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10-6 世界滅亡の幻影

「……」


 気がつくと、俺は立っていた。どこか見知らぬ場所に。神により荒々しく穿うがたれた要塞のような、切り立った山々。その最も高い頂上に。針のように尖った岩が、俺の足場。同じような隣の切戸キレットに、若い女が立っていた。アラビアのおとぎ話のような、薄衣を身にまとって。


「……」

「……」


 俺と女は幼馴染のように並び、まっすぐ下を見つめている。はるか下。棘のような山々の麓は、赤熱する熔岩に包まれていた。まるでこの山脈が、大海に浮かぶ小島のようだ。


「……ここは」


 ふと、記憶が戻った。俺は今、ドラゴンと戦っていたはず。そうして逆鱗を貫いた瞬間、なにかに絡み取られて……。


「みんなはっ! ここは? ドラゴンは? 先生の呪いは──」

「……」

「お前は誰だ。それにここは──」


 まさかと思うが俺、死んだのか。だがそれなら冥王の前に立っているはず。この女はなんだ。冥王とはまた別の、地獄かなんかの入口を守る門番だか女王だかなのか。


「口数が多いな、お前は。……見よ」


 俺を見もせずに、女は下を指差した。


「世界は三度、滅亡に瀕した。最初の危機がこれだ」

「これは……」


 改めて、俺は見回した。今気付いたが、見渡す限りの世界が、熔岩に沈んでいる。このわずかな頂を残して。


「瀕した……ということは過去なんだな、これは。俺達は幻想の世界で、過去を見ている。尖った岩の上に立っていてもふらつかないのが、幻影である証拠だ」

「ほう」


 初めて、女は俺を見た。


「直情型の馬鹿と思っておったが、知恵は回るか」


 微笑む。


「いかにも。これは過去の残像よ。余が……世界を飛んでおった頃の」

「お前……もしかしてドラゴンか」


 いや見た目は普通に人間としか思えないが。薄衣を通し、へそまで透けてるし。それによく見たら、どえらい美人だ。


「ふん」


 鼻を鳴らすと、はるか遠くを指差す。


「あれが見えるか」


 全天が真っ黒な雲で覆われている。普通の雲じゃない。邪悪な渦巻きのようだ。遠くの空だけぽっかり雲に穴が開き、そこから真っ赤な滝が流れ込んでいる。


「……もしかして熔岩か、この世界を埋めた」

「世界の外から突然、あれが落ちてきた。世界は焼かれ、生き物は死滅した」

「そんなバックストーリーないぞ、原作には」

「お前は知っておるはず。管理者であろう」

「……いや知らん。てかなんで俺がアドミニストレータだと知っている」

「あれはアドミニストレータという存在が起こしたのだ。意のままにならぬ世界を一度滅ぼし、再創造するために」

「マジか……」


 あの四つ頭野郎、一度は世界を滅ぼしかかったんか。ループ物で世界をやり直すかのように。


「だが野郎は成功しなかった。滅びなかった世界は、自然に再構築されたんだな」

「うむ」


 頷く。


「あの穴は、余が焼いた。塞がってからは世界が変わった。この惨状が嘘であったかのように、瞬時に元に戻ったのだ。人々の生命も、魔物の躍動も。そうして……余は眠りについた」

「はあ……アドミンの横槍が消えて、アルネが創造した世界に戻ったんだな。ということは、お前はドラゴンだなやはり。あいつ、冬眠ドラゴンという話だったし」

「好きで眠ったわけではない。あの穴と戦ったときに、魔法でもないなにかを撃ち込まれた。逆鱗の上に。それに支配されたのだ」

「……あの青黒い汚泥みたいな奴か」

「自分では見えんわい」


 自虐的な笑みを浮かべる。


「とにかく、余は眠りについた。深い穴で。夢を見ていたのだ。長い長い夢を」


 つと、溜息をついた。


「幸せな夢であった。……始めは。だが次第に悪夢に変わった。世界を滅ぼせと、なにかに命令される、悪夢に」

「そいつは先代アドミニストレータが遺した呪いって奴だ、どうせ。……そうか」


 俺の脳内で、瞬時に全てが繋がった。


「あの汚泥が逆鱗に取り憑いた。逆鱗がお前の急所と、アドミニストレータは知っていたから」


 逆鱗は頚椎けいついにある。直下の脊髄内部を走るのは、頸髄けいずい、つまり太い神経だ。


「そうか……、逆鱗から頸髄、そして脳神経まで、汚泥は根を張り巡らし、まずお前を眠らせた。それから徐々に思考を支配したんだな。悪夢を見せて誘導し、冬眠から目覚めたら世界を滅ぼせと。そうして原作ゲームのシナリオに沿った、新世界の構築に協力せよと」

「そうであろうのう……」

「目覚めたお前は、ワラキアの里を襲った。操られるままに。……だがそこには、謎の力を持つソールキン一族がいた」

「……」


 黙ったまま、女ははるか下を見ている。自分の過去がそこに積層しているとでも言わんばかりに。


「ソールキン一族嫡子には、代々伝わる捨て身の禁忌魔法がある。それを食らって瀕死の重傷を負ったお前は、また眠りについた。……火口に落ちる直前、ソールキン一族の女に吸血の呪いを掛けてから」

「口数が多いのう……やはり」


 ふたつの瞳が、俺を捉える。初めて存在を認識したかのように、じっと見つめてくる。


「……だが、あれだけの仲間を率いる男だけはあるか」

「俺は原作プレイヤーだからな」

「原作……」


 不思議そうに眉を寄せた。


「ああ気にするな。そこ説明すると長い。とにかくあれに支配され、お前はドラゴンロードから徐々にダークドラゴン化しつつあった。体色からもわかるように」

「ふむ」

「お前の逆鱗を貫いたと思っていた。だが俺は、アドミニストレータの青黒い野望を潰したんだな」

「そういうことだ」

「ならどうして今、ここで……」


 俺は両手を広げてみせた。


「こんなところで呑気に過去の映像なんて見てるんだ、俺達は。今頃、現実でお前も正気に返って問題解決。俺とお前を含めた全員で、万々歳しているはずだ」

「それはのう……」


 気の毒そうに首を傾げた。


「余とお前が死にかかっておるからよ。過去を見ておるのは、『今際の際』という奴じゃ」

「はあ? どういうことよ」

「アドミニストレータという奴は、一筋縄では行かん。呪いを解いたお前、それに余が死ぬように仕組まれておるのだ」

「くそっ。あの腐れ社畜野郎っ!」


 思わず呪詛の言葉が漏れた。


「俺はまだ死なん。九人の嫁が……いやポルトプレイザーのジャニスと孤児院のゴーゴン先生と湖畔リゾートの女将がいるから、十二人の嫁か。……いやCRの話だと、俺も知らんもうひとりの嫁がいるらしいから、一応それ入れて十三人の嫁だ。とにかく十三人の嫁を幸せにする義務がある」

艶福えんぷくじゃのう……。絶倫と言ってやってもいいが」


 苦笑いしている。


「まあ命は諦めよ。これも宿命だ」


 隣の頂から手を伸ばすと、俺の手を握る。


「余も感謝しておる。最後の最後、死ぬ間際とはいえ、あの忌々しい呪いから解放してくれて」

「いやお前はそれでいいのかも知らんが、俺は困る」

「よいではないか」


 くっくっと笑う。


「あの世に落ち着いたら、余を嫁に迎えよ。静かな冥府冥界暮らしだ。他の嫁が天寿を全うし合流するまでは、嫁はひとりでもよいではないか」

「はあ? お前ヘビトカゲだろ、なに言ってるんだよ」

「ドラゴンは各個体が孤絶して暮らす。同類の友も婚姻相手もおらん」

「だからなんだよ」

「恋の季節になれば我らは婚姻形態を取り、人型種族と交わる。そうして子を成すのよ」

「じゃあお前は、仮想のアバターじゃないのか。その姿に、現実でも化身するのか」

「うむ」


 頷く。


「余を悪夢から解放してくれた男の嫁になるため、この姿となった」

「マジか……だが嫁がどうとか、どうでもいい。俺が死ぬのは最低でも五十年後と決めている」

「運命だと言うに……むっ」


 ドラゴンが息を呑んだその瞬間、なにかが起こった。眼前の映像が、奇妙に歪み始めている。凄い風が、この世界に吹いている。幻影の過去が全部吹き飛ばされていく。真っ黒な雲も、眼下の熔岩も、足元の山々でさえも。


 それに体がなんだかむず痒い。なにか、高速エレベーターで一気に降下しているときのような。


「なんだよ。俺達、とうとう死んだんか。冥王の面なんか、見たくもないんだがな、俺は」

「違う」


 ドラゴンが断言した。


「どう違うんだよ」

「なにかが起こっておる。現実世界で」

「だから死んだんだろ、俺とお前が」

「なにが起こったのかは不明だ。だが、わかっておることもある。余とお前は……戻される」

「戻される?」

「現世へ」

「生き返るってのかよ」

「うむ。……凄い力を感じる。これはもしや――」


 なにか言おうと女が口を開いた瞬間、俺の視界はブラックアウトした。

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