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9-1 大歓声の中、卒業試験ダンジョンへと送り出される

「さて……」


 学園中庭に立って、俺は空を見上げた。今日は、俺のチームが卒業試験ダンジョンに挑む日。三月第二週に入ったばかりの日曜日だ。この日になったのは、馬のバイオリズムに合わせたからさ。真冬から春の気配が感じられる季節だが、晴天好日とはいえ学園制服のブレザーだけだと、さすがにまだ寒いわ。


「そろそろ始めるか。……どうだ、いかづち丸」


 傍らに立ついかづち丸の鼻面を、撫でてやった。


「ぶるるっ」


 いかづち丸は、首を縦に振っている。言ってることがだいたいわかるとか、賢い馬だ。


「そうか、お前も早くダンジョンに入りたいか」

「心配しなくていいよー、モーブ」


 試験があと数分で始まるというのに、ランは緊張してもいない。首に、マルグレーテからもらった魔力強化アイテム、頚飾けいしょくが輝いてる。たいした品じゃないってマルグレーテは謙遜しててたけど、普通に大きなマジックジュエリーが輝く、貴重そうな奴だ。さすがは貴族。娘の……というか家の名誉のためなら、いくらでも金を使うんだな。


「いかづち丸もいなづま丸も、スレイプニールもあかつき号も、みんな早く始めたいって言ってる」

「わたくしも馬の気持ちを感じるわ。だから大丈夫」


 四人それぞれ、乗る馬の脇に立っている。基本、年末の大遊宴のときと同じ。あかつき号はもちろん、養護教諭のリーナさんだ。


「気持ちいい朝ねー」


 リーナさんは、さすがに白衣姿ではない。動きやすそうな革のミニスカートに、セーター姿。上半身には革の軽防具を装着している。戦闘が無いのに防具を着ているのは、閃光アイテム所持などと同じく、心理的な「お守り」効果を狙っているのだろう。ポケットがいっぱいあるから、消費アイテム入れるのにも便利だし。言ってみれば、現実世界のハンティングベスト的というか。


 俺やラン、マルグレーテは学園制服姿だ。着慣れてて動きやすいからな。


 挑戦日だというので、ゆっくり朝寝して体力を温存した上に、一般食堂では出ない昼飯を、貴賓食堂で食わせてもらった。それも早めに。


 今は十一時、すでに朝から二食も食べて、体力充分。一週間かけて、馬にも栄養を過剰なくらい蓄積させた。毎日それだとそれこそ成人病になるが、クエスト前だけだからな。加えて今朝はたっぷり水を飲ませてある。リーナさん秘蔵の魔導パウダーを混ぜた水を。疲労予防に、効果抜群らしい。


 地図によると洞窟には数か所泉があり、水は飲めるって話だ。だが時間制限を考えると、なるだけ休みたくない。なので事前に水や栄養を溜め込めるだけ溜め込んでおく作戦だ。


「では始めるか?」


 判定の事務方が、俺に尋ねた。


 中庭を、俺は今一度見回してみた。


 ドハズレのモーブ組が、卒業試験に挑む。それも奇妙な達成条件のダンジョンを選んで……ってんで、中庭にはギャラリーが百人程度集まっていた。あのダンジョン選んだの、当たり前だが俺達だけだったわ。


 今日はなんたって日曜だ。合格にしろ不合格にしろ、もう挑戦を終えた奴は、暇。まだ卒業試験を控えているチームにしたって、他チームの出発を見るのは、メンタル面のリハーサルになる。本番で緊張し過ぎたら、ろくなことにはならないからな。


 それに三月に入れば、もう授業はないからさ。そんなわけで誰かが卒業試験に挑戦するときは、だいたいクラスメイトや野次馬が、拍手で送り出したりするもんだわ。


 ちなみに、ブレイズの姿はない。自分を袖にしたランの挑戦なんて、見たくもないんだろう。少なくとも昨日まではまだ挑戦してないから、聞いたとおり、自分は最終日に突っ込むつもりなのかな。


 それに今気がついたけど、Z担任のじいさんもいないな。普通、担任の学園生が挑戦する場には、クラス担任が同席して出発を見届けるものだが……。


 まあ居眠りじいさんだからなー。一般授業が無くなったのをいいことに、毎日教員寮で朝から晩まで寝てるって聞くし。残当というか……。


「やっぱり先生いないか……」

「いるよー、モーブ」


 ランが校舎を指差す。ずっと上だ。こちらを見下ろすハゲ頭が、ガラス窓に映っていた。


「あそこ……学園長室だよな多分。五階の」


 次年度こそ「用務員に格下げ」とかで呼び出されたんだろなー、多分。さすがにあの居眠り授業、目に余るし。


 実際、学園長に直訴するとか息巻いてた奴も、クラスにいたしな。「僕が卒業試験に落第したのはあの教師のやる気がないからだ」とか、ほざいてたわ。いやお前の実力だろって。いいだろ、予定通り落第したんだから。


 多分だけど、「人のせい」ってことにして、親元に見栄張りたいんだろうと思う。前世のブラック社畜時代に、この手のクズは、結構いたからなー。クラスが打ち解けてきて、Zはだいぶ空気良くなったんだ。だけどそうは言っても、駄目な奴はいる。そこは社会と同じさ。


「よし、行こう」


 手を上げて合図した。頷いた事務方が、転移魔法の詠唱を始める。


「お前の合格を祈るぞっ! 俺も明日挑戦だ。後に続くからよ」

「頑張れモーブ!」

「俺達底辺Zの、意地を見せてやれ」


 紋章マニア「ラオウ」の掛け声をきっかけに、やんやの声援と大拍手が、俺達四人を包んだ。あいつもZの割に「挑戦ガチ勢」だからな。自分達のクエストを明日に控え、熱くなってるんだろう。


「今年は番狂わせイヤーだからなー」

「そうよ。だからZとはいえ、難易度八十五でも成功するかもしれないわ」

「なんせ謎の力を持つ、モーブとランのパーティーだしな」


 拍手の隙間から、ギャラリーの声が聞こえる。


「そうそう。養護教諭のリーナさんまでいるし」

「そういや、なんでモーブは教師誘ったんだ。あいつとランの突破力にマルグレーテの激強魔力が加われば、どんなダンジョンでも楽勝だろうに」


 そうなんだよな。俺が失敗すれば、リーナさんの経歴にも傷を付けることになる。教え子を落第させた養護教諭として。リーナさんは、それを承知で、快諾してくれたんだ。


「モーブが選んだのも、戦闘無しとか、零か百かみたいな、変なダンジョンだからなー」

「謎だわ」

「お前ら真面目かよ。なんでもいいわそんなん。応援しようぜ。……モーブもランもけっぱれ!」

「マルグレーテ様、見目麗しい……」


 マルグレーテのファンか……。ハンカチを目に当てて、うるうるしてるし。


「ランちゃんかわいい……」

「早く馬に乗らないかな。絶対スカートまくれるだろ」

「ああ。……白かな」

「ごくり……」

「マルグレーテ様は、きっと黒だわ」

「黒の透け透けレースだよな絶対」

「おうよ。お前、わかってるじゃないか。ブラは黒レースのクオーターカップだ」

「……ごくり」


 なんか後半、エロ感想ばかりになったが。てかお前ら大晦日遊宴のときも、同じ話してたろ。それに悪いな。馬に跨るのは、洞窟に転送されてからだわ。


 事務方は呪文詠唱を終えた。


「モーブ、ラン、マルグレーテ、リーナ組。ダンジョンに転送っ!」


 事務方が一声高く宣言すると、眼の前の空間が、きゅっと捻れた。


          ●


 ……と、俺達はもう、課題ダンジョンの前に立っていた。つい今まで俺達を包んでいた大拍手と歓声は、もうない。三月の冷たい風が、ただただびゅうびゅうと吹き渡る。その物悲しい音が聞こえるだけだ。


「ここね……」


 眼前の岩山を、リーナさんが見上げた。


「大きな岩山ねえ……」


 たしかに。


 見回すとここは、見渡す限りの草原。そのど真ん中だ。目の前にだけ、岩山がそびえている。まっくろの岩でできていて、雨風の侵食を受けておらず、やたらと尖っている。


 侵食受けてないってことは、最近突然隆起したって話のとおりなわけだ。隆起時に弾き飛ばされた土くれが、周囲に飛び散っている。それに飛ばされて半ば枯れた草の塊も、あちこちに。


「この穴が入り口だよね、モーブ」


 ランが示したのは、岩山にぽっかり開いた、黒い穴。高速道路のトンネル入り口より広さはある。高さ十五メートル、幅二十五メートルといったところだ。


 入り口近くこそ陽が射しているが、少し先は闇に解けている。穴の奥から、ひんやりした冷気が漂ってきていた。


「あそこに入った瞬間から、攻略時間のカウントが始まるってことか……」


 全員を見回した。


「いいか、みんな。入ったら本番だ」

「任せて」


 マルグレーテは頷いた。


「わたくしのテイムスキルでわかるの。四頭の馬はみんな、落ち着いている。それにわたくしたちだって、準備万端」

「そうだよモーブ。マルグレーテちゃんの言うように、みんなでぜーんぶ、考えたんだもん。攻略の手順からなにから。私だって道、全部覚えてるし」

「ありがとうな、ラン」


 金色の巻き毛を撫でてやった。


「みんなありがとう。ろくに馬にも乗れない俺のわがままに付き合ってくれて。俺……みんなのためにも、全力で頑張るよ」


 このクエストに失敗すれば、三人の未来は暗い。リーナさんの経歴にも傷が付く。


「ううんモーブ」


 マルグレーテは首を振った


「わたくしが自分で決めたことよ。あなたにわたくしの将来を預け、手を取り合って未来を掴み取るって」

「そうだよモーブ」


 ランも声を揃えた。


「私、モーブさえいてくれたら幸せなの。だから絶対、これからもずっと一緒だよ。卒業しても、……落第しても」

「安心してモーブくん。あなたもみんなも、絶対に私が合格させるから。これでも王立冒険者学園ヘクトールの教諭よ」

「……ありがとう、みんな」


 瞳を閉じた俺は、仲間の言葉が魂に染み渡るのを感じ取った。


 この言葉に応えるためにも、俺は全力……どころか持てる力以上を、なにがなんでも発揮する。命懸けで。……即死モブにだって、意地はある。誰からも、なんの能力も与えられていなくたって、それでも俺にだって人生に挑戦する権利くらいあるはずだ。


 心に誓った。卒業試験クエストに必ずや合格し、皆を幸せにすると。


 目を開けた。


「よし行こうっ! まずは洞窟に入る。入ったら、手筈通りの進行だ」


 手を取り合った俺達は、入り口へと進んだ。四頭の馬が、俺達の後に続く。




●次話、ついに謎の洞窟の中に入ったモーブ組。残り時間を表示する無慈悲なカウントダウンが始まる……。次話、明日土曜朝7:08公開です。


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