9-4 首絞めの日。あるいは十三人の刺客か嫁か。
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ラン「みんなよろしくねー」
マルグレーテ「わたくしのイラストも見ものよ」
「わたくしが……」
進み出たアヴァロンが膝を着くと、寝台のCRに手を伸ばした。そっと手を握る。
「怖いのですね、CR様」
「……はい」
ふわふわの枕に埋まった頭を、こっくりと動かしてみせた。隣には、アルネ用と思われる枕がある。
「初めての体験ですからね。わかります。ましてあなたは普通の生き物ではない」
「……」
「ですがご安心下さい。大丈夫ですよ」
「は……い」
「順調です。……匂いでわかりますからね」
「少し……安心しました」
ようやく微笑んでくれた。だけど……。
「どういうことだよ、アヴァロン。勝手にふたりでわかり合ってさ」
「モーブ様……」
アヴァロンは立ち上がった。澄んだ瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。
「アルネ様は足萎えから回復されました」
「知ってるよ。今だってすたすた歩き回ってるし」
「ですから……です」
「はあ?」
さっぱりわからん。
「モーブよ」
ヴェーヌスが口を挟んできた。なぜだか少し笑っている。
「アルネは足萎えが完治した。いいか、つまり下半身が使えるようになったのだ」
「だからなんだよ」
「モーブ……」
シルフィーが口を挟んできた。無骨なダークエルフ戦士が、困ったような笑顔だ。
「アルネは……その……だからCRは……なんというか……もしかして」
「なんだよみんな、はっきりしろって」
「鈍いわねえ、モーブは」
マルグレーテが溜息をついている。腰に手を当てて。
「することだけは激しいくせに」
「は?」
「CR様はご懐妊されています」
決定的なひとことを、アヴァロンが口にした。
「か、懐妊っ!」
俺と同時に、アルネが飛び上がった。
「アルネ……お前……」
「いや違う、モーブ。いや違わなくはないが。しかし違う」
混乱してやがる。
「擬人実体化したとはいえ、CRはプログラムだぞ」
「どういうこと、モーブ」
ランが首を傾げた。
「要するにだなラン、アルネの子供を身籠ってるんだよ。CRが」
「わあ、おめでとうCRさん。それにアルネさん」
アルネの手を取ると、ランがぶんぶん振り回した。
「その……あ、ありがとう」
まだ戸惑ってるな。
「あ……りがとうございます」
CRは消え入りそうな声だ。恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな。
「人のことエロ魔神みたいに言うけどよアルネ、お前だってやることやってるじゃないか」
「それは……その……」
次第に声が小さくなってきた。いつもの快活明朗な大賢者ぶりはどこ行った。笑うわ。
「まあ……なんだ……そうか……」
俺を無視してしゃがみ込むと、CRの手を握った。
「はっきり言ってくれれば良かったのに」
「アルネ様が心配されては……と」
「CR……私の生涯を懸けて、お前を幸せにしてみせる。たとえ……死人となった私でも」
「アルネ様は死者ではありません。この世界を創り、元の世界から降臨された。私に魂も入れて下さった、神のようなお方です。尊敬しております」
「CR……」
「アルネ様……」
「見つめ合っちゃってさ」
トリムも困り笑顔だ。
「大賢者も型無しだね」
「まあ転生プログラマーと擬人化ミドルウエアなら、いい取り合わせだよ。幸せにな、CR。それにアルネ」
「ありがとうモーブ」
「ありがとうございます」
どうやら解決したか。まさかプログラムを孕ませたとは思わなかったが。
「では約束だ。モーブ、そっちの相談に乗ろう」
CRは病気ではない。それどころか自分の子供を身籠っていると知ってか、声が弾んでいる。現金な野郎だ。
「そうそう。いきなりの妊娠騒ぎで、すっかり頭からぶっ飛んでたわ」
思わず、自分でも苦笑いだ。相談に来ていきなり戦後すぐの松竹映画みたいな懐妊コント見せられたから、調子狂ったわ。
「そういう言い方は止めなさい、モーブ」
マルグレーテにたしなめられた。
「茶化しちゃだめよ、こういうことは」
「そうだな。すまんアルネ。それにCR」
「いいから話せ、モーブ。アヴァロンのおかげで、私も気が楽になった」
なんだ俺のおかげじゃないのか……って、そりゃそうか。男はダメだな、気が回らないから。
「要するにだな……」
俺は説明した。リーナ先生の生まれ故郷で邪悪なドラゴンの胎動が始まっていると。
「アルネ。以前お前が言ってた奴だ。ゲーム世界を俺が荒らし回ったせいで矛盾が溜まった。それが元で、世界運営になんらかの齟齬が出ている。邪竜復活という形で」
成り行きでアドミニストレータ〇〇二になったからには対処したい。リーナ先生の故郷存続の危機でもあるし。幸い俺の手には世界最強のドラゴンスレイヤーがある。……ただし、急所逆鱗を貫くには、なんとかして野郎を眠らせるか気絶させる必要がある。その手段をなにか知らないか。──そう問い掛けると、アルネは首を横に振った。
「そいつは難しい話だな。そもそも原作ゲームにはドラゴンは出てこない。失われつつある種族としての最強伝説が残っているだけで。……またモーブ、お前はとんでもない設定をほじくり返してくれたな」
「考えた末じゃない。俺はただ嫁と楽しく暮らしたいだけだ。即死モブなんてまっぴらだからな。……そうして苦し紛れに動き回っていただけ。世界の矛盾も寝転んでた邪竜も、知ったことか」
「ドラゴンをこのゲームに登場させるなら、裏ボスがふさわしい。ラスボスを倒し世界に平和をもたらした勇者一行の前に、伝説の邪竜が地下で胎動するとか。どうだ、最高じゃないか」
「でもあんたはネクロマンサーを裏ボスにしたろ。ドラゴンじゃない」
「そういうことだ。……だから悪いな。そっちはそっちでなんとかしてくれ。私には邪竜退治より重要な案件がある」
寝台のCRの肩を抱くと、優しく抱き寄せる。
「アルネ様……」
CRの瞳が潤んだ。
「心配するな、CR。俺の子を産んでくれ」
「はい……。かわいらしい女の娘を産みます」
「そうか……よしよし」
そっとアヴァロンを伺うと、微かに頷いてくれた。てことは実際娘になるのだろう。超人的な嗅覚を持つ獣人ケットシーが嗅ぎ分けたんだからな。
「なんでもいいけどさ、ここまで来て手ぶらかよ」
「安心しろ、モーブ。……お前にはもうひとつ、心当たりがあるだろう」
「まあ……な」
「そこを訪ねろ。冥王の元を」
それきり、言葉を切った。CRの頬に手を当て、そっと顔を近づける。
「……んっ。アルネ……さ……ま」
てか俺達が見てる目の前で、キスなんかすんなっての。お前、元は不幸なゲーム開発者じゃんかよ。腹が立ったんでついまた余計なひとことが口を衝いた。
「で、どうだったんだアルネ。ミドルウエアってのは気持ちいいのか」
「……」
無言のまま、アルネが手を振る。──と突然、俺の首が絞まった。誰かに触られてもいないのに。
「ぐえーっ。死ぬーっ」
「そのへんで……CR様」
アヴァロンの言葉にCRが頷くと、謎首絞めが止まった。
「お前には言われたくないわ、モーブ」
アルネは呆れ顔だ。
まあ、それもそうか。実際俺はこうして嫁を何人も引き連れているし。
「なあCR、モーブの嫁は今、何人だ」
「はいアルネ様。昨夜までで十三人です」
心なしか冷たい声だ。
「十……三……」
マルグレーテが首を傾げた。
「やだ……いつの間にかまた、ひとり増えてるじゃない。誰よそれ。このエロ下半身っ!」
「ぐえーっ」
首を締められた。てか俺、どっちに転んでも首を締められるんか。




