9-2 俺達の挑戦
「中はひんやりしてるわね……」
洞窟に入ると、リーナさんが呟いた。
「後ろは……問題なしか」
俺も振り返った。今入ってきた入り口は、変わりない。特に変なギミックは無いようだ。外の草原が、はっきり見えている。
「ここを出て草原に戻った瞬間で、卒業試験は終わるんだ。みんなよく覚えといてくれよな、この出口」
「わかってるよ、モーブ」
ランが微笑んだ。
「地面は平気ね」
しゃがみ込んで、マルグレーテが土の表面を撫でた。
「突然隆起した岩山だから、地面がトゲトゲかと心配してたのよ。けど大丈夫。概要の情報にあったとおり、平坦だわ。堅い岩盤の上を、小石や砂が薄く覆ってる。……これなら馬も走りやすい」
「平らだしねー」
ランも一緒になって調べている。
「じゃあ行く? モーブ」
立ち上がると、手を叩いて砂を落とした。
「待て。まずタイマーを出そう」
とにかく残り時間を正確に把握したいからな。それが一番大事だ。
「リーナさん、お願いします」
「わかってる」
瞳を閉じて、リーナさんは口の中でなにかを詠唱し始めた。詠唱型の魔法には、「詠唱」と「宣言」の手順が必須。どちらが先でもいいのだが、宣言で効果がわかってしまう。敵との戦闘中などでは、詠唱を先にして相手に事前に情報を与えないのが一般的だ。
「クロノス起動っ!」
続いて叫ぶように宣言すると、前方の空間に、「2:58:34」という数字が浮かんだ。透明オレンジ。大型テレビくらいの大きさだから、よく見える。
数字フォントは液晶的というより、大昔のコンピューター画面の、真空管数字のような形。ニキシー管って言ったっけな、たしか。カチカチと機械タイプライターのような音を立てて、一秒ずつ数字が減っていく。
「入り口を潜った瞬間からカウントしてるから、ずれは一秒とないはずよ」
「ありがとうございます」
「他人行儀はやめてよ、モーブくん……」
苦笑いしている。
「私達、パーティーじゃないの。君がリーダーだよ。なんなら『リーナ』って呼び捨ててもいいのに」
「それはちょっと……。でも……ありがとう」
「そう、それくらいの話し方にしてちょうだい」
「じゃあ次に、明かりだ。頼みます」
手を上げてリーナさんがなにか叫ぶと、ボッと音を立てて、それぞれの馬の頭上に明かりが灯った。電球というより炎のように揺れている。直接見ると眩しいくらい。
洞窟の先、多分百メートル以上、見通せている。地図の情報どおり、しばらくまっすぐの道が続いているようだ。地面も平坦で、問題なく思える。
「よし、みんな馬に跨がれ」
「うん」
「わかった」
全員、秒で馬上の人となった。俺が芦毛のいかづち丸、ランが白馬のいなづま丸。マルグレーテが漆黒のスレイプニール。リーナさんは栗毛のあかつき号に。
「号令を掛けて、モーブ」
足踏みするスレイプニールの首を叩いて、マルグレーテがなだめている。四頭のうちでも、スレイプニールはもっとも積極的な馬だ。だからこそ大晦日の大遊宴でも、あの危険な技に臆せず挑めたんだ。
「みんな、早く走りたがってる。気合い充分だし、冒険したくて焦れてるわよ、馬」
先の空間に表示される数字を、俺は見つめた。
――2:57:55――
――2:57:54――
――2:57:53――
なんの感情も見せず、数字は冷酷にカウントダウンを続けている。この数字に勝たないとならない。
「よし行こうっ! 初期ルートは、予定通りA。頼むぞ、いかづち丸」
俺の言葉に、いかづち丸は頷いた。ちゃんと理解してくれてるんだ。賢い奴。
「進めっ。はいっ!」
俺が叫ぶと、俺達の馬は常歩で進み始めた。歩みに応じ、タイマーとトーチもついてくる。
「足元もしっかりしてる。ここ直線長いよ」
トーチで遠くまで照らされた直線を、リーナさんは指し示した。
「稼げるうちに時間を稼ごう、モーブくん」
「よし。速歩……いや、駈歩だ。ずっと先のコーナー直前で、常歩に落とす。壁に激突したら、洒落では済まないからな」
「わかった」
「うんっ」
各自跨った馬に号令すると、時速は二十キロまで上がった。顔に当たる洞窟の空気が冷たい。それだけで頬が切れそうだ。堅い岩盤を踏み鳴らす蹄音と馬の息遣いだけが、俺達を包んでいる。
――あと二時間と、五十五分三十九秒――
●次話、最初の宝箱の部屋に辿り着いたモーブ組を、部屋の扉が無慈悲に拒絶する。やむなく予定ルートを変更するモーブ。だが、ようやく発見した宝箱には、謎の銘板が……。




