エキストラエピソード 満天の星空
その晩の寝床。
裸のマルグレーテを抱き寄せたまま、俺は星空を睨んでいた。ドラゴンとリーナ先生の呪いを解いたとはいうものの、里は遠い。穴の縁まで這い上ったところで野営にしたのだ。
なんだかんだ、戦闘からの穴上りで全員疲れ切っている。元気なのは底なしの体力を誇るヴェーヌス、それにファイター系のシルフィーとVIT値の高い獣人アヴァロンくらい。レミリアは空元気で騒いでいたが。どっちにしろ俺は疲労困憊だ。なら寝るしかない。
「……モーブ」
「おいで、マルグレーテ」
「……すぅ」
夢現のマルグレーテを抱き寄せてやった。
嫁嫁言ってはいたがドラゴン──ルナヴィア──は、特に迫っては来なかった。まあ当然だろう。それに俺だっていきなり言われても、まだ愛情なんか抱けていない。遠い未来の約束くらいのつもりでいる。
寝床をマルグレーテと共にしたのは変な話、ご機嫌取りだ。なにかにつけ何度も強く握られたらかなわんからな。嫁がふたりも増えて困惑していたマルグレーテだが、俺の愛情に変わりはないとわかれば、かわいい嫁に戻ってくれるし。
「それにしても複雑だ……」
この世界の因果について、満天の星空を見ながら考えた。
この世界は三度、滅亡に瀕した。最初の危機は、世界リセットを狙った先代アドミニストレータが、邪悪な穴から世界を焼き尽くす熔岩的ななにか邪悪な物質を流し込んだとき。ルナヴィアがそれを阻止し、代償として逆鱗に呪いを埋め込まれた。
それに操られ闇落ちしたルナヴィアは、昏睡の末に邪竜、ダークドラゴンとして目覚めた。ワラキアの里を襲ったもののソールキン嫡子捨て身の技に敗れ、一族への呪いを残して再度眠りについた。
ドラゴンの呪いを解くことで俺は、ソールキン一族の呪いも解いた。
冥王の剣、それに宿るドラゴンスレイヤーの力で龍を倒すなら、それなりの代償を払うことになると、冥王ハーデスと正妻wペルセポネーは教えてくれた。命に関わるような代償ではなく、ハーデスに通底する魂を持つ俺であれば、乗り越え……いや乗りこなせるであろうと。
これ多分、ドラゴンを嫁に迎えよって暗示とか予言の類だよな。ハーデスはメンテーを妾にした浮気者。そいつと俺が通底してるってんだから。これはペルセポネーの当てこすりだなー、連れ合いに対する。それに「乗りこなせる」ってのはドラゴンライダーになった俺のことだろうし、もっと深い裏を探るならルナヴィアを嫁に迎えての家庭管理ってことだろうし。
「魂を掴め」の真意について、ドワーフの婆様は推理してくれた。「長く眠りについておったのだ。そのドラゴンも長い夢を見ていたに違いない」──と。「ドラゴンと言えども、我らと同じ生き物。幸せな人生が頭をよぎりもするものよ」──とも。
だからこそ、あの過去の悪夢を一緒に追体験した俺、背に跨がりドラゴンライダーとなってしまった俺のことを、婿に迎えようと決意したのかもしれない。ドラゴンは孤絶して暮らすと、ルナヴィアは教えてくれた。長い孤独の末に婿を迎えるとも。それであれば突然の嫁宣言も、わからなくはない。
「だが……」
一見、ここまでの歴史には論理的な齟齬がないようには思える。とはいえ、ひとつだけ奇妙な点がある。物語に俺が登場して歴史を変えた。その結果世界に論理的矛盾が生じ、それが時間と共に拡大する形で世界の危機をもたらしつつある──。そう、アルネは教えてくれた。
しかしこのドラゴンを巡る危機、ここに俺が導いた問題はない。それは俺が登場するはるか前に始まった案件であって、俺はそれを解決しただけだ。
「なら本当の危機は、他にあるってことか」
なんてこった。そっちは全然進んでないってことじゃんか、これ。
「いつまでぶつぶつやってるの、モーブ」
マルグレーテが、頭を撫でてくれた。
「起こしちまったか、悪いな」
「いいのよ、ほら」
マルグレーテが天を指す。きれいな胸の形が、月明かりに浮かんだ。
「素敵な星空よ。楽しみなさい」
「……たしかに」
「星っていくつあるのかしら。わたくし、子供の頃に自室の窓から数えたけれど、いっつも寝落ちしてしまったわ」くすくす
銀河系の星が一億だか一兆だったか。そうして宇宙には銀河がやっぱり億の単位であって、それぞれが一億もの恒星を抱え、それぞれの恒星は惑星を取り巻きにしている。
このゲーム世界がそこまで作り込んであるとは思えないから単に映像だけなのかもしれない。それでもやはり、そこにはなにかしらの神秘が感じられる。
「ほら、また考え込んで」
撫でてくれた。
「ランちゃんも呼んでこようか」
「……いや」
頭を起こして見たが、少し離れた場所で、ランはヴェーヌスと抱き合ったまま寝床に入っている。あいつ、ヴェーヌスとなんだか妙に仲いいしな。
「ぐっすり眠ってる。かわいそうだ」
「ならわたくしともう一度する? わたくしはいいわよ」
「いや……今日はこのまま寛いで寝よう」
「そう……」
俺の頭を、マルグレーテは胸に導いた。;
「ならわたくしの胸で眠りなさい」
「そうする……」
「ほら、口に含んで」
「……うん」
幸せが舞い降りてきた。天使の喇叭と共に。
「これからどこに行くの、モーブ」
「そうだな……」
考えた。
「俺とルナヴィアの命は、猫に救われた。そのせいであいつは昏睡に陥っている。あいつ……狼神だとわかっただろ。だから一度、アルドリーに見せてみよう」
「同じ狼神だものね」
俺の頭を撫でてくれる。
「もしかしたら覚醒させる方法を知っているかもしれないわ」
「そうそう」
「なら……」
撫で続ける。羽のように柔らかな手で。
「ならば湖畔のリゾート、エスタンシア・モンタンナにも顔を出しましょう。アルドリーさんの根城の近くだし。モーブも……会いたいでしょう、ベイヴィルさんに。……モーブのお嫁さんのひとりだし」
「……」
胸に溺れているうちに、睡魔が忍び寄ってきた。それからも続くマルグレーテの問わず語りを聞きながら、俺の意識は夢の世界へと落ちていった。心地良い。




