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8-4 ソールキン一族の受難

「そう……」


 リーナ先生と俺、その出会いから「お付き合い」さらには嫁にした経緯まで聞き終わると、母親──アマリアさん──は、ほっと息を吐いた。


 ここは避難先、ソールキン家の仮住まい。応接間などはもちろんない。周囲の家にも頼んでテーブルや椅子をかき集め、キッチンで話をしている。俺達とご両親、あとは長老だけで。三人に向かい合う形で、俺の隣にリーナ先生。それにもちろん他の嫁と。


「素敵ねえ……若い子の恋愛話はいっつも。たとえそれが……我が娘であっても」

「神聖なる婚姻の儀も挙げず、狭い船室で……か」


 父親──カリアスさん──は唸っている。どうやらあんまり気に入っていないようだ。


 まあ……それもそうか。大陸間横断貨客船ベアトリス丸で、ランやマルグレーテとのあの声を隣室の先生に聞かれて、翌日流れで……だもんな。もちろん「声」だなんだは話してはいない。豪華船旅のロマンチックな船上婚姻ということにはしてあるが。


「うん。た、逞しくなったな、わが娘も」


 母親に睨まれたせいか、精一杯フォローしてて笑う。


「早く子供が見たいわ、ふたりの」

「お、お母様……」


 リーナ先生の頬が赤くなる。


「いや……」


 反射的……といった速さで、父親が首を振る。


「タチバナの縛りがある。子供はまだ早い」

「……なんですか、その『縛り』というのは」


 いや俺も子供はまだ早いとは思う。だがそれはそれ。子供を作れない縛りがあるなら解消したいし、少なくとも知ってはおきたい。


「リーナ先生」

「その……知らないわよ、私も」

「タチバナって、先生のミドルネームよね」


 マルグレーテは、茶のカップを口に運んだ。それから続ける。


「ソールキン一族は代々、女子だけがミドルネームを持つって、先生が言っていたわ」

「それは……」


 父親は言い淀んだ。母親と顔を見合わせ、眉を寄せている。


「ソールキン一族、嫡子だけの特異魔法については知っています。その件ですか」


 言及しておいた。一度だけとはいえ先生がその能力を解放したことは、とりあえず秘密にしておく。


「先生のお祖父様、イラリオンさんがそれを使って、タンケーク全滅戦で魔族を滅ぼしたのも知ってるよ」


 ランが付け加えた。


「どこで……それを……」


 父親の額のしわが、ますます深くなる。


「あの件は厳秘にされたはず。なにしろ……悪用されては王宮にも危険な能力だから」

「居眠りじいさん……いや、大賢者ゼニスから聞きました。イラリオンさんは、大戦の英雄ゼニスやアイヴァンとそのとき、パーティーを組んでいた。……ふたりとも、俺達がいた冒険者学園ヘクトールにいましたからね」

「お父様は、お祖父様の戦歴を私に教えなかった。代々受け継がれる力についても」

「それだけでなく、リーナさんの力を封印しましたよね、祖霊の霊力をたのみ」


 アヴァロンが付け加えた。


「私は巫女。そのことにはすぐ気が付きました。誰か……家族によって、なにかの力が封じられていると」

「戦と殺し合いの血腥ちなまぐさい世界に、愛する娘を置きたくなかったのであろう」


 背もたれに深く体をもたせ、ヴェーヌスは脚を組んでいる。そうすると魔王……父親そっくりの威厳がある。


「その気持ちはわかる。我が母もそう望んでいたからな。……冥府で会ったときの話だが」

「そうだが……知られてしまってはもう意味がない」


 肩を落とした。


「我が娘をあの冷酷な世界に投げ出すなど」

「大丈夫よ、お父様」


 父親の手を、リーナ先生は手に取った。


「私にはモーブくんがいる。それに……この仲間も」

「王宮でも誰でも、好き勝手にリーナを使わせないよー」


 レミリアはもちろん、出された茶菓子をもぐもぐ食べている。


「モーブもあたしたちも、そういうのが一番嫌いだから」

「安心して下さいお父様、お母様。ここに私達エルフ四部族が揃っています」


 カイムの言葉に、シルフィーとニュムが頷いた。


「レミリア、お前もだぞ」

「あははは、あたしもエルフだったよね。忘れてたー」


 ぺろっと舌を出す。


「正直最近は、自分がエルフというよりモーブのお嫁さんという意識のほうがずっと強くて。だってモーブったら、あたしやエルフ仲間を全員寝台に引っ張り込んで──」

「と、とにかくその能力に関しては安心ということです。だから子づくりを規制す必要なんてない。生まれた子の能力を悪用しようとする輩は、俺とみんなが排除する」


 ヤバい方向に脱線すんな、レミリア。


「んなーん」

「そうそう。この猫もついてるし」


 なんで俺、猫の機嫌を取ってるんだろ。


「ありがたい話じゃのう……。よい婿、それによい友じゃ」


 目を細め、長老は楽しげだ。


「じゃが、ことはその能力の話ではない」

「へっ……」


 なんだよ。先生が子作りできない秘密が、まだ他にもあるってのか。


「我がソールキン一族は、女子のみミドルネームを持っておる」


 長老が切り出した。


「知ってます。『タチバナ』ですよね」

「代々同じミドルネームが受け継がれるのよね、ソールキン一族では。そう聞いているわ、リーナ先生から」


 マルグレーテはまた、茶をひとくち含んだ。


「なぜ『タチバナ』なのかは知らんじゃろ」


 俺達の視線が先生に集まった。


「それは……その……代々の決まりだと」


 リーナ先生も困惑している。


「なにか特別な理由があるんですね、長老様」

「うむ……」


 重々しく頷く。


「その御守……」


 先生の首を指差す。そこには一族女子嫡子が代々継承する、例の無銘ロザリオが輝いている。


「それには実は、隠された名前がある。本当は『タチバナのアミューレット』と言うのじゃ」

「……ミドルネームと同じ」

「うむ。それははるか昔、タチバナという東方の大賢者から託されたのじゃ。我がソールキン一族女子を、恐ろしい呪いから守るために。それ故、ソールキン一族では、女子のみミドルネームを持つのじゃ。その恩を忘れじと。そしてタチバナの霊が我が女子を守ってくれるようにと」

「恐ろしい……呪い……」


 先生は呆然としている。そっと手を握ってあげた。


「大丈夫ですよ先生。これまで楽しく暮らしてきたじゃないですか」

「う……ん」

「これからも同じです。俺と仲間が守ります」

「うん……うん……」


 甘えるように、先生は俺の肩に頭を乗せてきた。


「その呪いというのは……」


 魔族だけに、ヴェーヌスは冷静だ。呪い呪われが日常茶飯事だろうからな、魔族の世界では。


「そもそもは、我が一族がここに隠棲を始めた頃の話じゃ……」


 長老の話はこうだった。


 特異な能力を持つソールキン一族は、時の権力者に代々いいように用いられ、悲しい別れや悲惨な死が日常だった。その運命から逃れるため、カルパチア山脈に挟まれた辺境の地、天然牢獄のようなワラキアに自ら隠れた。それから何百年もひっそり暮らしていた。だが……。


「じゃがあるとき、カルパチア山脈地下で何千年も眠りについていたドラゴンが目覚めた。邪悪な奴が。ここワラキアの里は、ただの窪地や盆地ではない。古代の火口カルデラだ。伝説ではドラゴンが大深度地下からブレスを吐き、それが地上に噴出した跡だと……」

「ドラゴンが……」


 椅子やテーブル寄せ集めの応接に、沈黙が舞い降りた。



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