3-4 蜜茸のフルーツケーキ
「さて……」
甘味神メルティスの広場。車座になった仲間を、俺は見渡した。
「まずは作戦会議だ。無闇に突き進んでも仕方ないからな」
「おいしいケーキを焼けばいいんだよね」
脇の調理台を、ランはちらりと見た。
「ケーキとは限らんぞ、ラン。こやつは『自分を唸らせるほど美味なスイーツを作れ』と言ったのだ」
シルフィーは溜息をついた。あぐらを組んでいる。ダークエルフの魔法戦士だからな。
「とはいえあたしらは実際、木の実のショートケーキを焼こうとしていたわけだが」
「方向性としては間違っていないと思うんです、モーブ様」
ハイエルフのカイムは佇まい美しく、柔草の上に正座している。調理台の脇で、狼神アルドリーは丸まったまま。目を閉じ、呼吸と共に気持ち良さそうに腹が動いている。のんきな野郎だ。こっちは一応(笑)危機だってのに。
「ここは森。樹実を使うのは理に適っています」
「だから粉こね班とクリーム製作班に分かれて作業していたんだ」
「そうそう。僕たちはもう少しで焼く作業に入るというところだった。そこにモーブが現れたんだ」
レミリアとニュムが、身振り手振りで教えてくれた。
「そこまではわかる」
俺は唸った。
「なにかおかしなところある、モーブくん」
リーナ先生が首を傾げた。
「いえ……。あまりに素直な展開すぎて」
素知らぬ顔で突っ立ったままのメルティスを、俺は睨んだ。立ってるだけだと琥珀のマネキンのようだ。クリームの甘い香りを含んだ風が、さわやかに通り過ぎた。
「なにかひっかかるんだ。だってそうだろ、こいつは茸神ヴァパクと因縁のある奴だ。ヴァパクのみっつの謎掛けにしたってさ、最後の奴は『謎掛け自体が謎の仕掛け』という、人を食った奴だった。こいつもそのくらい捻った大喜利出すだろ」
「大喜利ではないぞ、モーブよ……」
ルナヴィアが俺を見つめた。
「まあいいじゃんよ。ともかく、木の実を使うまではいいと思うんだ。方向性としては、クリームで演出するショートケーキとか、クリームレスでむしろ素材の素朴な味で迫るフルーツケーキとかさ。……でも他になにか、大喜利のポイントがあるはずだ」
「大喜利じゃないと言ってるでしょ」
呆れたように、マルグレーテが溜息をついた。
「この方は甘味神です、モーブ様」
正座したアヴァロンの尻尾は、ゆるやかに揺れている。
「しかも蜜茸から誕生したお方」
「そのあたりになにかあるかもしれないわね」
リーナ先生の言葉に、俺の脳内でなにかが高速に結合された。
「それだっ! 蜜茸がそもそも引っ掛けのフックだったよな、レミリア」
「うん。あたしが蜜茸を摘んだら、この……なんというか仕掛け……が」
「つまり、その茸を使えばいいんだよ。蜜茸は甘い木の子、スイーツに使えという大喜利お題にぴったりだ」
「解放条件の課題、ね」
マルグレーテが言い直してくれた。
「それはいいとして、どうやって」
「わからんが甘いんだ。細切れにして甘味料代わりに使うとかじゃないか、知らんけど」
「無責任ねえ……モーブは」
「蜜茸は、湯煎してエキスを抽出するといいぞ」
ルナヴィアがアイディアを出してくれた。
「ケーキをこねる水代わりにエキスを使えば、甘味料代わりにもなる。それに木の子自身もフルーツケーキの具材にすれば良い。適度な食感があって楽しい」
「なんで知ってるんだよお前。ドラゴンは木の子なんか食わんだろ」
「今のように人型だったときに食べたんじゃないの」
「馬鹿を言うでない、レミリア。余がこの形態を取るのは……」
薄衣の胸に、そっと手を添えて見せた。
「生涯一度だけ。一生の連れ合いを見つけたときのみじゃ」
「ならどうして木の子の味なんか知ってるのさ」
「超古代の常識じゃわいな」
涼しい顔でレミリアを雲に巻く。
「まあいいや。ともかくルナヴィアの案に乗って蜜茸を使おう。いいな、みんな」
「うん」
全員、頷いてくれた。
「フルーツケーキには、蜜茸、樹の実、それに俺達の携行食の蜜漬干果実も生地に混ぜ込んで焼こう」
「いいねモーブ。おいしそう」
レミリアの瞳が輝いた。全員蜜茸にされて食われるかも……ってのに、こと食い物の話になると能天気な奴だ。
「素朴なフルーツケーキだと、『とてつもなくうまい』と判定されるか微妙だ。せっかく作ってる途中だったんだし、焼いたフルーツケーキにはショートケーキに使うはずだった生クリームを掛けて豪勢にしよう」
「いいわね。塗るんじゃなく掛けるなら、ひとくちごとに味が変わるから面白いわ」
マルグレーテは立ち上がった。
「そうと決まれば、調理に入りましょ。ケーキは焼くのに時間が掛かる。わたくしたちの命はあと一時間と半分くらい。ぐずぐずしている暇はないわ」
「よし」
こうして全員てんやわんやでフルーツケーキを作り上げて皿に載せ、クリームを掛け粉砂糖を振って仕上げたのは、時間切れ十分前だった。
「ほら食え、このクソ神野郎っ」
調理台脇の食事テーブルに、俺はどんと皿を置いた。
「ふむ……」
クソ扱いされたのを気にもせず、甘味神メルティスは、琥珀の目でじっとケーキを見下ろした。
「良い香りがするのう……。見た目もいい。芳醇な土を思わせる焦茶のクラム、森の初雪のように純白……いや真珠色のクリーム、それに……ところどころ見え隠れする、宝石のような具材と」
さすが甘味神。うまそうに表現するもんだな。でもクラムってなんだ? 首を捻っていたらマルグレーテが、ケーキ本体のことだと教えてくれたよ。
「どれ……」
木の匙で本体……クラムか、ともかくケーキをすくい取り、フォークでクリームを載せて、半透明琥珀色の口に運んだ。
「うむ……」
うんうんと頷いている。
「どうだ。うまいだろ。俺達をもう解放しろ」
「そうだよ。あたしも早く余りを食べたいし」
いやレミリア、今なにしてるのかわかってるのかお前。調理実習後じゃないぞ、これ。
「レトロネーザル・アロマ、つまり口に含んだときに鼻に抜ける香りはいい。しかしながら……」
俺をじっと見つめる。
「まずい。……というか辛い」
「はあ?」
これが辛いとかアタオカかよ。俺達全員で本体もクリームも味見したけど、甘くてうまかったぞ。
いよいよ木の子にされる危機に凍りついた俺達を、甘味神メルティスは涼しげに見た。繰り返す。
「辛いのう、モーブよ」




