10-2 ドラゴンの気配
「俺の剣が……」
俺の脇で餌を漁っていた猫が顔を上げる。刀身の光が反射し、瞳が輝いた。
「なんだこれ」
「草薙剣の魂が、ドラゴンの気配を感じ取っているのだろう。……どれ」
俺から剣を受け取ったシルフィーが、刀身に指を走らせた。
「うむ。熱くなっている。間違いないな、これは」
「アヴァロンさんも近接を感じ取りましたしね」
「ドラゴンが近いんだね、モーブ」
カイムとニュムも頷いている。
「なんにつけ、明日の話だ。今日はここで眠ろう。無理して進む必要はない。感覚的にはもう夕方頃だし」
「わあ。じゃあ晩御飯の準備するね、あたし」
うきうきで、レミリアが食材を取り出し始めた。いやお前、今昼飯終わったばかりだろ。もう腹減ったのかよ。
「それにしても……モーブ」
洞窟の壁に背をもたせたマルグレーテが、俺にくっついてきた。
「なんだ、甘えたいのか」
肩を抱いてやると、肩に頭を乗せてきた。
「十三人めって、誰」
「……」
嫁の話か。それまた蒸し返すのか。今ここで。明日にはドラゴン戦があるというのに。というか……。
「CRの間違いだ」
反射的に、声が出た。
「俺は知らん。お前やみんなと楽しくやるだけで幸せだ。それにそもそも最近、年頃の娘さんと知り合ってもないだろ」
「それはそうだけど……まさか……」
顔を起こすと、見つめてきた。
「まさかリーナ先生のお母さんとか」
「いやいやいやいや」
手をぶんぶん振ったよ。
「んなわけあるか。いくら俺がエロ魔神とはいえ、良識も節操もあるわな」
「それはそうだけど……」
まだ不満げだ。
「他に思いつかないし」
「モーブくんは私の故郷でヘンなことなんかしないわよ、マルグレーテちゃん」
リーナ先生も、さすがにくすくす笑ってるな。
「お母さんだけじゃなく、他の誰にもね」
「なら誰よ」
「知らん。だからCRの誤解だっての」
「ミドルウェアだよ、彼女。間違えることなんてあるのかな」
ランは不思議そうだ。嫉妬しているとかじゃなく、純粋に疑問という顔。
「まあ、俺もそうは思う。でも実際、心当たりないからなあ」
「アヴァロンはどう思うんだ」
剣の手入れをしていたシルフィーが、顔を上げた。
「モーブの情事なら、お前は嗅ぎ分けられるはず。最近……なにか匂わなかったのか。その……モーブの……う、浮気……というか」
「感じませんね」
首を振った。
「モーブ様の体からは、朝になると、添い寝していた皆さんの香りがします。リーナ先生やマルグレーテさんと抱き合って寝た翌朝なら、ふたりの。最近のモーブ様からは、私達、そうここにいる方々の香りしかしていませんね」
「CRが間違えたというなら、それはそれで危険だのう」
ヴェーヌスが眉を寄せた。
「あいつはアルネと共に、この世界の平衡を保つ存在。その片割れが誤作動を起こしているならいずれ、その矛盾が致命的な反動を招くやもしれん」
「……そうだな」
前世でもあったからなー、PCのセキュリティーアップデートしたとたんにブルースクリーンエラーとか。偉そうな面こそしてるもののそもそも、アルネの野郎は原作ゲームをバグ祭りにした張本人だ。ヴェーヌスの懸念はもっともだと言える。
「まあ……そのへんは、ドラゴン戦の後で考えようや。なんならアルネにCRの動作を検証させてもいいし」
「きっと赤ちゃんができたからだよ」
ランは楽しげだ。
「そっちに気を取られてたの。誰だって間違えることあるしねー」
「なるほど」
あり得なくはない。
「ならいいけれど……」
マルグレーテは、俺の体に腕を回してきた。
「ねえモーブ、わたくしやみんなのことを、ないがしろにしたら嫌よ。たとえ……」
俺をじっと見つめる。
「たとえモーブに新しいお嫁さんが来ても」
「わかってるさ」
抱き寄せてやった。
「俺はみんなが大好き。それは絶対に変わらない」
「ふふっ……」
いたずらっぽく、ヴェーヌスが微笑んだ。
「ならば早速試してみるか。モーブの愛とやらを」
「もう今晩はここで眠るのですしね」
珍しく、アヴァロンも積極的だ。見ると尻尾の揺れが次第に速くなってきている。
「御飯できたよー」
レミリアが大声を上げた。
「もう全員分、皿に乗せたから。あたしは先にちょっとだけ食べちゃったけどさ」
カンカンカンと、金属の皿を叩いた。
「はいはい、食べて食べて」
「あら……残念」
アヴァロンが立ち上がった。
「まあ……夕飯の後、モーブ様のお気持ち次第ということにしておきましょうか」




