8-3 ワラキアの里、祖霊避難所
「里が滅びた……って長老様、みんなは」
リーナ先生の声は震えている。
「勘違いするでないリーナよ。滅びたのはこの里のみ。わしらは生きておるわい。……今のところは」
「どうやら訳ありですね」
「お主は……」
訝しげな視線を、長老が俺に投げた。
「モーブくんです、長老。私の……お婿さん」
「……若い。教え子と結婚したというのは、本当だったのか」
「その……はい」
恥ずかしそうに頷く。
「それより教えて下さい、長老。里が滅びた……ってことは皆、どこかに移り住んだんですよね」
「……」
黙っている。
「流行り病か、天変地異かしら」
マルグレーテが一歩進み出た。
「それともモンスターや山賊に狙われているのかも。……ねえモーブ」
ランに見つめられた。わかってるよ、ラン。
「俺達が力になります」
仲間を見回してみせた。
「こう見えて、そこそこ頼りになりますよ。俺はからきしだけど嫁は全員、とんでもない力を持っている」
「なーごん」
「そうそう……猫も」
知らんけど。猫に睨まれたら、まあとりあえず持ち上げてはやるよ。仲間だからな。
「嫁が……全員……だと」
訝しげな表情がますます強まった。
「あの……モーブくんは私だけじゃなく……その……」
リーナ先生の頬が赤くなった。
「これは豪傑だ」
長老は笑い始めた。堪え切れず……といった風に。
「九人もおるではないか」
「正確には十二人だそうです。CR様の話では」
「ここにおらん三人のうち、ひとりは知っておる。あともしかしたらが、ひとり。最後の嫁は謎だ。モーブしか知らん話であろう」
アヴァロンとヴェーヌスが付け加えた。あっさりと。余計な情報突っ込むなっての。
「ほっておくと何人増えるか、僕たちにもわからないんだ」
あんまり色事に興味のなさそうなアールヴのニュムまで、謎に眉を寄せている。俺、信用されてないなーこれ。
「と、とにかくですね……」
黙ったままマルグレーテが渡してくれた布で額の汗を拭くと、俺は続けた。
「この里に起こった事件を、全部教えて下さい。リーナ先生はこの里の女。そして俺は彼女の婿。さらに残りは俺の嫁だ。よそ者……って話じゃない。
「モーブ殿まではともかく、苦しいのう……残りは」
「なーん」
猫まで溜息ついてやがる。
「じゃが心意気はありがたく受け取っておこう。それにリーナを家族に合わせてやらんとの。婿殿も。……ついてまいれ」
背を向けると、すたすた歩き始める。
「ああそうそう。馬車はここに置いておいて構わん。とりあえずの危険はない」
●
里から森の奥に入ること三十分。藪に覆われた岩の裂け目を潜り抜けると、ぽっかり開いた土地に出た。鬱蒼とした樹々と切り立った山肌に囲まれており、修道院の中庭か……といった雰囲気。山肌にはいくつもの穴が穿たれ、奥に消えている。
「ここは……」
「里の聖地よ、モーブくん。先祖代々の墓が、穴の奥にある」
「リーナの言うとおりじゃ。そしてここはまた、祖霊に守られた古代の避難所でもある。……皆はここにおるのだ」
「籠城しているのですね、長老様」
「ここなら守りは堅い。自然に守られた、賢守城だ」
「高い枝に陣取れば、侵入者は狙い射ちだしね、弓矢で」
シルフィーとカイム、それにレミリアも感心している。森林戦お手の物のエルフがそう判断するなら、そのとおりなのだろう。
「一時的避難ですか」
「いや……もうあの里には戻れんじゃろう」
長老の声は悲しげだ。
「だから滅んだとおっしゃったのですね」
「そうじゃ」
「あの……私の家族……は」
「ほれ、そこにおる」
長老が指差すまでもなかった。洞窟から顔を出した男女がふたり、先生の名を呼びながら駆け出したからだ。
「リーナっ」
「お父様、お母様」
「大きくなった……お前」
「立派になって……」
固く抱き合っている。今にも泣きそうな表情で。
「あんなに子供だったのに……」
「たった数年で……」
「いやだなあ、お父様、お母様。私もう大人だよ。……ほら」
背後を振り返った。
「もう……お婿さんだっている。……モーブくんだよ」
「モーブです」
マルグレーテに横腹をつんつんされた。
「お、お父さん、お母さん」
そうそう……とでも言いたげに、マルグレーテはうんうん頷いている。
「カリアス・ソールキンだ」
「アマリア・タチバナ・ソールキンです」
「モーブくん。君が……その……リーナの教え子……」
「まあ……素敵な殿方。若いけれど、目力があるわ」
「リーナ先生は、俺にはもったいない嫁です。いつも助けられています」
「こちらで話を聞かせて、ねっ。リーナと仲良くなったきっかけとか」
「そうそう。そちらのお友達も……リーナの親友かな」
これは説明が面倒だのう……といった表情を、長老が浮かべた。お手並み拝見……といった笑顔で、俺を見ている。こいつ……面白がってるな、マジで。
「ええ。俺も教えてほしいことがあります」
長老の奴を、さりげなく睨みつけてやったわ。
「なんでも里に問題が起こったとか。何人がどうのとかいう俺の嫁話より、そっちのがはるかに重要です」
「嫁……話……」
「何人……も?」
釘を刺したがいかん、自爆した気が……。




