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1-3 狼神アルドリー、そしてベイヴィル・デュール女将の不在

「アルドリーさん、いなかったねーっ」


 御者席でランは、山道で跳ねる馬車を操っている。


「そうだな」

「どこに行ったんだろうな、モーブ」


 シルフィーの口からは長い香草が伸び、風に揺れている。ある種の嗜好品──前世の俺世界で言うところのガムみたいなもんさ。じっくり噛んでいると微妙に舌が麻痺する感覚があり、心が落ち着くんだ。


「ねぐら空っぽだったからな。どうなってるんだか……」


 ランとマルグレーテに毛づくろいされて気持ち良さそうに寝転んでいた白い狼神の姿を、俺は思い起こした。


「野郎は野良犬……いや野良猫も同然だからな。気まぐれで旅してるんだろうさ」

「猫ちゃんのこと、訊きたかったのにね」


 御者席の背後、荷室の屋根に腰掛け、レミリアは足をぶらぶらさせている。


「なんたって、モーブとルナヴィアのために自分の命を削ってくれた神様だし」

「まさかの狼神だったからな」

「まあ……今は猫姿だがな。なんでも……謎の転生者とやらに弾き飛ばされて命を削ったらしいし」


 腰の長剣を抜き刃筋を確かめると、シルフィーはまた鞘に収めた。


「そやつとはいつか、戦わねばなるまい。そうだろ、モーブ」

「邪悪そうだからな。そうなるかもと、覚悟はしている」


 心の中で俺は、溜息を漏らした。いやほんと、嫁ときゃっきゃうふふしていたいだけなのに管理者なんかにされて、人生ってままならないもんだわ。


「ほらモーブ」


 レミリアが、前方を指差した。


「見えてきたよ、湖が。湖畔の道路を回り込めば、森林リゾート、エスタンシア・モンタンナだ」


 荒道両側の森に切り取られるように、湖の輝きが見えている。


「アルドリーの放浪先、わかるといいね」

「ああ」


 狼神アルドリーは女将の祖先、つまりデュール家と因縁がある。それもありアルドリーはベイヴィル女将を孫娘のように大事にし、遠巻きに守護してきた。俺と女将が仲良くなったら機嫌悪くしたしな。


「そう願うよ。……ラン、少しスピードを落とせ。ここから下り坂だ」

「うん」


 ランが手綱を操ると、戦闘のあかつき号が馬脚を落とし始めた。


          ●


「あっ! 俺の嫁だーっ」

「ラン姉ちゃんだ-っ!」


 馬車から下りた俺達を見るや否や、ガキふたりが目ざとくランを見つけた。脇目も振らず一直線。目を見開いて両手はわしわしと、胸を揉みしだく構え。あれは……確認するまでもないな。悪ガキビックルとハックルだわ。ゴーゴン孤児院の。


「それっ!」


 飛びつこうとした瞬間、ふたりの髪をわっしと掴んで引き止めた女。それはもちろん……。


「モーブ……様」


 暴れるガキ猿を両手に提げたまま、俺に微笑んでくれる。頭髪代わりの小さな蛇共といっしょに。


「エリナッソン先生」

「まあまあ……皆さん、お揃いで」


 背後の俺嫁に視線を流す。


「モーブの兄貴、また嫁が増えてるじゃねえか」


 腕を組んで呆れた様子のルナヴィアを、ビックルが指差した。


「けけっ、ホントだ。さすが淫魔の兄貴だ」

「誰が淫魔だ、アホ。……お前ら変わらんな」


 髪掴まれてぶら下げられてるのにビックルとハックル、元気だな。痛くないんか。それに……エリナッソン先生、まさかの怪力。あんなにたおやかな姿なのに。


「俺達、林間学校に来てるんだ」

「そうそう。孤児院全体でな」

「それもこれも、モーブ様に多額の喜捨きしゃを頂いたからです」


 ぺっこり。先生が頭を下げた。


「ところで……モーブ様方はこのリゾートに、どのようなご用向きですか」

「けけっ先生、そんなの決まってるじゃねえか。新婚旅行だよ」

「そうそう。新しい嫁っ子いるし、エリナッソン先生も嫁になるし」

「ビックルハックル……」にっこり

「なんだい先生」

「黙ってなさいっ!」


 かっ! 頭髪蛇が赤い口を開いて睨むと、悪ガキふたりは石化した。


「ふう……」


 石像ふたつをごろんと転がすと、先生は溜息をついた。


「これでようやく静かに話せますね、モーブ様」

「そうだな」

「わたくしたち、リゾートのベイヴィルさんを訪ねてきたのよ。ちょっと……猫さんのことで相談があって」

「ベイヴィル様ですか……」


 なぜか、エリナッソン先生は瞳を陰らせた。


「あの方なら不在です。……それについては、リゾートでちょっと騒ぎになっておりまして」

「なにかあったのか」


 なんとなく胸騒ぎがする。祖先から受け継いだ赤字リゾート経営という重圧に耐え健気に頑張っていた女将の顔が、脳裏にちらついた。


「ええ。実は……」


 エリナッソン先生の話は、長く続いた。

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