8-5 ソールキン嫡女の呪い
「ドラゴンなんて、もう何百年も現れておらんな」
ヴェーヌスが鼻を鳴らした。
「魔王城には全魔族から情報が集まる。そんなとんでもない魔物が出れば、すぐ伝わったはずだ」
「ドラゴンは超古代の稀少種です」
アヴァロンが付け加える。
「そもそも繁殖力が弱いし孤絶して暮らすので、滅多に子を成さない。全種滅びたか、地底深く眠りに就いているとされています」
「その『冬眠ドラゴン』の一体が、ここにおったのだ」
長老は続けた。
「目覚めたドラゴンは、ブレスで穴を穿ちながら地上へと向かった。なにを考えておったのかはわからん。地上を焼き尽くしたいのか、寝覚めに暴れたいのか」
「空を飛びたかっただけじゃないのかな」
ランが首を傾げた。
「羽があるよ。ドラゴンさんだって、たまには飛びたいよね。いかづち丸のように」
「邪悪な気配が満ちていたというから、あまりいい目的ではないじゃろう。……とにかく連日続く地鳴りと地震に、我らの祖先は慄き、ここ祖霊の地で先祖からの啓示を受けた。ドラゴンだと。しかも本来ドラゴンロードであったものが、ダークドラゴン化していたという」
「地の底、マグマの熱で燻され、心が狂ったんだ。……どう思う、カイム」
ニュムに話を振られると手にしたカップを、カイムはテーブルに置いた。
「そう思います。地脈は血管のように大地を走っている。霊的なものもあれば、世界の暗黒面を集めて流通させる地脈もある。ちょうど……私達の動脈と静脈のように」
「地脈に影響されたってのか」
「はいモーブ様、おそらくは……」
「んなーんご」
猫も納得の表情だ。
「のう、リーナよ」
「はい、長老様」
「祖先は戦うしかなかったじゃ。ようやく見つけ出した安寧の地。そこをドラゴンに蹂躙されたくはない」
「……わかります」
「……ということは、『アレ』を使ったんだな」
「モーブ殿、そういうことじゃ」
テーブルに、重苦しい空気が舞い降りた。
「カルパチアの地下、失われた通路を辿った祖先は、大深度地下空洞で、ダークドラゴンを迎え撃った」
戦闘はこんな感じだったらしい。全員でドラゴンを牽制し、ほとんどはブレスで焼かれた。ドラゴンが次のブレスに備え息を吸った瞬間、隙を見て一族嫡男がユグドラシルを宣言。世界樹を召喚し、霜の巨人ヨートゥンを顕現させた。自らの命を犠牲とすることで、必ず敵に攻撃が向くように。
「それで死んだのか、嫡男が」
ドラゴンの放つ熱気とヨートゥンの冷気が激しく反応し、水蒸気爆発のような強風が吹き荒れた。ドラゴンの鉤爪に捕まれながらもヨートゥンは霜槍で穴を穿ち、自ら抱き着いてドラゴンを道連れに大深度地下へと引きずり込んだ。
「ドラゴンの絶叫が、穴の底から響いておったらしい。それを聞いていたのは、討伐隊唯一の生き残り。嫡男唯一の娘、フレイヤ・ソールキンだったのじゃ。そうして……」
苦しげに、長老は顔を歪めた。
「どうなったのですか、長老様」
「ドラゴンは再度大深度に封印され、眠りに戻った。ただ……相討ちとして呪いを残した。生き残りであったフレイヤに」
「それ以来、ソールキン一族嫡女が呪われたんですね、代々」
マルグレーテが割って入ってきた。
「頭が切れるのう……お主は。そういうことじゃ」
「どういう呪いなんです」
それがリーナ先生にまで伝わっているのなら、俺がなんとかしてやらないと。
「それはのモーブ殿、吸血への誘いじゃ」
「吸血……」
「バンパイアにされたんですか」
「……うむ」
苦しげに、長老は頷いた。
「地上に戻ったフレイヤは、守備を尋ねる里の一族に襲いかかった。血……というのは、生命力の象徴。求めておったのは、血を通しての生命力じゃ」
「吸血中は抵抗できず、ついには命が尽きて倒れるのだろう」
ヴェーヌスが腕を組んだ。
「それでわかったわい。格闘トーナメントでの、あのリーナの謎技が」
「そうか……」
たしかにあれは、まさに吸血だった。
「アバターは、レベルが上限まで解放されていた。だからアバターがあれを使ったのか」
「違うわ、モーブ」
マルグレーテに否定された。
「フレイヤがレベル上限だったはずはない。まだ若かったのだもの」
「その通り。レベルなど関係ない。フレイヤはまだ成人前だったからのう」
長老が認めた。
「無作為に殺し回るフレイヤは、一切の攻撃を受け付けず、無敵じゃった。もはや全員殺されるしかない。絶望する先祖の先頭に立ったのは、里に滞在中だった東方の大賢者、タチバナ様じゃ」
タチバナ……。ここで登場するのか。
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