7-5 冥王ハーデス、現る
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副道は狭かった。生活のための通路ではなく、この副道は坑道として作られた。ドワーフ数人が鉱物資源を運び出すだけの広さがあればいいからな。だから当然とは言える。坑道だけに、かなりの急勾配で下へ下へと掘り進められている。
「……」
全員、黙って進む。口を開くのさえ億劫に感じる。というのも、冥府冥界との境界をぶち抜いた──というだけあって、漂う空気が尋常ではない。土の香りすらない完全無臭。体を動かすのが苦痛に思えるほどの静謐さがある。
要するになんての、エントロピーが限りなく低いというかさ。ほっとくと自分の魂がその低エントロピー状態に吸い込まれる感じ。うまく言語化しづらい感覚だ。
「……ここか」
婆様に確認を取るまでもなかった。坑道の行き止まりがちょっとした広場……というか小部屋になっている。ここでいい鉱脈に当たったからだろう。左右に広く掘られていて、ところどころ深い穴が空いている。
そのどん詰まり。ひときわ深く大きな穴がぽっかり口を開いているが、緑色にうっすら発光する謎の空間障壁が、穴を覆っている。周囲には、投げ出されたと思しき採掘道具や放りっぱなしの鉱石が散乱している。
「この魔導障壁は、あんたらドワーフが起動したのか」
「いや……」
婆様は首を振った。
「穴からハーデスが姿を現し、周囲のドワーフに王への呪い発動を告げると消えた。後にこの障壁が張られていた。それから二度と現れん」
「ハーデスの技であろう。冥府冥界への通路を塞いだのだ。これは……」
ヴェーヌスが腕を組んだ。
「魔族の障壁とも異なる」
「こちら側からは消せそうにないわね。魔道士でどうにかできるものじゃないもの」
マルグレーテが唸った。
「どう、カイム、シルフィー。エルフの攻撃魔道士や霊力なら、なんとかなりそう」
「不可能かと……」
「ああ。できんな、これは」
「獣人巫女の力でも無理ですね」
アヴァロンも首を振っている。
「……となると、やっぱりこいつを使うしかないか」
冥王の剣を、ゆっくり抜いた。不思議なことに、刀身が緑に輝いている。この障壁と同じに。
「共鳴しておるな……」
婆様が呟いた。
「奇妙なことじゃ」
「では本当に冥王由来の剣なのか」
「どうりで、あの素材、あの細工なわけよ」
「一生に一度の眼福アイテムだったのか……」
ドワーフ兵がどよめいた。
「試してみるか……」
一歩、足元の障壁に近づいた。
「気をつけてね、モーブくん」
リーナ先生が、俺の袖を引いた。
「なにかあったら、私も助けるから」
「大丈夫、モーブならできるよ、絶対」
「んなーん」
ランと猫は頷いている。
「みんなは警戒態勢だ、いいな」
全員の準備ができたのを確認すると、俺はしゃがみ込んだ。そろそろと、冥王の剣を障壁に近づける。剣が振動し始めた。握りにぶるぶるとした感覚が伝わってくる。
「もう少し……もう少し」
注意深く、障壁の間近まで。……と、引っ張られるように剣の先が動き、障壁に触れた。まるで磁石のように。
「おっ!」
コンという微かな感触。だがそれはとても深く響いた。俺の魂にまで。雨だれを受けた泉のように、緑の波紋が障壁に広がる。封印された穴の端まで波紋が広がると、反射して戻ってくる。手前でまた反射。その繰り返しだが奇妙なことに、波高がどんどん高くなる。波紋も加速している。
「気を付けて、モーブ」
マルグレーテの鋭い声。
「……なにか始まるぞ」
俺は立ち上がった。一歩引く。もう一歩。
「これは……」
ヴェーヌスの呟きが背後から聞こえた。
「なにか出てくるぞ、モーブ」
波紋が盛り上がってきた。風船が膨らむかのように。それはどんどん高く広がり、男の姿となる。
「これは……」
やがて波紋が薄れ消えていくと、俺の前に人影が立っていた。身長二メートルないほど。くたびれた初老の男。着物に似た服は黒地で、黒でなにかの紋様が染め付けられている。
「……」
無言のまま頭を起こすと、男は瞳を開いた。
「……」
「……ハーデス」
黙ったまま、冥王ハーデスは、俺を見た。次に、後ろに立つ婆様とヴェーヌス。それからドワーフ共と俺の嫁達を。
「……見た顔だ」
「俺だよ」
「モーブだな。冥府冥界の開闢以来ただひとり、生きたまま落ちてきた男。そして……一度は冥府黄泉平坂に仮宿した、六人の死人女もおる。苦痛に満ちた現世にお前が連れ帰った、哀れな女共が」
「私達、不幸じゃないよっ」
ランが進み出た。恐れもせず、冥王を睨みつけて。
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