10-3 ドラゴンの巣穴
垂直絶壁。穴縁の岩肌を注意深く先行するニュムが、俺を振り返った。下を指差し、それから手で突つくような仕草をしてみせる。見ると大きな横穴が開いていた。
俺に脇につくバランス役は、獣人巫女アヴァロンだ。俺の視線を受け、頷いている。
あの横穴ってことか……。
アヴァロンの嗅覚は鋭い。あの先に、ドラゴンの存在を感じ取ったのだろう。
よし。
頷くと、ニュムが穴の縁まで進んだ。片目だけ縁から出して一瞬、中を覗く。それから俺を振り返り、両手枕に眠る形を作ってみせた。
ドラゴンがいる。予定通り眠ってるってわけか。
手で指示して少しだけ中に入らせる。俺とアヴァロンが続いた。
やはり……ここか。
横穴は、入口こそ狭いが、奥に向けてどんどん広がっている。五十メートルほど先だろうか。とにかく横穴はそこで行き止まりの部屋になっており、天井からなにかの灯りで金色に照らされていた。おそらく魔導照明の類だろう。
木の根の類と思われるものが、渦巻くように大量に置かれている。鳥の巣にも似て。その中央で、なにかが犬のように丸まっていた。
ドラゴン……。
近づかないと正確にはわからないが、どう見ても全長十メートルはある。肌は金色だが、背中から腹に掛けて闇色に変色している。寝ているようだ。少なくともまぶたは閉じられている。
「ダークドラゴン化していますね、やはり」
腰を落としたアヴァロンは、地面の様子を確かめている。戦闘に備え。ニュムが合図をして、仲間をここに進ませている。
「里で訊いていた体色より、ずっと闇色が広がってるな」
「はい、モーブ様」
アヴァロンは瞳を陰らせた。
「たしかにドラゴンロードですが、もうほとんどダークドラゴン化しています。……かわいそうに」
「闇落ちしたか……」
「どうする、モーブ」
マルグレーテに手を握られた。
「野郎は寝ている。千載一遇の好機だ。やるしかない」
「……そうよね」
頷いた。
「気配はどうだ、アヴァロン」
「深い睡眠の香りです、モーブ様」
「なら今がチャンスだな」
「ええ……ですが」
眉を寄せる。
「ですが相手はドラゴン。油断はできません。特に……もし逆鱗に触れれば、即座に目覚めるでしょう」
「急所だもんな」
俺だっていきなり金玉握られたら、百年の眠りからだって覚めるわ。
「婿殿、最後の一撃まで逆鱗に触れてはならんぞ」
ダークエルフのシルフィーに釘を刺された。
「触らぬようによじ登り、一気にとどめを刺すのだ」
「逆鱗って、どんな形だったっけ」
「頭の後ろ、首との境に一枚だけあるのよ、モーブくん」
リーナ先生は、注意深くドラゴンの様子を探っている。
「見ればすぐにわかると言うわ」
「ドラゴンさん、なんだか苦しそうだね」
少しだけ、ランは心配顔だ。
「悪夢でも見てるのかな」
「行こうよ、モーブ」
懐からなにかを取り出すと、レミリアはもぐもぐやり始めた。
「とっとと終わらせて、ご飯にしよう」
「今なんか口に放り込んだだろ」
「枸杞の実。長いスカウト任務に就くときの、エルフの保存食だよ」
微笑んだ。
「腹が減っては……だよ」
「そうだな、レミリア」
能天気なレミリアのお陰で、少し緊張が解けた。そうだよな。いくらドラゴンが強大だと言えども、俺にはみんながついている。いつものように、なんとかなるさ。
「いずれにしろ、いつまでもここでかかしのように突っ立っていても仕方ない。幸い野郎は夢の中だし」
「では行くか」
楽しそうに微笑んだヴェーヌスが、首を傾けぽきぽき鳴らした。
「ここから巣まで三十メートルといったところだ。手順はどうする」
「ここからお前にぶん投げてもらうわけにはいかない。いくらなんでも遠すぎるし、進路の放物線が天井にぶつかっちまう」
「近づくか。気配を消し、ゆっくりと」
「そういうことさ……待て」
一歩踏み出した俺の脚は、その場で凍りついた。まぶたを閉じたままのドラゴンが、口を開けたからだ。




