3-2 レミリア一行、行方不明
「お前も好きだな、モーブ」
俺の手を、ヴェーヌスはそっと握ってきた。
「昨晩、女将や先生と『結婚』したばかりだというのに」
「まあ……そうだけどさ。なんだか独りで寂しそうだったからさ」
「……」
黙ってしまった。朝食を終え、馬の世話だのなんやかやに時間を取られると、もうランチ。ランチ後、またぞろ丘に独り寝転んだヴェーヌスが、なんだか気になったんだ。
「あたしはこれが楽しいんだ。仲間の姿を遠目に見て、こうして孤独に浸るのが」
さすが魔王の娘。あんまり群れたがらないのは、前から感じていた。それでいて意地らしいところもあるんだよ。嫁になる前の話だが、俺の古シャツを着てひとり、ブランケットにくるまってたりとか。まだ俺への気持ちを自覚してない頃……というか無意識に抑圧していたときで、ああやって俺の匂いに包まれると安心できたらしい。
「そうか……」
「とはいえ、お前はあたしの婿だ。いつでも自由にするがよい」
ボンデージの紐を緩めると、俺の手を服の中に導いてくれた。
「それがお前の権利だと言っておるのではない。私もそうしてもらいたいのだ」
うっとりと瞳を閉じる。
「ねえモーブ……」
いつの間にか、横にマルグレーテが立っていた。
「どうした」
背中で返事する。
「エルフとアルドリーが戻らないの、なんだか変よ」
「夜までには戻るだろ。野営するとは聞いてない。それに狼神がついてるんだ。危険なことなんかないさ」
「レミリアが昼ご飯に戻ってこないのよ、モーブ」
「……なるほど」
服から手を抜きヴェーヌスに口づけを与えてから、身を起こした。
「そいつはおかしいな」
「狩りの獲物でランチにした可能性はあるけれど朝、レミリアとアルドリー、それにエルフのみんなは、昼までには戻るって言っていたもの」
「どう思う、ヴェーヌス」
「うむ……」
服の乱れを直すと、ヴェーヌスは立ち上がった。
「一大事だな」
ヴェーヌスは冗談で言っているのではない。レミリアが昼飯を抜くなんてあり得ないからな。
「モーブよ、皆をまとめよ」
「捜索するか」
「ああ」
頷いた。
「アヴァロンの嗅覚で後を追おう」
●
森の子エルフ四人組に狼神アルドリーだ。馬車の使える道から逸れている可能性が高い。馬と馬車はリゾートに置いたままにした。アヴァロンとヴェーヌスを先頭に、俺達は道なき道を突き進んでいる。
この陣形はもちろん、万一の戦闘に備えてだ。
森エルフのレミリア、魔法戦士ダークエルフのシルフィー、霊力に優れるハイエルフのカイム、呪力攻撃なら任せろのアールヴ・ニュム。それに狼神アルドリー。これだけ揃っていれば戦闘で潰され動けなくなっている蓋然性は低い。だが念の為だ。なにしろレミリアが昼飯に戻ってこないのは事実だからな。エルフや狼神と共に。
「モーブ様。五人の香りが高まってきました」
俺の前方十メートル。笹薮の陰から、アヴァロンの声がした。
「近づいています。もうすぐ接触するかと」
「どうだ。ヤバい臭いはするか。血とか爆薬とか、モンスターとか」
「いえ。ただ……」
笹薮のがさがさ音が低くなった。アヴァロンとヴェーヌスが、速度を落としたからだろう。
「生クリームの香りがします。微かに」
「はあ? なんだそれ」
頭が混乱した。それならトラブルじゃなく、普通に豪華なランチでも食ってるってことになる。
「レミリアちゃんが持っていったのかな」
「いえランちゃん。調味料くらいは懐に入れていたかもだけれど」
リーナ先生が、後衛から俺の隣にまで上がってきた。
「クリームとなると牛や獣の乳に泡立て器、それに木の鉢とか香料が必要よ」
「手ぶらで出かけておった。それはありえんだろう」
最後尾で後ろを警戒していたルナヴィアが、首を傾げた。
「なんだかわからんが、念の為全員で固まって動こう。とりあえず接敵はなさそうだし」
「はい」
「うむ」
「おう」
「ええ」
今連れているのはランとマルグレーテ、リーナ先生。アヴァロンとヴェーヌス、それにドラゴン婚姻形態のルナヴィアだ。ベイヴィルは女将の仕事があるし、エリナッソン先生は、孤児院の子供の世話がある。だから眠りこける猫と共に置いてきた。
「とにかく命の危険はなさそうだ。だがなにがあるかわから……って、なにしてんの、レミリア」
「あっ、モーブだ! おーいおーいっ」
手にした泡立て器を振ると、白い泡が飛び散った。多分……生クリームだな。アヴァロンが嗅ぎ分けた。
藪を抜けた先の野っ原に、レミリアはいた。エルフ連中も。全員、狩りの服の上にエプロンを装着していいる。手にしているのは剣や弓でなく、包丁に泡立て器、すりこぎにピーラーとかだ。四人は木でできた長テーブルの前に立っている。
狼神アルドリーは、四人の脇で猫のように丸まって顔を自分の腹に突っ込み、目をつぶっている。死んでいるのではなく、どう見ても寝ている。そうして……。
そうして、レミリアの横に、謎の人物が立っていた。人間……というよりモンスターだろう。飴細工のような半透明の琥珀色で、顔も手足もなんだかねっとり。蝋人形が半分融けたような有り様だから。
「レミリア、これは……」
とりあえず危険はない。俺はそう判断した。なんでこんなところにキッチンセットがあり、しかも四人で調理台を囲んでいるのかはわからんが、少なくとも敵と戦う姿ではない。エプロンだぞ。それにこのモンスターも、闖入してきた俺達を、じっと見つめているだけだし。
「えーん……怖かったよう……モーブ」
泡立て器を抱えたままレミリアが抱き着いてきたから、俺の顔にまで甘い香りのクリームが飛び散った。




