6-9 隠された「本当の謎」とは?
「マタンゴってなによ」
マルグレーテが腕を組んだ。
「どうせ死毒の木の子でしょ。わたくしたちを眠らせて、菌糸の養分にしたいとかで」
「余は茸神。そのような悪どいことはせん」
傘を振ってやがる。いや善良な神だって言い張るんなら、とっととレミリアとスレイプニール、解放しろっての。
「毒がどうとかよりそもそも、そんな木の子は知らんな」
シルフィーは首を振った。
「おい、ハイエルフやアールヴの森には生えているか」
「知りません」
「僕も同じだ」
「森の子エルフが知らないなら、もうこれわからないわね」
リーナ先生が溜息をついた。
「魔族テリトリーの木の子とか」
「あたしも知らんわい」
ヴェーヌスに見つめられた。
「モーブ、どうして黙っておる」
「……マタンゴか」
知ってはいる。前世で話だけは聞いたことがある。大昔のカルトホラー映画に出てきた奴だ。観たことはないが。
「それ毒だろ。食べると頭がおかしくなって、次第に自分も木の子になってしまうという」
「おや……」
ヴァパク・ソーマは意外そうな声を出した。
「知っておるのか」
「知っておるのかじゃねえわ。最後の最後にとんでもない罠ぶっ込んできやがって」
呆れたわ。
「なんとなく流れは見えた。初手が霊魂、次がアンデッド、最後に人外。この出題のテーマこそが、真の意味の『謎解き』ってことだろ」
「ほう」
頷く形に傘が動くと、レミリアとスレイプニールが揺れた。
「仮にそれが『謎解き』の出題だとして、その心は」
「ホラーってことよ。それがこの謎解きの『解答』だ」
「見事なり、モーブよ」
なんやら知らんが、どこからともかく間抜けなファンファーレが響いたわ。いや五十年前のクイズ番組かよ。思わず脱力したわ。アホくさ。
「今こそ認めよう。お前が全ての謎を解いたと」
「やったね、モーブっ」
ランが抱き着いてきた。
「モーブ、格好いいよ。大好き」
「……ありがとうな、ラン」
いつもながら前向きで無邪気だなー。俺なんか、アホくさい謎解きにムカついて仕方ないんだけど。擦れっ枯らしの俺社畜でも、ランの心には癒やされるわ。
「俺も大好きだよ」
頭を撫でてやった。
「えへーっ」
「驚きましたね、これは」
アヴァロンが首を傾げた。
「出題そのものが謎だったとは。さすがはモーブ様です」
「あたしも読めなかったのう、全く」
「んなーん」
ヴェーヌスも同感のようだ。どうでもいいが、ついでに猫も。
「これで決まったな。ほれ、早くレミリアとスレイプニールを解放しろ」
「まあそう焦るな」
ゆさゆさ。傘を振ってヴァパクが笑う。
「謎が解けずに苦労するはずと踏んで、余がせっかく用意しておったのだ……」
目の前の地面に、ぴょこっと木の子が出現した。たくさん。見た目はしいたけを十倍くらい大きくしたような奴だが、色がヤバい。唐辛子かってくらい真っ赤。しかも傘だけじゃなく石付きも。おまけに傘には黄色のだんだら模様が丸く散らされている。
「……これは」
「マタンゴじゃ。生でイケる。食べてもらおうか、皆の者」
ぱかっと、ヴァパクの網傘が開いた。レミリアとスレイプニールが、滑るように落ちてくる。
「はあーっ。体が凝ったーっ。うーんっ」
腕を伸ばすと、レミリアがストレッチする。よせばいいのにスレイプニールは、マタンゴの匂いをくんくん嗅いでいる。
「モーブ、ありがとうねっ」
飛ぶように抱き着いてくると、レミリアはキスをせがんできた。
「んー……んっ」
「……よしよし」
唇を離すと、頭を撫でてやる。足を絡めたまままだ、レミリアは俺に抱き着いている。筋力あるよな、エルフって。自分の体重を、絡めた脚で受け止め、腹筋と背筋だけで体を支えてるんだぜ。ところで……。
「レミリアお前、体重増えたか」
「ひどーい。あたし、変わらないよっ」
「なんか重いぞ」
「もしやレミリアさんは、ご懐妊されたのでは」
つるっと、カイムが爆弾発言する。
「エルフの仔は極端に小さい。なれど体重はかなりのものです」
「えっ……」
レミリアの瞳が、俺を捉えた。
「あの……あたし……」
見る見る顔が赤くなる。
「その……そうなのかな。モーブの……子供が……。自覚はその……全然ないけど」
「マジか、レミリア」
「わか……わかんない」
「わあ、よかったね、レミリアちゃん」
レミリアの手を握ると、ぶんぶん振り回す。ようやく俺の体から下りると、レミリアはランのシェイクハンズを受け続けている。呆然と。
「まあ待ちなさいよ」
マルグレーテが割って入った。
「どうなのアヴァロン。レミリアはわたくしたちを追い越して、子供を作ったのかしら」
「そうですね……」
アヴァロンは小首を傾げた。
「レミリアさんは、いつものかぐわしい香りがします。若いエルフ特有の、草の匂い。それと特定の殿方に愛されている証拠の、甘い香り」
「それで?」
「赤ちゃんがお腹にいる匂いはしないですね。それはまだ、ヴェーヌスさんだけです。私もまだです、残念ですが」
ちらと俺を見上げる。
「満腹されている満足感の匂いがします。その……」
遠慮がちに付け加える。
「多分……そのせいかと」
「なんだ。レミリアお前、腹いっぱいなだけか。いつもとおんなじパターンじゃん」
一瞬どきっとしただけに、露骨な言い方になった。
「ちょっとおモーブ、そんな言い方ないでしょ」ぷくーっ
「や、悪い悪い。ついな」
ぷくーっ。
「お前はかわいいよ、レミリア」
「……本当?」
「ああ。今晩子作りしような。……いずれちゃんと子供できるさ」
「う、うん。……モーブ大好き」
また顔が赤くなった。まあ機嫌が直ってなによりだ。
「盛り上がっているところ悪いが」
白けきった声がした。茸神ヴァパク・ソーマの。
「せっかく余が出したマタンゴじゃ。食せよ皆の者」
「……この期に及んで毒じゃないよな。食ったら木の子になるとかも」
「……」ぶんぶん
黙ったまま、ヴァパクは傘を思いっ切り左右に振っている。
「それはオリジナルマタンゴじゃ。余が作り出したのは、改良版。食べると体内にマナが溢れて寿命が延びる。特に人間や動物などの弱い種族には強く効く」
「なるほど。そりゃいいな」
俺の望みは、嫁や仲間と長い間幸せに暮らすこと。そのためには俺やラン、マルグレーテにリーナ先生といった人間、それに馬どもの寿命をもっともっと延ばす必要がある。もうかなり延長してはいるが、長すぎて困るって話じゃないし。
「もう食べてるわよ、モーブくん。ほら」
リーナ先生が指差した。あろうことか、スレイプニールがマタンゴを食い千切って、勝手にもぐもぐやっている。こいつマジ食いしん坊だわ。
「はあーっ」
俺は溜息をついた。
「まあいいか。これで毒じゃないの確定だし」
「それと……」
ヴァパクが付け加えた。
「精力増大して子宝に恵まれるため、幸せな一生を送れる。それに寝台での快感が──」
あっという間もなかった。マルグレーテとレミリアがマタンゴを引き抜くと、秒で口に放り込む。
「たしかにおいしいわね、これ」
「生のほうがいいみたい」
「いい香りがしますね」
「どれ……」
アヴァロンとヴェーヌスが後に続いた。カイムとニュム、シルフィーも。ランが二本引き抜くと、一本をリーナ先生に手渡す。
「……じゃあ私も」
遠慮がちに、リーナ先生も木の子を口にする。
「うんおいしい。モーブくんも食べなよ。……夜にも効くんだって」
俺の教師とは思えない発言を口にする。まあ……言っても嫁だからなあ今や。
「食ってみるか」
自分の分の木の子を手に取った。
「猫、お前もやるか」
「なーん……」
差し出してやった木の子の匂いをふんふんと嗅ぐと、猫は俺を見上げた。
「んなーん」
「なんだよ。俺に決めろってのか。ヘンな奴だな」
傘を少し千切ってやった。
「食え。一緒に旅するなら、お前だって長命のほうが俺は嬉しい」
「……」
こっくりと頷くと、猫はマタンゴに口を着けた。




