7-2 ドワーフの盟約
「待て待て」
微笑むと、俺は両手を上げてみせた。敵意がないと相手にわからせるためだ。手を上げていては抜剣できない。
「今、馬車を降りる。落ち着いてくれよ」
いきなり戦闘にならないよう牽制してから、ゆっくり御者席を降りた。ランとマルグレーテも続く。残りは続かない。長い経験から全員、俺の考えがわかっているからだ。ドワーフがいきり立っている今、特にエルフなんか出てきた日には、まとまるものもまとまらない。
「俺達はただの通りすがりだ。ここは古代魔導士の隧道だろ。トンネルを抜けたいだけさ」
ランとマルグレーテは、俺の両脇に位置している。なにかあれば即応するためだ。……といっても、ふたりともまだ詠唱を始めてはいない。どうやら相手の勘は鋭い。悟られれば戦闘開始の合図と取られるだろう。
「今はドワーフ王アグリコ様の地下隧道だ。わしらドワーフが管理している。よそ者は通さん。特に……エルフなど」
「エルフだけではありませんよ」
言いながら、アヴァロンが荷室から降り、地に立った。
「私は獣人、ケットシー。神殿巫女として、モーブ様をお護りしております」
尻尾と猫耳の巫女姿を見て、ドワーフは目を見開いた。ちらと一瞬だけ後ろを振り返る。数人だけだったドワーフだが、穴から這い出してきたようでもう十数人に膨れ上がっている。しかもまだ増えつつある。新しく出てきた連中は、さらに重武装だ。
「んなーん」
足元から駆け上った猫が、アヴァロンの肩に陣取った。なんやら知らんが、あれでもアヴァロンと俺を守っているつもりなのかもしれない。
「モーブくんは、エルフだからどうのとか、ドワーフだからこうのという偏見はありませんよ」
リーナ先生が、アヴァロンに並んだ。
「もっと心の広い男の子です」
「そもそもエルフだのドワーフだの、元は大差ないではないか」
鼻で笑って荷室から出てきたのは、ヴェーヌスだ。しなだれかかるように俺に腕を回してくると背伸びして、これみよがしに首筋にキスしてくる。ドワーフに見せつけるかのように。
「あたしを嫁に取った男だぞ。お前らドワーフに、そんな度量の広い男はおるのか」
「ま……魔族……」
「しかも……高位だ。とてつもないオーラがある」
ドワーフ連中に動揺が広がった。
「魔族を……嫁に」
「どうして……この男が……」
「この冴えない男が」
いや冴えないは余計だわ。腹立つ。
「別にケンカしに来たわけじゃないもん」
ぴょんと、レミリアが荷室から飛び降りてきた。
「そういうことです」
「勘違いしてもらっては困るわ」
「僕も少し気分が悪いね」
カイムとシルフィー、ニュムが続いた。全員、武装を解いている。もちろん、害意がないとドワーフに知らしめるためだろう。
「森エルフに……ハイエルフ、それにダークエルフまで」
「犬猿の仲なのに、ひとつのパーティーに三種族……」
「それどころか、知らん部族までおるぞ。エルフの匂いはするが……全然違う」
「あれは……もしや……古の……」
「俺達は、洞窟を抜けたいだけだ。カルパチア山脈に挟まれた村に行くために」
「山脈の間……だと」
「なんのために」
「それは──」
「待ちなさい」
鋭い声と共に、奥からひとり歩いてきた。周囲のドワーフがさっと道を空ける。見た感じ他のドワーフと変わりないが、声からして女だろう。相当の老婆だ。武装の鎧ではないが、ひときわ豪奢な服装をしている。
「そこの女には見覚えがある」
リーナ先生を、じっと見つめている。
「数年前、ここを抜けた女だろう。あのときは……ハーフエルフ率いる大戦の賢者が率いておった。この隧道の管理をまだカルパチアの人間がしていたからな」
「ドワーフ王アグリコ様が、どうして管理を引き継いだのですか」
リーナ先生が、一歩進み出た。
「それはな女、人間の力が、極端に衰えたからじゃ。……祖霊の護りが陰ったのであろう」
医術や産物の提供を条件に、ここ隧道管理をドワーフに託したのだと、ドワーフのおばばは続けた。いやおばばだと思う。見た目からはドワーフの年齢は判別しにくいけどさ。
「あの……私の村は……」
「安心せい。別に皆、死んだわけではない。慎ましやかに暮らしておるわ」
「良かった……」
「いずれにしろ……」
ドワーフ女は、仲間を振り返った。
「いずれにしろ、中の村の女であれば、この隧道を自由に抜ける権利がある。それが、ここの管理を引き継いだときの約束じゃ」
「しかし婆様……」
「例外はない。たとえ……エルフを連れておろうがな」
婆様が言い切った。周囲のドワーフを睥睨している。
「盟約は守る。それが我らドワーフの誇りではないか。お前たち、病に臥せるアグリコ様の顔に泥を塗る気か」
「それは……」
ドワーフ連中は黙り込んだ。
「アグリコ様に、なにがあったのですか」
アヴァロンが眉を寄せた。
「もしよろしければ、私が祈祷を捧げましょうか。わずかなりと、力にはなるはずです」
「それは助かる……と言いたいところだが」
婆様は溜息をついた。
「いかな獣人巫女殿と言えど、荷は重かろう。なにしろ、ハーデス絡みだからのう」
「ハーデス……って、冥府冥界の王じゃんかよ」
「モーブ……」
「モーブ様……」
仲間の視線が俺に集まった。
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