7-4 ドワーフ王アグリコの病床
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「モーブ殿……」
病の床で、ドワーフ王アグリコは苦しそうに見えた。ごっつい体型はドワーフそのものだが、顔の肉はそこここで削げ、げっそりやつれている。
「汝が冥王ハーデスと交渉すると申すか。本当に」
「……ああ」
例の隧道は、ドワーフの魔導トーチに照らされて、驚くほど明るかった。入ってすぐ、右に副路が掘られていてその奥に、王の居室があった。貴重な金属を用いた豪儀な調度品や武具が置かれているが思ったより狭く、慎ましやか。
アグリコは、半ば起こされた寝台に横たわっていた。無人の玉座がことさらきらびやかに輝いているのが、今は虚しくさえ見えてしまう。
「これも成り行きだ」
嫁の顔を、俺は見渡した。
「生きてると色々な出会いがある。嫁ひとりひとりと俺は出会って、貴重な思い出を築き上げてきた。アグリコ王、あんたともそうさ。そうして俺はそんな出会いを、悲しい別れでは終わらせたくない」
「傲慢で力強い言葉だのう。……若いわ」
王の笑いは、激しい咳に邪魔された。
「だがその若さ、懐かしくもある。二百年前の自分を見ているようだ」
「モーブはねえ、優しいんだよ。だから私やみんなをずーっと守ってくれてるんだ」
俺が認められたからか、ランは嬉しそうだ。
「ふむ」
アグリコは頷いた。
「嫁御も皆、いい女だのう。……変わり種も交じっておるようだが」
エルフ四人組をじろりと睨む。いや俺の嫁の変わり種筆頭は普通、魔族ヴェーヌスだと思うはずだが……。やっぱドワーフとエルフ、相性悪いんだな。
「……」
レミリアもシルフィーも、もちろんカイムもニュムも、特に口は挟まない。俺に任せてくれているんだ。
「我が君……」
微妙な空気を感じ取ったのか、婆様が口を挟んできた。
「モーブめは冥王と因縁があるとのことですじゃ」
さりげなく話題を変える。まあ……こっちのが大事だしな。居並ぶドワーフ衛兵も、うんうんと頷いている。
「なんと……」
見つめられた。病に倒れているとはいうものの、アグリコ王の目にはまだ力強さが残っている。
「それは真か」
「なんでも冥王由縁の短剣を所持しているとか」
「ああそうさ。だから話はできると思う。出会って即、ぶっ殺されたりはしないはずだ。た……多分」
「多分……か」
楽しそうに、瞳を細めた。
「その蛮勇ですら懐かしいわい」
頷く。
「ではモーブ殿に頼むとするか」
「玉音を頂いた。モーブよ、よろしく頼むぞ」
婆様が頭を下げる。居並ぶドワーフが皆、それに習った。
「やってみるよ」
「安心しなされ。たとえお前が冥界に引きずり込まれ消えても、残った嫁は皆、我が一族が面倒を見るわい。たとえ……エルフであろうとも」
「不吉なこと言うなし」
思わず笑っちゃったよ。
「んなーお」
猫も頷いてるしな。
「よし。さっそくハーデスの顔を拝みに行くか。案内してくれ」
●
「立派なトンネルですね、モーブ様」
「ああ」
アヴァロンの手を握ってやった。
「なにか感じるか、アヴァロン。匂いとか……気配とか」
「土のいい香り、それにドワーフの生活臭。あと……素敵な殿方の匂いと」
ふふっと俺の手を握り返す。獣人巫女であるアヴァロンは、嗅覚や第六感が特に優れている。冗談が言えるってことは、まだ問題はないんだろう。
硬い岩盤や地下水脈を避けるためか、隧道はうねうねと曲がりながらカルパチア山脈内部へと向かっていた。内部自体は大きく、普通に田舎国道のトンネルくらいはある。
「なかなか活気があるわねえ……」
マルグレーテも感心した様子。俺も実際、そう思うわ。やたらと左右に副道が口を空けていて、ドワーフが出入りしている。あの先に、彼らの住居や金属精錬場、加工所や坑道があるのだろう。
じゃりじゃりと砂ぼこりを鳴らしながら半刻ほど進むと、俺でもわかるほど雰囲気が荒れてきた。左右に穴はまだ多いが、もうドワーフは誰ひとりとして出入りしていない。動いているのは、俺の仲間、それに案内の婆様、護衛のドワーフ兵十人ほどだけだ。
ドワーフもそうだが、もうアヴァロンですら無言になっている。猫耳が小刻みに動いているから、気配を探っているのだろう。
「そろそろだな」
「……」
俺の問いに婆様は、無言で頷いた。
「この先、左に最新坑道を掘っておった。柔らかい岩盤での。黄鉄鉱に交じり、金と銀が掘れておって。柔らかいので効率がいい。そうして……」
溜息をついている。
「そうしてどんどん掘っておったら、最後のつるはしが冥府冥界との境をぶち抜いたのじゃ」
「それでハーデスさんが出てきたんだね」
いやランが言うと、なんだか久し振りに会う遠い親戚みたいに感じるわ。
「冥王だぞ、ラン」
「うん。でもモーブは一度会ったでしょ。もう友達だよね」
「……それでいいよ、もう」
「いい嫁じゃのう……」
婆様も苦笑いだ。
「これならモーブも、浮世の辛さを忘れられるであろうよ」
まあそうだな。辛い日も、ランやマルグレーテ、それにみんなに甘え甘えられていれば心から癒やされるし。愛のある関係って、やっぱ最高だ。
「この脇道じゃ」
立ち止まると婆様が、左の副道を示した。見る限りこれまでたくさん見てきた奴と同じだが、中から尋常でないほどの気配が吹き出ている。なんというか……冥気とでも言えばいいか、そんな……。
「よし……」
仲間とドワーフを見渡した。俺の嫁はみんな平静だ。ドワーフはもう腰が半分以上引けているが。
「ここからは俺が陣形を決める。いつもの索敵警戒陣形を基本とした変形版。先頭が俺。次は頑丈なヴェーヌス、あと悪いが案内の婆様」
「うむ。任せろ」
「わしはもう老い先短いしの。ここで倒れても悔いはないわい」
「次はアヴァロンとカイム。霊性の高いふたりで、冥界の気って奴を断ち切ってもらう」
「ええモーブ様」
「はいモーブ様」
「レミリア、ニュム、シルフィーが次。万万が一の戦闘突入時には頼む。状況を判断して、必要なら前衛まで突っ込んでこい」
「任せてー。お腹減ったから、終わったらおやつにしようよ」
「腕が鳴るのう」
「呪力なら多分、冥界の骸骨戦士とかにも通じると思うよ」
「基本は防御戦闘だ。敵を倒すな。攻撃を防ぐことだけに集中しろ」
言葉が浸透するのを待って、俺は続けた。
「ラン、マルグレーテ、リーナ先生が殿。ドワーフ兵士も一緒にな。……くれぐれも、恐怖のあまり戦闘を仕掛けるなよ、ハーデスが出ても。特に……ドワーフ」
「ば、馬鹿にするでない」
「エルフよりは肝が座っておるわ」
ドワーフはみんな、憤慨している。悪いな。でもこれくらい釘を差しておかないとさ。冥王になんか、勝てるわけがない。戦いは絶対に避けないとな。
「んなーん」
「なんだよ猫、お前生意気にポジション欲しいのか」
「なーんご」
当たり前だといった顔つき。
「ならまあいいわ。マルグレーテ、お前抱いててやれ」
「わかった。……いらっしゃい、シュレちゃん」
走り込んだ猫が、マルグレーテの胸に駆け上がった。
「よし、これでいいな」
「中々見事よのう……」
婆様はなぜか楽しそうだ。
「モーブには参謀力がある。戦の指揮官……いや国を統べる政にも向いておるやもしれん」
「よせやい。そんな面倒なの、やなこった。俺はこうして……」
アヴァロンを抱き寄せると、キスしてやった。
「嫁といちゃついていたいだけだからな」
俺の体に腕を回したままアヴァロンは、猫のようにうっとりしている。尻尾もぶんぶん振って。
「ふむ。……ではわしも嫁にするか」
婆様に見つめられた。いやさすがにそれは……。んはははは……という俺の笑い声が、トンネルに虚しく響いた。
「さて副道に入るぞっ!」
俺の声、少し裏返っていたかも。
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