7-8 メンテー、ドツキタイプ夫婦漫才
「……ぷっ」
思わず……といった様子で、まるぐれーてが噴き出した。
まあわからなくはない。苦虫を噛み潰したような強面冥府冥界の王が、きゃんきゃんした小娘にひっぱたかれて呆然としてるんだ。どう見ても夫婦ドツキ漫才だろ、関西の。
「あたしのこと一生守るって言ってたくせに。なのに奥さんにあたしが見つかったらハーデス様、おろおろしちゃってさ」
「……すまん」
「奥さん、怖かったんだから。問答無用で草にされちゃって、体に虫がいっぱいつくし、もう最悪」
「悪かった」
「ごめんじゃ済まないよ、ホントに。今晩、じっくり話を聞かせてもらうからね、寝台で」
「うむ!」
寝台と聞いて急に喜んでるな、ハーデスの奴。やっぱ冥王でも下半身には勝てないんか。こんなん笑うわ。
「そうそう。ありがとうね、レミリア。それにモーブくんも」
冥王にさんざっぱら文句言ってすっきりしたのか、メンテーは笑顔で俺達を見つめてきた。
「いやほんと、助かったわ。あのままあたしあそこで虫に食われて一生を終えるのかって思ってた。まあ……」
あははははっと、大口開けて笑う。
「レミリア、あたし見つけてヨダレ垂らしてたし、虫じゃなくてエルフに食べられるのかあ……って覚悟はしたけど。虫よりはマシかって自分を慰めてた」
「失礼ね。あたし、食べなかったじゃん」ぷくーっ
いやそんなほっぺ膨らませても実際、レミリアお前、毒抜きして食べる気満々だったじゃねえか。
「それにさあ……ハーデス様は」
メンテーは溜息をついた。
「ぜえんぜんあたしを見つけてくれないし」
傍らの冥王を睨みつける。
「せえっかくいい匂いで一所懸命、救難信号出してたのにさ」
「それは……冥府冥界を離れられなくて」
「嘘っ。奥さんが怖くて出られなかったくせに」
「精一杯探してはいた」
「知らないっ」ぷいっ
「ハーデス様、その……」
永遠に続く痴話喧嘩に業を煮やしたのか、ドワーフ婆様が口を挟んできた。
「経緯はどうあれ、メンテーの草はここなレミリア殿が献上した。もう、我らが王アグリコ様の呪いは解いて頂けますな」
「うむ」
頷く。メンテーの厳しい追求から逃れられたためか、いつもの仏頂面がどこか嬉しそうにすら見える。
「それなら安心せい。もう呪いは解いた。アグリコ王の気分は、すぐによくなるであろう」
「我らもこの副道は封鎖します。それゆえ、なにとぞ今後もお怒りをお収めになりますよう」
「メンテーを取り戻したのだ。我も境界をはるか下まで下げる。だからドワーフも安心して掘削せよ。……この騒々しい現世になど本来、近づきたくはないからのう」
いやメンテーのがよっぽど騒々しいけどな。……と思ったが、それは言わないことにした。なんだかメンテー、キャラ的にレミリアが被るからさ。メンテーを愛するハーデスの気持ち、俺にもわかるし。
「では、我らはこれで冥府冥界に戻るとしよう」
つと、冥王は俺に視線を置いた。
「……モーブよ」
「なんだよ、ハーデス」
「お前とは二度も運命の渦が絡んだ。もはやこれは宿命。おそらく……また被るであろう」
「あんまり死後の世界と絡みたくないんだけど」
「これから……カルパチアに赴くのか」
「ああ。運命のストリームとかいう野郎が、俺に行かせたがってるんだ」
俺は説明した。「のぞみの神殿」で特別な神託が下ったこと。草薙剣とリーナ先生が世界の謎と矛盾の鍵を握っていると。そのためにカルパチアに向かっていると。世界を滅亡に導く焔炎がその地で立ち上りつつあると、かえでから神託を伝えられたから。
それに大賢者アルネ・サクネッセンムも、俺が未実装のロジックコードを叩いたため、世界の整合性が崩れていると言っていた。加えて、開発初期のテスト段階で廃棄された、ソールキン一族の特異な戦闘能力を、リーナ先生が発動したからだと。世界管理業務を引き継いだアドミニストレータ〇〇一として、俺がロジックの整合性を取り直せと、アルネの野郎は命じてきた。
まあ実際、転生失敗者が増えてるらしいしな。転生センパイとして、俺が汗を掻かないとならないのも見えている。
「だからカルパチア地方に向かってるんだよ、ハーデス。リーナ先生の故郷に、矛盾のキーがあるみたいだからな」
「……」
俺を見つめたまま長い間、ハーデスは黙っていた。あれだけ賑やかだったメンテーも今は静かに、ハーデスの言葉を待っている。
つと、ハーデスはリーナ先生に視線を移した。それから俺に戻す。
「……そういうことか」
ぼそっと呟いた。
「冥府冥界も忙しくなりそうだ」
「おいおいお前なにか読んだろ、今。アカシックレコード的な運命の流れを。……不吉な予言すんなって。それ、人死にが多く出るって意味だろ」
「お前次第だ」
無造作に口にする。
「お前と……リーナと……仲間次第。せいぜい地下から、お前の生き様、死に様を見ておくこととしよう」
「生き様はともかく、死に様とか言うなや。死にゃせんわ、俺も嫁も」
「そうなればいいがな……」
ゆっくり、ハーデスとメンテーの姿が薄れてきた。
「まあせいぜい……頑張れ。そしてモーブよ、もし……冥府冥界にお前と嫁が落ちてきても仕事はある。安心して戦うのだ……戦士たちよ」
「だから不吉なことは……」
ハーデスとメンテーの姿は掻き消えた。
「……逃げやかった」
冥王に投げようとしていた言葉を、俺は渋々飲み込んだ。
「生者の言い分なんか聞く価値はないってか、くそっ」
「よいではないですか、モーブ様」
霊力に優れたハイエルフ、カイムはほっと息を吐いた。
「少なくとも、保証してくれたわけですし。冥府冥界に落ちても楽しく暮らせると。モーブ様と……私たちが」
「さんざんっぱら不吉なこと口にしてな」
「それが冥王だ、諦めろ」
魔族だからか、ヴェーヌスは生死を達観している。
「悪気はない。ただ生と死を見つめておるだけなのだ」
「やっぱり私のせいかあ……」
リーナ先生は溜息をついた。
「なんだか落ち込むわ」
「大丈夫だよ、リーナ先生」
先生の手を取ると、ランが俺の手を重ねさせた。
「モーブがなんとかしてくれるよ。いっつもそうだったでしょ」
「そうよね。ありがとう、ランちゃん。いつも勇気づけてくれて」
「これで片付いたね」
ニュムの言葉に、婆様とドワーフどもはうんうん頷いた。
「全てモーブ様のおかげですじゃ」
「そうそう。モーブ様とレミリア様の食欲のおかげ」
「エルフはやっぱり意地汚いのう……」
「あの食欲は奇跡だな」
「食べなかったのだけは感謝せんとのう」
なんだよ。知り合ってもうレミリアの本質を見抜いてるのか。笑える。
「ひどーい……」ぷくーっ
「いいだろ、レミリア。草を摘んだお前の機転と食欲がドワーフ王を救ったのだ」
ダークエルフの戦士、シルフィーに慰められてるな。まあ無骨な魔法戦士たるシルフィーも、珍しく半笑いだけど。
「んなーん」
ひと声鳴いた猫が、レミリアの体を駆け上った。
「なあに、シュレちゃん。自分を食べていいから元気出せって言ってくれるの」
「なーんご」
慌てたように、シュレが飛び降りた。そらな。慰めてやろうと擦り寄って食われたら世話ないし。
「面白い方ですね、レミリアさんは」
アヴァロンがくすくす笑う。
「それにしても……」
頬に手を置くと、マルグレーテが首を傾げた。
「冥王ハーデスは、メンテーさんをどうするつもりなのかしら」
「そうよねえ……」
リーナ先生も頷いている。
「奥さんのいる家に連れ帰るわけにもいかないわよね。また叩き出されちゃうもの」
「今度こそ、メンテーは殺されるかもな。ハーデスは切られるわい」
「物騒なこと言うなよヴェーヌス。俺の下半身まで縮み上がりそうだ。……あと冥界には、さらなる死の概念なんかないだろ」
「それに冥府の王だから、家とか実家とかそういう感じじゃないと思うけど」
ニュムが付け加えた。
「となると、別宅か」
ヴェーヌスが鼻を鳴らした。
「男がやることは決まっておる。我が父もな」
じっと俺を見る。
「な、なんだよ。ヴェーヌス」
「そういえばモーブ。ポルトプレイザーに別宅があるわよね」
と、マルグレーテ。
「ジャニスちゃんだよね。かわいい」
「いやラン、ジャニスと俺は──」
「もう言い訳してる」
マルグレーテが腕を組んだ。
「そもそもモーブは──」
「痴話喧嘩はいつでもできるわい」
婆様が止めに入ってくれて助かった。俺ひとりVS嫁九人+おまけ猫じゃあ、俺の分が悪すぎる。
「あんたらはわしらの救世主じゃ。今宵は宴を開く。……我が王の回復具合を確認してだが」
うおーっと、周囲のドワーフから歓声が上がった。
「もし具合が許せば、アグリコ様にも参加して頂く。モーブ殿と嫁御様は、ひと晩たっぷり寛ぎなされ。明日、わしらが案内して進ぜよう。馬車を先導し、隧道の先、カルパチア山脈内部の出口へと」
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王宮の謀略から守るため、アイヴァン学園長がリーナ先生を、学園養護教諭に迎えるまでのエピソードです。
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モーブとランの甘々部屋を訪れたマルグレーテ。三人の心を一生繋ぐことになる、たったひとつの約束とは……。
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