10-4 戦端
ドラゴンは、大きく口を開いた。鋭い牙と赤い舌が見える。
そのまま数秒。口は静かに閉じられた。
「……驚かせやがって、クソが。死ぬかと思ったわな」
「あくびをしていますね」
ハイエルフのカイムは、注意深くドラゴンを見つめている。俺は全員を見回した。
「野郎が気付いたらどうなると思う」
「まず体を起こす。こちらを探って敵の数と種族を確認する。戦いの基本だ」
シルフィーは魔法戦士だ。戦術には詳しい。
「それから大きく息を吸って……」
「ブレスが来るんだな」
「ああ、モーブ。ドラゴン、それもドラゴンロード級の高温ブレスだ。事前に防御魔法を掛け攻撃の八割を低減させていたとしても、防御が持つかはわからん」
下手すれば、初手で全員焼死か……。
考え込んだ俺を、みんなが見つめている。猫まで俺の胸、服の間から見上げている。
「奴に狙いを絞らせないようにする。全員、横一列に広がって進むんだ。野郎がターゲットを考える間、一秒は稼げるから」
「それがよい。わずかなりとも時間を稼げれば、こちらの勝率が上がる」
「たとえ分散していても、ブレスは危険だ。下手すればこちらは数人が倒されちまう。だからその一秒の隙に、俺が逆鱗を狙う。それなら野郎はもう俺への対処で精一杯で、みんなを攻撃するなんて後回しになるからな」
「つまり彼奴が目覚めたら、その瞬間にお前をぶん投げればいいのだな」
「そういうことさ、ヴェーヌス。頼んだぞ」
「任せよ」
「頼もしいな、お前。……ともかく野郎に考える隙を与えない。それが重要だ」
「目覚めないのがベストね」
注意深く、マルグレーテはドラゴンから視線を外さない。
「そういうこと。直近まで近づいたら、俺は野郎の体をよじ登る。俺達で言えば、背中に蝿が這うくらいの感覚だろう。寝ていれば気づかれない。そして首に跨がりドラゴンライダーとなる」
「あとはその剣だな」
「ああ。どのタイミングでも気づかれたらヴェーヌス、俺をぶん投げろ」
「一秒でも惜しいからのう……。気づかれたとあっては、一気に勝負に出るしかないわい」
「気づかれたら、秒勝負だ。だから俺だけは密集する。俺の左右にヴェーヌスとアヴァロン、どちらかがぶん投げやすいように」
「あとは全員、散るのね」
「そうです、リーナ先生。俺達三人は首に近い左壁沿いを進む。みんなは右に展開して下さい」
「ドラゴンさんが起きたらどうする、モーブ」
「そうだな、ラン。その決め事は重要だ。俺は空を飛ぶ。他のみんなは、なんでもいいから攻撃しろ。野郎の気を散らすんだ。対処一杯になるように。ブレス攻撃の隙を与えないために。もちろん──」
リーナ先生の手を取った。
「例の技は封印です。たとえ俺が倒されても。……いいですね」
「……モーブくんの判断なら、そうする」
「んなーん」
なんだか知らんが、猫もわかったようだw
「よし行くぞ。まずは補助魔法で防御と地形効果を展開しろ。敵の攻撃力を低減させる魔法は使うな。魔導の力を感じたら目覚めるかもしれん」
「うん」
「わかった」
ランとリーナ先生が目配せし合った。他の連中も、小声で詠唱に入る。魔法が連発される多色の輝きが、何度も明滅した。微かに。
「よし、展開」
俺の合図で、全員が左右に広がる。猫はそのまま俺の服の中だ。例によって胸から顔だけ出している。
右側を見ると、みんな無言で俺を見つめている。黙ったまま、俺は右手を倒した。俺とヴェーヌス、アヴァロンの歩みに合わせて皆、ゆっくり進み始める。音を立てないようすり足で。
三十メートル……二十メートル……十メートル──。
……でかい。体長は多分十メートル程度だが、尾を丸めているから、それも含めたらかなりだろう。それにオーラ……というか立ち上る気配が神々しい。闇落ちした邪竜とは、とても思えない。ダークドラゴン化しつつあるとはいえ、さすがはドラゴンロードだ。
かさっと音がして、全員脚を止めた。見るとドラゴンの足元、丸い根巣の間から、小石が転がり落ちた音だ。ドラゴンがわずかに身動ぎしたんだろう。夢でも見てるのかな。幸せな夢ならいいがと、ふと思った。
しばらく静止したが、動きはない。再度腕を倒し、全員を進ませた──と、その瞬間。
ドラゴンのまぶたが、いきなり開いた。
瞳は金色に輝き、猫目が俺を捉えている。まっすぐに。
「投げろっ!」
俺が叫ぶのと、ドラゴンが体を起こすのが同時だった。
ヴェーヌスにぶん投げられ胴体に向かう俺の目に、ドラゴンが口を開いた光景が映った。喉の奥が赤熱している。
「くそっ! 速いっ!」
ブレス起動が、予想よりずっと速い。
ドラゴンの口は、まっすぐランに向けられている。
マルグレーテとリーナ先生、シルフィーの体から、攻撃魔法と減衰魔法がドラゴンに飛ぶ。レミリアとカイム、ニュムの鏑矢が、悲鳴のような音を曳いた。アヴァロンとヴェーヌスは、陽動のため、前脚に向け駆け出している。
早く……速く……。
焦る俺の体が、背中に着地した。ちょうど羽と羽の間。生物というのに硬い。まるで岩山に叩きつけられたかのようだ。ただ温かみがあることだけが、生き物である証だ。
そのまま向こう側に転がり落ちそうになる。
「くそっ!」
剣を背中に突き立てて、なんとかこらえた。ドラゴンと接触したためか冥王の剣は、まばゆいばかりの緑の輝きを放っている。
「見えたっ!」
首の真ん中、そこに青黒いなにかが盛り上がっている。腐った泥のように。あれが逆鱗だろう。俺が頭を上げた瞬間、あまりの眩しさに目がくらんだ。
ブレス──っ!
野郎、寝ぼけやしねえ。それにブレス起動も、想定よりはるかに速い。
「くそっ!」
黄金の炎が真紅の縁取りを纏いランの体を包むのが、視界の隅に映った。




