7-3 冥王ハーデスの呪い
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「そういうことか……」
魔道士の隧道、その脇の衛兵詰所で、ドワーフ衛兵から事情を聞いた。土を煮出したという珍しい「土茶」をご馳走になりながら。以前もこういうので歓待されたことはあるが、いやこれ土と言っても馬鹿にできない。玉露のように旨味が深い。多分、特別な場所の土を厳選しているのだろう。なんたってドワーフは採鉱のプロ。土や岩に関しては超絶詳しいから。
「どちらが悪いという話ではないわね」
マルグレーテは溜息をついた。
「それだけに難しいわ」
「わしらも困っておっての」
「わし」という一人称だが、これは婆様。難しい顔だ。
話はこうだった。
カルパチア山脈の人間からこの隧道──つまりトンネルの管理を請け負ったのには実は、ドワーフ側の思惑もあった。辺境の貧乏なヒューマンなどから得られる管理フィーなどはたかが知れている。なので一枚の銅銭すらいらないとドワーフは言い切った。
ドワーフが引き受けたのは、この隧道内部が魅力的だったからだ。古代の魔道士は、カルパチア山脈に囲まれた民の山越え苦労を見てきたからこそ、トンネルを通した。そこに私利私欲はない。地下資源など丸無視だ。
ドワーフ王アグリコが目を付けたのはそこだ。地上から掘る手間を考えれば、山脈の地下深くをぶち抜く横坑が最初から存在するこの地は、天国に思えた。まして誰も採掘していない処女坑だし。
管理権を手に入れると隧道補修などの業務の傍らアグリコ王は、配下のドワーフに地下を掘らせた。貴重な資源を入手するために。
「それで最初は良かったと。貴重なミスリルだけでなく、レア中のレア、ヒヒイロカネ原鉱まで掘り当てられて」
「そういうことじゃ、モーブよ」
婆様は頷いた。
「そうしてある日、その事件が起こったわけだな」
涼しい顔でシルフィーは、土茶など飲んでいる。
「うむ。現世と冥府冥界の境を掘り抜いたのじゃ。深く……掘りすぎて」
「それが冥王ハーデスの怒りを招いたということか」
ニュムは唸った。
「そうしてアグリコ王が呪われた。命のろうそくを削っていく呪いをかけられて」
「そういうことじゃ」
「モーブ様、冥王ハーデス様は、静かな生活を愛しています」
眉を寄せたまま、獣人巫女アヴァロンが続ける。
「だからこそ、静謐な冥界に籠もっているわけです。現世から掘り抜かれたら、その静けさが破られる。欲に塗れた現世の空気が侵入してくる故です」
「それでハーデスさんは怒っちゃったんだね」
ランが首を傾げた。
「でも呪いをかけるなんて……。よっぽど機嫌が悪かったのかなあ」
「掘り抜いたほうが悪い」
ヴェーヌスが言い切った。
「自ら戦を仕掛けたも同然。その場で全員殺されなかっただけでもマシであろう」
「いやお前は魔族だからそういう世界観かもしれないけどさ。地下を掘るのはドワーフの本能だからなあ……」
マルグレーテが言ったとおりだ。これはどちらも悪くない。過失から来たトラブルというだけで。
「いずれにしろ、窟内奥には冥界の気配が漂っておる。近寄るだけで魂が吸い寄せられるようになるので、危険じゃ」
「それもあって、通行を厳しく制限していたわけか」
「本来管理者であった内部の人間以外は、なるだけ通さないように」
「わしらの恥を晒すわけにもいかんでな」
婆様は、深い深い溜息をついた。
「……無関係の御仁に愚痴を聞いてもらってすまなんだ」
背後に居並ぶドワーフ連中を振り返った。
「わしらの問題だ。わしらが解決するわい」
「……モーブ」
事問いたげなランに見つめられた。わかってる。俺はもう、この世界の管理者、アドミニストレータ〇〇一だ。なりたくてなった役職じゃあないが、アルネの野郎に世界の問題解決は託されてるしな。それに……。
「それに……冥王ハーデスとは因縁がある。俺達は」
「因縁……とは」
婆様が首を傾げた。
「俺は冥府冥界に落ちたことがあるんだ。……生きたままで」
「生きたまま……だと」
ドワーフ連中がどよめいた。
「そんなことはありえない」
「仮にそれができたとして、現世に戻ってこれるはずはない。黄泉比良坂を越えたらな」
「どうして冥府になど赴いたのだ」
「辛い経験だった……」
ほっと息を吐くと俺は、嫁たちの顔を見渡した。
「とある激戦で、当時の俺の嫁が全員死んだからさ。恥ずかしい話、俺の心は折れた。後を追おうと火口に身を投げて……色々あってハーデスと対峙した。黄泉比良坂で皆で固まり、俺を待っていてくれた嫁を生き返らせたんだ」
「そんなことが……できるはずはない」
「現にみんな生き返った」
左右のランとマルグレーテを抱き寄せた。
「このふたりもそうだ」
「どうやった。そも、どうやって生きたまま冥府に行けたのだ。お前ひとりだけ」
「それはな……」
腰の剣を抜くと、テーブルにバンと置いた。
「俺がこの剣を持っていたからだ」
刃渡り三十センチ。わずかに湾曲した銀色の刀身は微かな青みを帯びており、ドワーフの魔導ランプに照らされて、ぬらぬらと輝いている。刀身にはよくわからない文字のようなものが、びっしりと隙間なく彫り込まれている。
「こ、これは……」
「なんという細工。あり得ん」
「鋼材じゃない。しかもミスリルでもヒヒイロカネでもない」
息を飲んでいる。さすがはドワーフ。ひと目でこの剣の凄さがわかったようだ。
「おまけにこの文字……。古代エルフ語にも似ておるが、それとも違う。……どういうことじゃ」
「これはな、冥王の剣。元は冥王の持ち物だったが色々あって、今は俺が管理している。この剣の持ち主として俺は冥王に会った。生きたまま。だからな……」
立ち上がった。剣の神々しさにまだ呆然としているドワーフが、のろのろと俺を見上げる。
「だから俺が冥王ハーデスと交渉してやるよ。あんたらドワーフの王、アグリコを呪いから解放してくれってな」
おお……というどよめきが、俺を包んだ。ドワーフは皆、俺の言葉を信じ、俺に頼る表情だ。
「やろうよモーブ」
俺の手を、ランが握ってきた。
「これも人助け。モーブならできるよ」
「そうね……」
マルグレーテも、俺の手を取った。
「わたくし、信じているわ。モーブならきっとやり遂げると」
「もちろん……」
アヴァロンが微笑んだ。
「私たちもやります。モーブ様の嫁ですから」
嫁が全員、頷いた。
「よ、嫁……」
ドワーフはもう、腰を抜かさんばかりだ。
「魔族女とあのふたりだけでなく、ここにいる全員が……」
「九人もおるではないか」
俺の顔と嫁の顔を見比べて唸ってるから笑うわ。
「もしや……あの猫もか」
「そうしたら十人。いや……九人と一匹かもしれんが」
「んなーん」
呆れ切ったような声で、猫が鳴いた。そらそうだ。いくら俺でも猫なんか嫁にせんわな。俺のことエロ魔神かなんかと思ってるんか、お前ら。
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