4-2 打ち捨てられた浜辺
「ここもダメか……」
大陸東端の廃れた港町。最後の頼みの網元に俺達は、けんもほろろに叩き出された。いくら金を積んでも、「失われた大陸」になど、誰も俺達を運んではくれない。
「しかたないわね、モーブくん」
リーナ先生は、溜息をついた。
「あの大陸との通商が途絶えて二十年以上よ。交易で栄えたここも今や、見る影もないもの。大きな廻船は皆、買われて土地から消えたようだし」
「大型漁船はみんな腐って捨てられてたよね、港に」
ランは瞳を陰らせた。
「かわいそうな漁船さん……」
魚臭い磯風が、弱々しく吹いている。俺は太陽を見上げた。東端の街々を回ってみたが、どうやらここで詰みのようだ。呑気に春の光を投げている太陽野郎に、なんだか腹が立つ。
「近海で小魚を捕って干物にして出荷する。それが今の主要産業……というか唯一の産業らしいからな」
「今の網元からして、服がぼろぼろだったもんね」
レミリアは肩をすくめた。
「普通、差配元は豊かに暮らすものだけどさ」
「近隣の街を回って、全ての商船ギルドにも漁師網元にも断られたわね」
マルグレーテは眉を寄せた。
「どうする、モーブ。この際、船を買ってわたくしたちだけで航海するとか」
「それは危険だ」
ヴェーヌスが言い切った。
「あたしらの中に、船旅の勘所を持つ者はいない」
「森詠み、森走りなら、あたしたちエルフが得意なのだが……」
シルフィーも困り顔だ。
「ならやはり、海況や海に詳しい専門家の同乗が必要だな」
「ひとつ提案がある」
ニュムが口を挟んできた。孤絶する古エルフたるアールヴのニュムは、普段は口数少ない。なにか提案するのは、珍しいことだ。
「どうかな、ルナヴィア。婚姻形態を解きハイドラゴン本来の姿になって独り、大陸に渡っては」
「自分だけでクエストをこなすわけか……」
シルフィーが考え込んだ。
「たしかに一案ではある」
「それは無理でしょう」
カイムが冷静にツッコんだ。
「敵が誰であれ、ホワイトドラゴンを捕縛してマナの苗床にしている相手です。ドラゴンが現れれば、飛んで火に入る夏の虫では」
「それもそうだし、その前に悪いが……」
ルナヴィアは首を傾げてみせた。
「余はすでに婚姻形態を取ってしまった。モーブを婿に取るためにな。この人型形態を簡単に解くことは、自分でもできん」
「なら生涯その形なわけ」
「そうでもない。たとえば……」
レミリアの問いにルナヴィアは、俺に視線を移した。
「モーブが亡くなり、子を成せないとなれば自然と形態は解ける」
「よし、モーブを殺すか……」
ヴェーヌスが、指をぼきぼきと鳴らした。
「いや冗談だ」
苦笑いしている。
「そう睨むなルナヴィア。女の形をしてはいても、ドラゴンに睨まれると恐ろしい」
「魔王の娘でも怖いことなんかあるのかよ」
「あああるぞ。モーブに嫌われたらどうしよう……とかな」
「かわいいところあるな、お前」
「ふん」
顔を背けた。少し赤くなっていてかわいい。これは今晩……。
「で、どうするのモーブ。もっと他の街を回ってみる」
「あ、ああマルグレーテ」
例によってアレな妄想に入りかけていた俺は、現実に戻ってきた。
「もう近隣に港町はない。この街でも全ての航海関係者に当たり尽くした。……だが」
視線で、脇の浜を示した。
「だが、あのおっさんにはまだ聞いていない」
小石混じりの浜辺には、一艘の小舟が揚げられていた。詰めれば二十人乗りくらい。丸太のコロで海から引き揚げたようで、倒れないよう左右から支えられ、大木と船尾をボロ縄で繋いで固定してある。その船尾に寄っかかり、ひとりのおっさんがぼんやり、空を見上げていた。
「大丈夫? あの船は相当……何と言うか……ボロいわよ」
マルグレーテが腕を組んだ。
「それにあの人も……その……」
中年と老年の境くらいか。白髪交じりの髪は豊かだが、手入れは全くされていない。もちろん服はぼろぼろ……というか形を失いつつあり、もはや布に戻りかけている。ともかく漁も航海もする気は皆目なさそうだ。他の漁船は少なくとも港の桟橋に係留されている。なのにこの船は陸住まいだ。見たところ、浜に揚げて相当経っているようにも思える。
「聞いてみようや、ダメ元だ」
身なりや船の様子からして、貧しいのは間違いない。うまく話を持ち込めば、一か八かの人生一発逆転狙いで、金で話が着くかもしれない。そう、俺は判断していた。
「なあ、あんた」
近づいてくる俺達を、おっさんはぼんやり見た。いや見たは見ているのだろうが、瞳が虚ろだ。顔に開いた暗闇の穴のように思えるほどに。
「……」
「俺達は海に出たい。あんた、この船のオーナー、船長だろ」
「……」
「金は弾む。乗せてくれないか」
「……」
返事はない。いくら出すとかどこに行くとか、なにも聞いてこない。もしかしたら口が利けないとか耳が聞こえないとかだろうか。いや、それなら身振りでそう伝えてくるはずだ。なのにこいつは古びたほうきのように船腹に寄りかかったまま、微動だにしない。
「この町ならあんたと家族が生涯贅沢できるだけの謝礼を出す。ただ……行き先がちょっと特殊……というか難しい」
「……」
もうダメだな、これは。
心の中で俺は、溜息をついた。
「まあ……無理ならいいんだ。目指すのは『失われた大陸』だからな」
いよいよ船を買うしかないな。航海技術は誰か……流れ者の船乗りでも探すしかない。
「……その猫」
俺の問いには答えず、アヴァロンが抱く眠り猫を、男は顎で示した。
「その猫は訳ありだな」
ふと気づくと、男の瞳に力が戻っていた。生命力と精神力の。




