4-1 森林逍遥の旅
「どうしたのモーブ、ぼーっとしちゃって」
森を進む馬車の御者席。シルフィーが操る手綱を見るともなしに眺めていたから、マルグレーテに呆れられたようだ。
「まあ……な」
「もっとリゾートにいたかったんじゃないの。なんだかんだでひと月以上、滞在したし」
「疲れているのだろう。なにしろ……」
言いかけた言葉を、シルフィーは飲み込んだ。顔が赤い。
「まあ……な」
「なあに。気が抜けちゃってさ」
マルグレーテが笑い出した。
「しっかりしてよね、『ご主人様』。ここから長い旅よ」
「まあ……な」
甘味神クエストを終えリゾートに戻った俺は、ふたりの新嫁との新婚生活をさらに何日も楽しみ尽くした。そうして今日、こうして仲間と共に東に旅立ったわけだが、たしかに心の一部をリゾートに置いてきた気はする。なにしろゴーゴン孤児院のエリナッソン先生や、リゾート女将ベイヴィル、つまり「新婦」ふたりと、一時的にお別れしてきたからな。
ふたりとも使命があるからさ。いくら俺の嫁とはいえ、かっさらっては行けない。ふたりが泣いちゃったからもう一日滞在を延ばしたけどさ。その晩は……なあ、普段は上品でおとなしいふたりが、すごく乱れたよ。
「まあモーブはほっておこう。あたしらでやればいい」
シルフィーは、馬車荷室の屋根を振り返った。
「レミリア、まだ当面まっすぐか」
「うん」
屋根に腰掛け脚をぶらぶらさせながら、レミリアは瞳を細めた。
「あと三十分くらい。それから道がふたつに分岐するけど多分、右」
「多分じゃ困るだろ」
「ならシルフィー、あんたが風を読みなよ。ダークエルフの魔法戦士だし、名前だって風絡みなのに」
ぷくーっと頬を膨らませる。
「そもそもあんたのが風読み得意なのに御者席にいるのは、モーブの近くにいたいからでしょ」
「ち、ちが……」
赤くなって汗かいてるな。無骨な戦士だけに、こういうところはウブでかわいい。
「おいで、ほら」
「あっ!」
腰を抱いて、シルフィーをだっこしてあげた。
「……」
黙ったまま、シルフィーは俺の腕に胴を抱かれるままにしてくれた。
「レミリア、頼む」
「はーいっ」
ひょいっと飛び降りてきたレミリアが、手綱を取った。
「失われた大陸に行くには、まずこの大陸の東端まで進まないとね、モーブ」
横も見ずに言う。
「そこからが問題。失われた大陸との間の海は荒れるし、危険なモンスターが出る。定期船なんかないから、どうにかして船をチャーターしないと」
「とりあえず東端までが長い。まあゆっくり進もうじゃないか」
「……」
シルフィーの首筋にキスを与えた。なにも言わないが、びくっと震える。なんだか汗かいてて、またかわいい。
「あーあ、わたくし退屈だから、少しランちゃんとボードゲームでもしてくるわ」
マルグレーテの声には、少し棘がある。後で「仲良く」してあげないとな。
「アヴァロンお願い。道を読める人が足りないから」
「はい、マルグレーテさん」
かわいく嫉妬しながらも、ちゃんと必要なリソースを読んで差配してくれる。マルグレーテは賢いな。
「モーブ様、お邪魔いたします」
ふわっと御者席に並ぶと、獣人巫女ならではの、いい香りがした。
「いい匂いだな、お前」
左腕で抱き寄せてやると、くったりとしなだれかかってきた。
「いけませんモーブ様。道が読めなくなってしまいます」
言いながらも、腕から逃げたりはしない。
「いたずらは、シルフィーさんだけになさいませ」
「いたずら? いたずらってこういうことか?」
「あっ……」
脇腹の、アヴァロンの弱点を撫でてやる。
「いけません……モーブ様」
言いながらも、吐息を漏らしている。
「なにがいけないんだ。こういうことか?」
「ん……っ」
「いい加減にしなよモーブ」
さすがのレミリアにまで呆れられた。
「エリナッソンやベイヴィルと別れてきたから、淋しいんでしょ。心にぽっかり穴が空いた感じで」
「わかってるんなら許してくれよ」
「許すよ。でも仕事はしてよね」
「わかったわかった」
とりあえずいたずらは止めにした。でもレミリアの奴、妙にかりかりしてんな。
「ほらレミリア、これ食え」
「なに、餌で釣る気? あたしはふたりみたいにモーブに甘えたりしないよ」
言いながらも、懐から出したナッツの蜜固めにかぶりつく。
「モーブったら気が利くじゃん」
ごきげんだ。やっぱり腹が減ってたか。
「食べすぎるなよ。ここが……出っ張るぞ」
「んんっ!」
右腕を回して腹を撫でてやると、飛び上がった。
「た、食べてるときは止めて。どっちがいいのか、自分でもわからなくなる」
「おう」
「もう……。しばらくこれで我慢してよね」
手綱を握りながらも、体を寄せてくれた。俺の手を、そっと太ももに導く。
「でも動かしちゃダメだよ。手綱どころじゃなくなるから」
「はいよ」
ちょうど南中の頃合いなので見上げると、まばゆい光が高い樹冠から降ってきた。深い森のいい香りが、風に乗って流れてくる。このあたりは道もいいから、今日中になるだけ遠くまで進んでおきたい。遊びかたがたとはいえ、ソールキン一族とルナヴィアのクエストが待ってるからな。




