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9-3 アルネとCRの異変

「おいアルネ」


 翌朝。退避村の広場で、天に向かって叫んだ。仲間以外にも、里の人がだいたい集まっている。


「どうせ見てるんだろ。ちょっと教えてほしいことがある。声だけでも聞かせてくれ」


 しばらく待ったが、返事はなかった。


「寝てるんじゃないかな」


 ランは首を傾げた。


「アルネさんだってお休みしたい日はあるよね」

「あるのかなあ……」


 何千年にも渡り冷静沈着に、アドミニストレータとの神経戦を戦い抜いた男だ。アドミンは原理的に二十四時間無休で陰謀を巡らせていたはず。革装本のいい香りが漂うあの大書架室で、アルネがマルガリータかなんか飲んだくれて倒れる日があったとは思えない。


 返事がないので不安になったのか、里の人はなにかひそひそ話をしている。


「アルネってば。起きろ。お前のイドに世界管理業務を押し付けられたんだ。ユーザーサポートはどうした。それでもゲーム運営か」

「あ……ああ、モーブか、ちょうどいい」


 ちょうどいい……?


「困り事があるんだ。話を聞いてくれ、アルネ」

「こっちも相談事がある。今すぐ来られるか」

「来られるかったって、そっちは次元の──」


 言い終わる前に、俺と仲間は次元の狭間に転送されていた。例の大書架室に。


「──って、話が早いな」


 思わず苦笑いだわ。こんなに簡単なのはもうアドミニストレータが居ないからだろうけどさ。どんだけ忙しいかは知らんが、ほんならもっと普段からプレイヤーをサポートしろって話だよな。


「モーブ……」


 アルネは立っていた。俺達を迎える大テーブルの前で。


「実は困り事でさ、アルネ」

「その前に相談だ。……CRを診てくれないか」

「CRを……」


 そういや、いつもなら影のように寄り添っているCRの姿がない。


「なにか病気とかですか」

「そうだ、リーナ」

「それはご心配ですね。幸い、私やランちゃんは回復魔法が使えますし」

「病気……って、CRはプログラムだろ。なんかバグでも紛れ込んでいたんじゃないか」


 CRはこの世界の原作ゲーム開発時のミドルウエア、つまり開発ツールだ。激務の末倒れ、アルネは死んだ。その瞬間、この世界を創造して自ら転生してきた。擬人化された存在としてのCRと共に。それ以来CRは、陰日向なくアルネを支えてきた。休むことすら知らずに。なのに突然プログラムが不調になったなら、隠れていたバグにヒットしたか、なんらかの機能がハングしたからだとしか思えない。


「そんな可能性は全部チェック済みだ」


 早口になっている。


「とにかく診てほしい」

「任せて」

「はい」


 ランとリーナ先生が声を揃えた。CRは俺のことも支えてくれた。ヴェーヌスの件で悩んでいた俺にもアドバイスをくれて。理屈はよくわからんが病気だってんなら、協力しないわけにはいかない。


「……モーブ様」

「ああ、起きなくていいよ、CR」


 ふたりのプライベート空間と思われる部屋で、CRは寝台に臥せっていた。いつものビジネススーツ姿ではなく、部屋着か寝間着。ふんわりした細糸織の白ワンピースだ。


「それに皆様。こんな姿で申し訳ありません」

「そんなの気にすんな」


 それにしてもかわいらしい部屋だ。アルネには似合わない。白い簡素な調度品で統一されており、寝台と小さなテーブル、それに二脚の椅子がある。全体にちょっと曲線美のアールヌーヴォーぽいというか、優雅な感じ。おっさんの趣味には思えないから、CRのために整えたんだろう。お堅い社畜アルネの趣味ならむしろアールデコかブルータリズムだ。


「いつからこうなんだ、アルネ」

「一週間ほど前からだ。具合を悪くして食事も取れなくなり、寝ている日が増えた」


 心配そうに、アルネは眉を寄せている。


「プログラムのランチェックはした。ただ……原因を特定できない」

「直せないのか。ミドルウエアなんだから、お前のツールだろ」

「といってもこの世界を創ったときに擬人化したからな。……魂も入ったし」

「すみません……アルネ様。私はサポート役なのに、お役に立てず」

「いいんだCR。お前は私のサポート役じゃない。連れ合いだ。迷惑を掛け合うのが連れ合いだ」

「……はい」


 少し嬉しそうに、ようやく微笑んだ。


 大きな窓があり陽が射しているが、もちろんこの陽はダミーだろう。なんたってここは次元の狭間だから。


「頼む」

「うん」

「モーブくん」


 寝台脇に立つと、ランとリーナ先生がCRの手を取った。ふたりの手から緑の柔らかな光が放たれ、CRの体を包む。


「……」

「……」

「……」


 数分経った。ランとリーナ先生の顔が曇ったから、少なくともいい変化はないのだろう。


「難病なのか」


 ふたりの顔色を見て心配そうに、アルネが呟いた。黙ったまま、ふたりが首を振る。


「……多分だけど、病気じゃないと思うよ」

「私もそう思う。もっとこう……なんというか……」


 ふたりとも、なんだか歯切れが悪い。やっぱりバグなんか……。

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