力を失い、猫はすやすや眠り続けている。獣人巫女アヴァロンの腕の中で。ただの昼寝中にしか、普通は見えない。このおっさん、なにがわかったんだ。さり気なく見ると、アヴァロンも微かに首を振っている。


「まあ……寝ているだけだが」


 とりあえず無難に返す。外形的事実としては、間違ってはいない。永遠に昼寝している神格というだけであって。


「あんたらも訳ありだな。『向こう』に渡りたいなんて馬鹿が、いるはずはない」

「……」


 今度は俺が黙り込む番だ。


「乗せてやらんでもないぞ、このスターフェアラーに」


 船腹を、拳でこんこんと叩いた。叩くと木が軋んだんで、不安しかない。


「遥かなる星に征く船……いい名前ですね」

「……」


 猫を撫でながらアヴァロンが微笑んだが、男は返事をしなかった。言葉はそこで途切れた。俺達ひとりひとりを時間を取って順番に見つめ、長い間、口を利かない。


 俺達も黙っていた。こいつがなにか考えているのは明白だったからだ。いくらふっかけられるかとかじゃない。もっとこう……なにか別レイヤーの思考だ。


「ここからは……」


 ようやく、男は口を開いた。


「こちらは生きる死ぬの航海になる。行きはまだいい。あんたらは強そうだから、モンスターも大渦もなんとかなるだろうさ。だがあんたらを下ろしてから戻ることは不可能だ。だから……」


 ほっと息を吐いた。


「だから俺は、向こう岸であんたらの帰りを待つことにする。あんたらと一緒に、この大陸へと戻ろう」

「それは助かる。帰りの船旅が心配だったからな。……ただ俺達が浜辺に戻るまで、結構日数掛かるぞ。下手すると……数か月とか」

「別に構わん」


 首を振った。


「岸辺で小魚でも取って食うから。水は湧き水。最悪でも海水を沸騰させ蒸気を集めれば、真水は得られる。俺は放浪の船乗りだからな。辺境の海暮らしは慣れてる」

「待っている間は……その……ご家族は」


 リーナ先生に、男は頷き返した。


「そちらも構わん。男やもめの天涯孤独だ」

「連れて行ってくれるんだな。金は弾む」

「ああ……と言いたいところだが、条件がある」


 ほら来た。


 心の中で、俺は溜息を漏らした。男が言うように、この航海は命がけだ。いくら金を積んでも、請けてくれる奴などいない。それはもう、ここ半月ほどの港町周りでわかりきっていたことだ。


「……なんだ」

「途中、多少逸れて小島に寄りたい。危険な場所だ。それを許してくれるなら」

「構わん」


 俺は即答した。


「いえ、まだよ」


 マルグレーテが口を挟んだ。


「そこでなにをなさりたいのかしら」

「墓参りだ」

「モンスター跳梁ちょうりょうにより、向こうの大陸との航路が途切れて長い。命の危険を冒して墓参りなど、馬鹿のすることだ」


 ヴェーヌスは言い切った。


「誰の墓だ」

「……あんたらには関係ない」


 それだけ口にすると、視線を落とした。


「それが条件だ。どうする。受けるのか、受けないのか」

「その条件を飲む」


 飲むしかない。この野郎がなにを企んでいるのかはわからない。墓など嘘八百で、海賊の巣かもしれない。


 船で俺達に毒か眠り薬でも盛って、本拠地に連れ込む。後は俺達を好きにすればいい。たしかに俺達は強いが、魔導アイテムで奴隷化することは可能だろう。以前、ポルトプレイザーの奴隷商人にレミリアが首に巻かれた、魔導チョークアイテムのように。


 こいつの観察眼は鋭そうだ。全員俺の嫁だと悟ったに違いない。俺を人質に取れば、皆を自由にできる。肉体的にも、精神的にも。そう考えたのかもしれない。


 ……だがリスクを冒さないと、虎の子は得られない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺は虎の穴に飛び込むぜ。どうせ元々即死モブ。俺はこうやって生きてきた。これからだってそうさ。


「では契約成立だ」


 立ち上がった男は、尻をぱんぱんと叩いた。大量のほこりが、ボロ服から飛び散る。


 汚れ切った手を拭いもせず、俺に差し出す。


「あんたの名前は」

「俺はモーブ。仲間の名前は、出港の日までには教えよう。どうせ……すぐには出られないだろ。陸で干上がってる船だ。準備は必要だ」

「ああ。船も俺も、準備が必要だ」


 男は頷いた。


「俺のことはグレイフィンと呼べ、モーブ」


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