9-1 ダークドラゴン戦の戦略
「さて……」
その晩。ワラキアの里、祖霊待避所。急ごしらえの即席寝台に横たわった俺は、暗い天井を睨んでいた。
俺独りの寝台。「結婚したんだから」とご両親はリーナ先生とふたりの寝台を作ってくれようとしたが、先生だった両親と会うのは久し振り。そっちでたっぷり話してもらえるよう、遠慮した。もちろん他の嫁を呼べるわけもない。ランやみんなはどこやら別の窟居でまとまって眠っているはずだ。なぜか猫のシュレだけ、俺のベッドで丸まって寝ている。
「どうやってドラゴンを倒すか……か」
大見得切ったのはいいが、それを考えておかねばならない。でないとソールキン一族が滅びに直面する。
洞窟奥の仮住居なので、しけっている。土の匂いは心地良いし夏冬の温度変化は少ないだろう。だが、ここが暮らしやすいかは別だ。ソールキン一族の皆が安心して、本来のワラキアの里に戻れるよう、戦略を練らないと……。
「とどめの一撃は、はっきりしている」
手持ちのドラゴンスレイヤー「冥王の剣with草薙剣魂」で首を斬り落とすか、致命傷を与えればいい。
問題は、こいつが短剣なことだ。太い首を斬り落とすのは無理。だから致命傷を叩き込めばいい。どこに? ドラゴン唯一の急所たる「逆鱗」にだ。逆鱗は頭の後ろ、ちょうど首との境目に一枚だけ生えていると、ヴェーヌスが教えてくれた。
だがそれが難しい。仮に大人しく横たわっていたとしても、そこまでよじ登らないとならない。足場なんかない。物理的に厳しい。
それにもちろん、じっとしていてくれるはずもない。こちらとの戦闘中だ。ブレスを使ったり噛みついたり飛んだり跳ねたりと、せわしなく動くに決まってる。まして逆鱗狙いをわかってしまってはなおのことだ。
「しかもこいつ、ドラゴンロードが闇落ちしたダークドラゴンだって言うからな」
つまり攻撃力、防御力とも、普通のドラゴンよりはるかに高い。その敵を相手に、急所の場所まで這い上がらないとならない。
「……」
手持ちのコマを考えてみた。まず前衛。ドラゴンスレイヤーの俺。体術の魔族ヴェーヌス。ダークエルフ戦士シルフィー。次に攻撃的中衛。森エルフのレミリア。アールヴの呪術戦士ニュム。アジリティーを生かした獣人巫女、アヴァロン。防御的中衛は、ハイエルフのカイムとリーナ先生。そして後衛がラン、そしてマルグレーテの魔法主体組。……と。
ドラゴンはまずブレスが怖い。よって魔法組はまず防御主体で厚めに配置したい。ランとリーナ先生が回復魔法と補助魔法を連打する。この際アヴァロンも初手は防御組に回して、地形効果を加えてもらう。
仮にブレスを封じられたとしても、敵の物理攻撃だけでも厳しい。被害を防ぐためこちらからの初期攻撃は、間接手段に限る。マルグレーテの魔法、それにエルフ組の魔法と弓矢。なんとか毒矢を目に命中させたいところだが、動き回る敵相手に、いくら名手レミリアでも難しいだろう。
「とにかく敵を対処いっぱいに追い込まないとな」
攻撃さえされなければ、可能性はある。
「俺はアヴァロンに放り投げてもらうか」
首筋に跨がれさえすれば、ワンチャンある。だが首にしがみつかれたら、相手にも俺の狙いが筒抜けだ。大暴れして振り落とそうとするだろう。
「つまり、首筋に飛び込んだ一瞬にしか機会がないってことか」
頭が痛い。
はあーっと思わず溜息をついたら、猫が起き上がってきて首筋を舐めてきた。
「んなーん」
「なんだお前、慰めてくれるのか」
「なーんご」
入り口からのわずかな光を受けて、猫の瞳は輝いている。
「……お前も戦うって言いたいのか」
「なーん」
「ははっ、こりゃいいわ」
頭と首を撫でてやった。
「まあ頼むよ。できれば相手を金縛りにしてくれ。それならなんとかなる」
瞳を細めて、猫はごろごと言っている。
「……いや、待てよ」
考えてみれば、そういう手はある。敵を事前に深く眠らせることさえできれば……。そう、それなら戦闘を避けられる。気取られないように俺がよじ登ればいい。なにか事前にはしごでも用意しておいて。首に上って短剣を逆手に構える。両手でがっしり握り、一気に逆鱗に突き立てる。
ドラゴンは絶叫して目覚め、大暴れするだろうが、もう一撃食らわした後だ。いずれ死ぬ。その間、防御に徹して耐え抜けばいい。なに、数十秒。あるいはものの数分だろう、長くても。
問題は、どうやって眠らせるか……か。
「明日、みんなに相談してみよう」
「なーん」
ブランケットに頭を突っ込むと、猫が寝台に潜り込んできた。
「添い寝したいのか。しょうがねえなあ……ほれ」
入ってきた猫を抱き寄せてやった。
「なんだお前、あったけえな」
小動物は寿命が短い。その分、心拍数が多く、体温も高いという。だから抱いていて気持ちいい。もふもふだしな、こいつ。
「よしよし」
「……」
抱いてやると、嬉しそうにまた俺の首や胸を舐め始めた。
「汗の塩気がうまいんだろ。好きにしろよ。どうせ今晩はこういうことする嫁は、ひとりもいないし」
「……」
一心不乱にぺろぺろする猫舌のざらざらした動きを感じているうちに、頭の芯が痺れるように眠くなってきた。
「急がなくてもいいよな。ドラゴン侵攻だって今日明日……って話じゃないし。少し……いろいろ……考えてから……で……」
猫の頭が動くのを見ているうちに俺は、夢の世界に取り込まれた。
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