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1-4 水神霊スガミ

「さて……どうしたものか」


 御者席で揺られながら考え続けたが、まだうまくまとまらなかった。森林の獣道を、俺達は東に向かっている。もちろん、消えたベイヴィル女将の力になるためだ。


「なんとかなりますよ、モーブ様」


 エリナッソン先生が、俺の隣に座っている。


「モーブ様は強いお方ですし」

「それはどうかしら」


 俺を挟んで反対側には、マルグレーテが位置取っている。戦略思考に沈んだ俺の代わりに、手綱を握って。


「要するに、女将さんは啓示を受けたんだよね。私室地下の聖地で」


 例によって荷室の屋根に座り込んだレミリアは、山道の先を見ながら足をぶらぶらしている。


「ええそうです、レミリアさん」


 エリナッソン先生は、背後を振り返った。レミリアを見て髪の蛇も、うんうんと頷いている。


「ベイヴィルさんは祖霊から警告を受けたのです。リゾートを支えている湖の水脈に危険が迫っていると」

「それも、モンスター絡みだ」

「ええ、モーブ様。スガミという水神霊だと」

「……」


 さっきから、俺が悩んでいるのはこれだ。スガミは原作ゲームの中ボス。東方の女神が変質したモンスターで、原作では「のぞみの神殿」近辺のオープンエアダンジョンボスだ。それがなぜ全然違う土地に出た。しかもこいつ、対処が極めて面倒な神霊なのだ。


「だからって、たったひとりで向かうなんて無謀よね」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「実際、それでリゾートのスタッフは皆、反対したのです。ですがベイヴィルさんは自分が対処すると言って聞かなかった……」


 昨日エリナッソン先生から聞いた話はこうだった。


「デュール家の運命は弱り、残された血族はもはや私ひとり。私がやるしかありません。それこそ祖霊の地を守る私の役目」──というのが、ベイヴィル女将の主張だった。


「それに……」


 付け加えた女将は、背後の大木を振り返った。


「私にはデュール家永世の友がついています」と。


 のっそり。


 大木の陰から姿を現したのは、スカーフェイスで隻眼銀毛の巨大な狼。


「あれは……」

「狼神……。まさかアルドリー様では」

「いかにも」


 老狼神アルドリーが体を震わせると、抜け毛が飛んだ。


「体がなまっておる。久し振りに暴れるとするか……」


 笑って。


「デュール家の危機ともなれば、余の危機も同じ。余が家督を守るが故、心配するでない」と。


 こうしてふたりは去った。東の方角に。アルドリーの背に、女将が跨る形で。デュール家伝来の鎧甲冑を、女将は身にまとっていたという。


「でもそれからなんの音沙汰もありません。孤児を引き連れ林間学校に来ていた私も気を揉んでいたのです。そこにモーブ様が現れて……」


 髪の蛇がうんうんと頷く。


「やはりこれは運命ですね。ベイヴィル様とモーブ様。それに……私の」

「それはいいけれどエリナッソン先生、孤児を置いてきていいんですか」

「あら、マルグレーテさん……。みんな、私が居なくなってのびのびと羽を伸ばしてますよ。幸い、リゾートの方々が良くして下さっているし。それに……」


 くすくすと、エリナッソン先生は笑った。


「ビックルとハックルは石化させたままですからね。あのふたりが暴れなければ、孤児院は平穏です」

「ふふっ」


 マルグレーテも連れ笑いした。ゴーゴンの技で石にさせられた悪ガキふたりは、リゾートを守る神像のように並べられている。なんせその前にコインが投げられてるからな、何枚も。もちろん、リゾート客がなぜか有難がってお供えしたものだ。


「モーブは知ってるんでしょ、そのなんとかいう水霊のこと」

「スガミな、レミリア」


 こいつは厄介なんだ。スガミは泉に棲んでいる。ほとりではなく、水中に。それも沈んでいるとか泳いでいるわけじゃない。水面に立っているんだ、逆さまな形で水中に。戦闘時、水上や陸上からの攻撃は全く効かない。つまり無敵属性だ。なのにあちらからは普通に攻撃が飛んでくる。原作ゲームでも難易度の高い中ボス戦となっている。


 原作ゲームのスガミは東……つまり日本モチーフの地域に棲んでいる。女神時代は「水神すがみ」として崇められていたが、モンスターへと変質して「スガミ」となった……という公式設定があるくらいだ。


「……まだ道中は長い。水脈の泉とやらまで、何日も掛かる。その間、じっくり考えさせてくれ」

「まあモーブなら楽勝だよねー。こと戦闘戦略に関しては頭が切れるし」


 エルフ服の胸元から果物を取り出すと、むしゃむしゃ食べ始めた。胸がほとんど見えたぞ、呑気な奴だな。


「他は頭空っぽだけどねー。特に、あたしたちと寝台を共にするときとか、まるで獣だし」


 あははははっと、大口開けて笑う。いつものように、のどちんこ見えたし。


「大丈夫ですよ、モーブ様」


 俺の手に自分の手を、エリナッソン先生がそっと重ねてくれた。


「私も戦います。こう見えて、ゴーゴンは役に立ちますよ」

「なにしろ相手を石化させられるものね」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「ゴーゴンの姿を見なければ防げるけれど、それじゃ普通、戦えないもの」

「能力持ちは強いんですよ。えっへん」

「ふふっ」


 ふたり和やかでなによりだ。だが……ふたりはスガミの恐ろしさを知らない。なにしろ無敵属性だ。原作ゲームでの戦闘経験からしても、ゴーゴン石化が通じるとは思えない。


 ──ならばどう戦う。敵は水中。こちらが水中に入って戦うのか。それであれば攻撃は通じる。だが水中は相手の世界。こちらの攻撃はデバフされ、向こうの攻撃は対地上よりさらに強化されている。そもそも水中戦ともなれば、こちらは息が続かない。息継ぎの間はほぼ無防備になる。原作ゲームではそこを衝いてしつこく攻撃してくる、嫌な中ボスだった。


「……」


 黙り込んだ俺の手を、マルグレーテも握ってくれた。


「難しい顔しないの。悩んでいるのね、戦い方について。……一緒に考えましょ、モーブ。みんなの知恵を集めれば、きっとなんとかなるわ」

「そうですよ、モーブ様」


 左右からふたりに手を握られて、温かな心が流れ込んできた。


「……そうだよな。ありがとう、ふたりとも」


 マルグレーテを抱き寄せると、エリナッソン先生もまた、俺に体を寄せてくれた。


 たしかにそうだ。


 こんな敵相手だ。地上神であるアルドリーだって苦戦は見えてる。まして女将はただのヒューマン。俺がなんとかしてやらないとならない──そう思い詰めていたが、俺には仲間がいる。即死モブの俺ひとりじゃない。きっとなんとかなる。そう信じて突き進むしかない。いつものように……。


 俺はゆっくり深呼吸した。緊張を解くために。山道の土の匂い、そして森風の香り。芳醇な芳香も、まるで俺を慰撫してくれるかのようだった。


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