3-3 甘味神メルティスの試練
話はこうだった。森の奥で快調に狩り進んでいたエルフ四人と狼神アルドリーは、小動物や貴重な香草の成果に満足し、野草茶で休憩にした。なぜか森が開けた広場が見つかったからだ。カイムが茶を立て、シルフィーとニュムが草を均して車座の場所を作っている間、レミリアは別行動を取った。広場裏の大木の虚に、立派な蜜茸群生を見つけたからだ。
蜜茸は木の子の一種だが、生食できる。糖蜜のように甘く、バニラのように香り高い。喜び勇んで木の子を手にしたところ……。
「こうして、広場にキッチンセットとメルティスが現れたんだよ」
「あー待て待て」
レミリアは一所懸命、泡立て器を振り回しながら説明するので、俺も周囲もクリームまみれだ。
「メル……なんだって」
「メルティス。甘味神メルティスだって、この人」
傍らに立つネジリンボウみたいな半透明琥珀野郎を泡立て器で指した。メルティスとかいう野郎は先程から、レミリアの説明を黙って聞いている。
「甘味神……。知らんのう、そのような輩は」
ヴェーヌスは腕を組んだ。
「余も知らんわい」
「わたくしも存じ上げません」
ルナヴィアとアヴァロンが首を振っている。
「魔王の娘、古代から生きてきたハイドラゴン、それに『のぞみの神殿』正巫女まで知らんなら、これはもう誰にもわからん奴だな」
「モーブくんこそ知ってるんじゃないの」
リーナ先生が、かわいらしく首を傾げた。
「前世はこのゲームのプレイヤーだったんでしょ」
「いえリーナ先生。俺も初耳です。こんな間抜けなイベント、原作ゲームにはなかったし」
「間抜け言った!」
レミリアが振り回した泡立て器に当たって、俺の頭がぽこんと音を立てる。なんでもいいが、クリーム振り撒くのいい加減やめれ。
「それより、神様が現れたのはいいとして、なんでケーキなんか作ってるのよ。おかしいじゃない」
マルグレーテの疑問はもっともだ。
「そうそう。おとぎ話で神様が現れたら普通、望みを叶えてくれるパターンだろ」
「メルティス様が仰るには……」
カイムが続ける。関係ないけどハイエルフのエプロン姿かわいいな。神々しいのに親しみやすくて。さすが俺の嫁だ。
「密茸の秘跡に手を出したからには全員、死んで蜜蝋になってもらうと。それが嫌ならここで、自分を唸らせるほど美味なスイーツを作れと」
「はあ」
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「それで?」
「キッチンセットと素材が出現して、『制限時間は三時間だ。アール・キュイジーヌ』って」
「なんだよ、料理の鉄人かよ」
「モーブ、それはなんだ」
「ああ気にするな、シルフィー。前世で見たショーの一種だよ」
「それでみんなでああでもないこうでもないと、試行錯誤していたのね」
「そうだよ、マルグレーテ。僕はスイーツなんて生まれてから作ったこともないしさ。シルフィーも」
まあ、呪術系巫女筋ニセ男子ニュムとダークエルフの無骨な魔法戦士じゃあなあ。そりゃそうだ。
「レミリアとカイムを中心に、こうやって」
木鉢を傾け、中のホイップクリームを見せてくれた。
「狼神アルドリーは」
「呆れて寝ちゃった」
「だろうな。……それにしてもレミリア、お前」
俺に見つめられるとレミリアは赤くなった。なんと言われるかわかってたからだろう。
「茸神ヴァパク・ソーマのときと全く同じじゃんよ。なんかを食おうと手を出して呪われるという」
「だって……おいしそうだったんだもん」
「だってもクソもあるか。二度も引っかかるとか、記憶力ゼロ警戒心ゼロのドン亀野郎」
「はうーっ」
身悶えしてやがる。知らんわ、もう。
「あのときは三つの謎解きだったよね、モーブ。えーと……」
記憶を振り絞るかのように、ランは斜め上の空を見上げた。
「ひとつめが謎幽霊サダコさんの謎。ふたつめは転送失敗者の魂を救うこと。みっつめが……」
「待て」
突然、メルティスって野郎が口を開いた。ここまで黙って事の成行を見守っているだけだったのに。
「ヴァパクを知っておるのか」
「知ってるもクソも、このレミリアがとっ捕まって俺達、みっつの謎を解かされたんだよ」
「甘味神メルティス様……でしたよね。ソーマ様をご存じなのですか」
「うむ」
マルグレーテの問いに、重々しく頷く。
「幾千年かの昔、余が密茸から産まれたとき。茸神ヴァパクが余の親権を主張して揉め──」
「ああもういいわ。聞きたくない」
どうせくだらない因縁に決まってる。
「それよりレミリアとみんなを解放しろ。もういいだろ。俺は茸神の謎を解いた。言ってみればあんたの揉め事の敵討ちしてやったんだから」
「いや、ヴァパクの縁者ともなれば、そうはいかん。むしろ……」
俺をじっと見つめた。
「蜜茸になる候補者が増えたということだ。四人+狼神から、十一人+狼神へと」
「この野郎……」
「いいのか、モーブとやら」
俺に睨まれても、甘味神メルティスは涼しい顔だ。
「残り時間はあと一時間と五十八分だぞ。ああ、全員うまい蜜蝋になるのが楽しみじゃて」




