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3-5 甘味逆転戦略

からい……ってお前」


 俺達全員の呆れた視線を受けても、甘味神メルティスはどこ吹く風だ。


「落ち着きましょう、モーブくん」

「……そうですね、リーナ先生」


 リーナ先生に優しく手を握られて、やる気が戻ってきた。


「大丈夫だよ、モーブ」


 ランも慰めてくれている。


「だって勝負は一回きりじゃないもん。制限時間までにおいしいって言わせればいいんだからねっ」

「たしかに」

「でも残り時間はあと十分よ。もうケーキを焼き直すような時間は残ってないわ」


 マルグレーテの言う通りだ。


「つまり、今のケーキをベースに、なにか考えないとならないわけか」

「難しいのう、モーブ」


 ヴェーヌスも唸っている。


「最悪、こいつを殺せばいいか」

「物騒なことを言うな、ヴェーヌス。スコンブみたいな形とはいえ、こいつも神だ。神殺しは厄介だぞ。多分……こちらが全滅させられる」

「殺されるか、蜜茸にされるかですね、モーブ様」

「ああ、アヴァロン。さて……」


 考え込んだ俺に、全員の視線が集まった。皆、俺のアイデアを待っている。


「……待てよ」


 なにかが俺の脳裏を走った。なにか……解決へと導く、細い糸のようなものが。


「こいつは甘味神だ、そうだろみんな」

「はい」

「うん」

「そだねー」


 全員頷く。面白そうに、メルティスの野郎はこちらを眺めている。


「甘味神なんだから、甘味が日常。つまり甘味は感じないんだ」

「なら、もっと甘くするのかな」

「いやニュム。それだとおかしいし、この甘さなら多少は甘く感じたはずだ。それを『辛い』と、この野郎は言いやがった」

「ということは……」

「……辛くしてみよう。きっと味覚が逆転してるんだ」

「でも大喜利のお題は、甘くておいしいスイーツだよ」

「いやレミリア、こいつの大喜利を思い出してみろ、正確に」

「えーと……たしか」


 レミリアが首を傾げると、きれいな銀髪が揺れた。


「たしか、自分を唸らせるほど美味なスイーツを作れ、だった」

「そうだろ。つまり大喜利のお題は甘くなくていいんだ。うまければ」

「大喜利じゃないわよ、モーブ。それにレミリアまで」


 マルグレーテは呆れ顔だ。


「それより、もう時間がないわよ、モーブ」

「蜜茸を使ったのが失敗なのか」

「いやシルフィー、そこは正しいはずだ。蜜茸を使いつつ、激辛に仕上げる。つまり蜜茸を使わせる時点で、甘くすればいいんだとこっちが考えがち。そこが引っ掛けになってるんだろう。大喜利だからな」

「なるほど。……大喜利ではないが」

「それより誰か、なにか調味料あるか。辛くする奴」

「黒広茸ならあるよ、モーブ」

「なんだそれ、レミリア」

「黒くて幅広いから、通称『幅ネーロ』って言うの。辛い木の子。乾燥させ擦って粉にして調味料に使うんだ。あたしたち森エルフは」

「よしそれだ。出せ」

「うん」


 懐から革の小袋を出す。


「よこせ」

「はい。……って!」


 どさーっ。幅ネーロの粉を俺は全部、ケーキにぶっかけた。


「それ激辛だよ。そんなに入れたら食べられっこないよ」

「いいんだよ。こいつは味覚音痴も同然だからな」


 ──こねこねーっ!──


「ほらできた」

「できた……って」


 幅ネーロ粉を混ぜ込んだせいで、クリームは真っ黒に変色している。


「まず味見だ」


 全員、俺から目を逸らした。激辛なのは見えてるからな。


「……まあ当然か。よし」


 すやすや眠る狼神アルドリーの腹を、俺は軽く蹴った。


「起きろワン公、出番だぞ」


 片目を開けて俺を見ると、嫌々……といった様子でのっそり起きる。前脚を伸ばして、うーんと伸びをした。あくびしながら。


「……ふわーあ。モーブも来ておったのか。どうだ……」


 見回す。


「もう茶番は終わったのか」

「終わった。だからこれ食え」


 ケーキの皿を、眼の前に突き出してやる。


「……なんだ、これは」


 くんくんと鼻を動かす。


「危険な香りがしておるではないか。断る」

「うるさい喰らえっ」


 もがーっと、口の奥に押し込む。


「ほわーあっ!!!」


 飛び上がって口から火を噴くと、自分の尻尾を追ってくるくる回り出した。比喩じゃなく本当に口から火を噴いてて笑うわ。


「よし、味見は完了だ。蜜茸を使いつつ激辛スイーツに仕上がった。狙い通りだ」


 どたどた走り回るアルドリーを無視し、俺は甘味神メルティスに向き直った。


「お前が甘味神なんて名前だから騙されてたぜ。食え」

「……よし」


 差し出されたケーキを優雅にフォークで切り分けると、口に運ぶ。


「……うむ」


 頷いている。


「どうだ。『甘い』だろう」

「……たしかに」


 俺と仲間を見渡した。


「甘くて美味である。単に味だけではなく、仲間を思いやる全員の心が入っておる」


 もう一度頷く。


「合格だ」

「やったーっ!」


 飛び上がって喜んだレミリアが、俺に抱き着いてきた。


「モーブ、大好き」


 キスを求めてきたので応えてやる。


「……好き」


 瞳がしっとり濡れてきた。


「俺もだよ、レミリア」

「……モーブ様」


 服の裾を、カイムが引いてきた。


「その……私も」

「よしよし」


 カイムやシルフィー、それにニュムもハグしてあげた。なんだかんだ、メルティスに捕まってたエルフ組は不安だったんだろう。


「これで解決だね、モーブ」

「ああラン、一件落着だ」

「……モーブよ」

「おうワン公。味見ご苦労」


 アルドリーは恨めしげな瞳だ。


「なんだアルドリーお前、口の周り腫れてるな。犬じゃなくてカバみたくなってるぞ」

「カバではないし犬でもない。余は狼だ。ガウーッ!」

「痛てててててっ!」


 激痛が俺を襲った。


「そこ噛むなっ! そこは大事なーっ!」


 悶絶。


「そのくらいになさいませ、アルドリー様」


 アヴァロンが、やんわりと止めに入ってくれた。


「ここはモーブ様の大事な器官です。その……わたくしたちにとっても」

「ぺっ!」


 吐き出された。


「男の下半身に噛みつくなど、返す返すも気持ち悪いわ」

「大丈夫、モーブ……」

「ラ、ラン。頼む」


 血だらけの下半身に、回復魔法が心地良い。


「……おや」


 面白そうに、ルナヴィアが目を見開いた。


「大きくなってきたのう……」

「超回復……」

「モーブくん……ったら」


 リーナ先生の頬が赤くなった。


「そういうのは、リゾートに戻ってからね」

「どうしても……その……待てないとかそういうのだったら……」


 瞳を逸らしたまま、マルグレーテはそれでもちらちらこちらに視線を投げる。


「その……木陰で……ならいいわよ、わたくし」

「これはこれは……」


 甘味神メルティスが笑い出した。


「面白いコントであるな」

「やかましわ。お前のせいだろ、アホ神野郎っ」


 ぶん殴った俺の腕は、メルティスの琥珀の胴体にぐんにゃりと包まれた。


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