10-5 リーナ先生、封印を破られ味方を襲う
「ランーっ!」
ブレスはすぐに止んだ。しゃがみ込んだランが立ち上がるのが、揺れる視界に映った。見る限り、火傷はない。
補助魔法と地形効果で耐火炎効果が高まっていたからだろう。だが安心してはいられない。他の仲間ならともかく、再度ブレスを受ければランは危ない。そう判断したのか、反転したアヴァロンがランを抱え、真横に跳んだ。
「くそっ」
早く俺がなんとかしなくては──。焦るものの、首をもたげたドラゴンの背中は、想定以上に動く。逆鱗こそ見えてはいるものの、剣を握ってぶら下がるようにしがみつくのが精一杯だ。
ドラゴンは大きく口を開けた。喉の奥が赤熱し始めているのが、壁の反射でわかる。次のブレスを吐くつもりだろう。だが──
ふと、ドラゴンは口を閉じた。中衛で詠唱を続けるリーナ先生を見て、首を右に傾ける。そのまま、足元の石を爪で蹴り飛ばす。手裏剣のように尖った石が、回転しながらリーナ先生に向かう。体を反らしかろうじて躱した先生の喉から、なにか銀色に輝く物体が飛んだ。
あれは……まさかアミューレット……。タチバナの。
瞳が赤く輝き始めた──と思う間もなく先生は、隣で弓を引くレミリアに襲いかかった。首に唇を付けて。
「いかんっ!」
先生はアミューレットの護持を失った。ソールキン一族の呪いが発動している。
「抑えろっ!」
跳ねる首の上で叫んで、舌を噛んじまった。
目を見開いたまま痺れたように、レミリアは動かない。だらんと垂らした腕から、弓と矢が落ちた。血液……というか生命力を奪っているのだ。シルフィーが飛びかかって引き剥がそうとするが、頑として離れない。カイムが呪文を唱えたが、なにも変わらない。マルグレーテの攻撃魔法がドラゴンの目に飛び、火花を散らす。
「うおーっ!」
激しく明滅するバトルフィールドに、ヴェーヌスが走り込んできた。魔法を避けるように滑り込み、ドラゴンの前脚に激しいキックを浴びせる。
「やれっ! モーブっ」
叫ぶ。立ち直ったランはまた魔法を詠唱し始めている。すごい勢いで、アヴァロンも突っ込んでくる。
「こちらは長くはもたんぞっ!」
「モーブ様ぁっ! ブレスがっ!」
アヴァロンの叫び声と同時に、ドラゴンが二発目のブレスを吐いた。今度は後衛のマルグレーテを襲う。
「くそっ!」
元がドラゴンロードだから当然かもしれないが、こいつは知性が高い。着実にこちらの戦力を削ぎに来ている。封印を破られたリーナ先生はもはや野郎の駒も同然。そのあたりは先生に任せて、厄介な攻撃者を順次潰しに来ているのだろう。
ブレス一発は防げても、再着弾となればおそらく死ぬ。運良くこの世にとどまれたとしても、少なくとも戦闘不能にはなってしまうだろう。いずれ俺の陣営はジリ貧になり、最終的には全員、冥王の前に顔を出すハメになるに決まってる。
「やってやるさっ!」
懸垂の形で、剣を掴んで体を引きずり上げた。首に跨がり、乗馬の要領で下半身で強く締めて体を固定し、剣をもう一歩前に突き刺す。そしてまた進んでいく。眼前に見えている、逆鱗に向かい。
「ぐおーっ!」
大声で吠えるとドラゴンは、首を振り始めた。小さな寄生虫が首に付いたことに気付いたようだ。
「死ねいっ!」
思いっきり跳躍したヴェーヌスが宙返り。重いキックを野郎の顎に叩き込む。咥えてやろうと開いた口に、マルグレーテの魔法が飛び込む。走り込んだアヴァロンが、前脚を蹴った。動きを抑え、俺が振り落とされないようにと。そのまましゃがんで地面に手を着くと再度、別種の地形効果を叩き込む。一瞬、地面が青白く光る。おそらくだが、相手の動きを低下させる効果あたりだろう。
「モーブ様っ!」
「わかってるっ」
揺れる視界の隅に、リーナ先生と中衛集団が映る。すでにレミリアは倒れている。今はシルフィーが絡め取られている。相手が仲間だけに、ニュムの攻撃も苦し紛れといった感じ。それにそうだ、吸血中のソールキン一族は無敵状態だった。つまり向こうは時間稼ぎできればいいほう。いずれ全員倒される。わかってる。俺がやらないと。だが──。
「くそっ!」
こう揺れては厳しい。進むどころか、落とされないようしがみつくのでいっぱいいっぱいだ。
「んあーんっ!」
俺の胸から、猫が飛び出した。抜群のバランス感覚でとんとんっと首を駆け上がり、ドラゴンの鼻面に立った。身を反転させて、野郎と睨み合うように。
「なーんっ!」
「……」
一瞬、ドラゴンの動きが止まった。猫と見つめ合っている。
「お前は……」
初めて口を利いた。人間の言葉が話せるのか、ドラゴンって……。
「なーんっ」
「お前は……狼神の……」
猫の瞳が俺を捉えた瞬間、俺は立ち上がった。首の上に。意図は伝わった。
「うおーっ!」
そのまま駆け上る。俺に気付いたドラゴンが、首を大きくもたげた。猫が地面に飛ぶ。もう足元は揺れるだけ。踏ん張りも利かない。振り落とされる瞬間、俺は跳躍した。頭のすぐ後ろに、ヘッドスライディングするように。最強のドラゴンスレイヤー、草薙剣の魂を持つ、輝く剣を振りかざして。
「喰らえやーっ!」
逆手に構えた剣を、逆鱗に叩き込む。強い手応えがあった。だが──。
「なにっ!?」
逆鱗に巣食っていた青黒い汚泥のようななにかが、絡みついてきた。剣を這い上がり、俺の手、そして腕が包まれる。
その瞬間、俺の意識はどこかに飛んだ。どこか……暗闇の世界へと。




